長い夜

 最初にバイクで北海道キャンプ旅行に行った時、まぬけなことに灯りの類を持って行くのを忘れてしまった。だから、キャンプ場で誰か話す人が見つからない限り、陽が落ちてしまうと寝るしかなかった。ほんとに夜が長く感じ、何度も目が覚めた。その度に時計を見て時刻を確認するのだけど、ぜんぜん時は経ってくれなかった。朝の陽が空を染めるのが待ち遠しかった。

 今年ももう11月の中旬。早めに仕事が終わっても外に出るとすでに暗くなっている。陽が落ちるのが早くなり、闇が長くなってきた。冬期うつ病という病気があるようだけど、僕もそれに近いかもしれない。陽が短くなるとわけもなく物悲しくなったりする。気分も沈みがちになり、考えも悲観的な要素を帯びてきたりする。

 去年の9月に会社を辞めた時もしばらく経ってから辞める時期を誤ったと思った。辞めてすぐに旅行に行った時も6時になれば真っ暗になってしまい、かなり行動に制限が出てしまった。冬に向う時期に何か新しいことはするものではないような気がする。気持ちが前向きにならないのだ。それまでは会社を辞めた時期はほとんどが3月末だった。桜の季節で旅行するのにもいいし、陽も日に日に長くなり、楽天的な気持ちになる。会社を辞めるのなら、やっぱり春がいいように思う。

 去年の冬、まだ仕事を探す気になれず、毎日を無為に過ごしていた。ただ、ずっと家にいるのもそれはそれで鬱陶しくなってしまうので、よく多摩川までサイクリングに行った。多摩川に架かる橋の下にホームレスの人がいた。寒い空気の中、海水浴場でよく見るリクライニングチェアの上で毛布に包まって寝ていた。その時刻は確か4時くらいだった。僕はその時に灯りを忘れた北海道のキャンプのことを思い出し、そのホームレスの人の長い長い夜のことがやけに身近に感じられ、心が痛くなった。

 今、バイトをしている会社の最寄りの駅にも多数のホームレスの人達が寝起きをしている。コインロッカーの上は彼らの生活用品が入ったダンボールで占有されていたりする。9時くらいまで働き駅に行くと彼らは構内のベンチに座っている。周りの風景をぼんやりと見ている人、数人で話している人、本を読んでいる人、そして寝る準備のためダンボールをひいている人…。

 駅の構内だと雨、風は凌げるし、灯りがある。一晩中点いているのだろうか?それとも終電が過ぎたら消灯されるのだろうか?消灯された風景を想像すると、寒々とした廃墟のような光景が頭に浮かぶけど、一晩中点いたままでもかえって眠りの妨げになるのかもしれず、どっちがいいのか体験してみないとわからない。僕は寝るときは部屋の灯りは一切消してしまうけど、カーテンを閉めるのはあまり好きじゃない。特に旅行に行ってホテルなどに泊まるときはだいたいカーテンを開けて、街灯の光が部屋に入れるようにしておく。

 灯り、それはとても暖かい。ただ単に周囲が明るくなるだけではなく、目に見えないところまで照らしてくれる。微かな灯りでいい。長い夜を和らげてくれる灯りがあればいい。(2003.11.15)




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