飛び込み自殺


 いつものように家を出て、いつものように電車に乗って、大井町駅に着いたのはいつもの時間だった。だけど、大井町駅は人で溢れていた。どうも京浜東北線に何かの事故があり、運転を見合わせているらしかった。そして、それが人身事故だと知った。

 振替え輸送のアナウンスがさかんに流れているが、京浜東北線か南武線かどちらかでないと、会社には行けない。南武線に回ろうかとも思ったが、ここで京浜東北線が動き出すのを待つのとどちらが早いか考えてみたが、あまり変わらないような気もする。それだったら大井町駅で待とうと思い、JRの改札を入った。

 プラットホームに出て驚いた。京浜東北線が変な位置で止まっていたのだ。人身事故があったのはこの大井町の駅で、事故を起した電車が目の前に止まっていた。ホームにはJRの職員や救急隊の人がいて、キヨスクのある辺りに白い布を張っていて、その周りは人で溢れていた。ホームの手前側で作業しているようなので、自殺というより事故で線路に人が落ちてしまったのかと思った。アナウンスもさかんに「救出作業をしています」と流れていた。

 そのうちホーム上にオレンジの毛布が掛けられた担架が現われ、生死はわからないがそこに人が寝ているようなふくらみがあったので、とりあえず運び出されたのかと思ったが、後からそれは勘違いだとわかった。

 しばらくすると電車のドアが数カ所開いた。そこから振替え輸送に回る人が次々へと降りて行った。京浜東北線しか通勤・通学の手段がない人は乗ったままだった。僕もしばらく佇んでいたが、席が空いて座れそうな感じだったので、とりあえず車内に入って待つことにした。

 車内に入ってみて、その光景に驚いた。ホームと反対側の窓に人が鈴なりになっていたのだ。多数の人が窓から線路をのぞき込んでいて、ホームと反対側の座席に座っている乗客もみんな窓の外に顔を向けていた。中には座席の上に立膝をついて見ている女性もいた。

 人でほとんど外の状況は見られなかったが、僕もできるだけ窓の方に寄った。そこには私服の刑事らしい人と、JRの職員、救急隊の人が動いていた。シートが張られ、そこにあるものを隠していた。見たいという好奇心はあったが、見てはいけないという気持ちが働き、僕はホーム側の座席に座った。あのシートが張られていたところに死体があったとすると、事故などではなく、自殺だなと思った。

 死体の搬出、警察の実況検分が終わり、やがて電車は動き出した。人が飛び込んだ電車に乗っているのは何か複雑で不思議な気がした。そして、この電車は蒲田が終点となり、そこで次に来る電車を待つことになった。会社には30分遅れで着いた。ひとり人が電車に飛び込んで死んでも、会社には30分遅れただけで着いてしまう。

 家に帰り、夕刊で京浜東北線の人身事故の記事を探した。社会面に小さくその記事は載っていた。飛び込んだのは30代くらいのスーツを着たサラリーマン風の男性だったそうだ。(2003.9.30)




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