宗教とマルチ


 金曜日の夜、久しぶりに前に勤めていた会社の友人と3人で飲んだ。新宿のアルタ側にある交番の前で待ち合わせをしたが、金曜日の夜のためか、多くの人達がその場所で待ち合わせをしていた。友人を探すのにちょっと苦労したが、何とか群集の中に見出すことができた。私はしこたま飲みたい気分だったが、友人のひとりがあまりお酒に強くないので、アルタ横の路地にあるお好み焼き屋に向かった。

 お好み焼き屋はそんなに混んでなく、入るとすぐに席に案内された。メニューを見るとコースがあったのでそれにしようということになったのだが、店員によるとそれは2人前だという。私達は3人、それだとちょっと量が足りないかと思い、コースを2つ注文することにした。店員は「結構、ボリュームありますよ」と暗に1つだけにしておいた方がいいとすすめているようだったが、大丈夫だろうということでコースを2つということにした。

 友人とは久しぶりに会ったため話は弾んだ。会社の近況や人事のことなど、わずかな間でも激動しているなと思ってしまった。そんな中で昔働いていたアルバイトの話になり、みんなを宗教に勧誘して回っていた女性の話がでた。

 その女性は私の部署で働いていたのだが、年齢、性別などに関係なく、ありとあらゆる人に声をかけていた。私は宗教の勧誘には何故か縁のある男で、以前に3回も誘われたことがあったので、その女性からもいずれ声がかかるものと覚悟していたのだが、勧誘されたアルバイトの話によると、その女性は私のことを「宗教をやる資格のない人間」と言っているとのことだった。

 これにはちょっと驚いたが、他にもアルバイトの2人の女性がやはり「宗教をやる資格のない人間」との評価をされているという。「宗教をやる資格のない人間」と判定されたのが、私だけでないのにちょっと安心したが、何でそんな評価をされたのだろう。他の2人と私との共通点を考えてみた。そうすると、3人とも性格がドライで誘ってもまず入信は絶対しないタイプだという至極当たり前のことに気づいた。加えて他の2人はその場で怒り出しそうなタイプだった。私の場合は真面目に話を聴きそうにないと思われたのだろう。しかし、前にも書いたが私は3回も宗教の勧誘を受けて、「宗教心があり、神に救われるタイプ」との評価も受けていたのだ。

 始めに誘われたのはまだ専門学校の学生だった頃だった。学校の帰り、駅に向かって歩いているとふいに若い女性から声をかけられた。生年月日を教えてくれというので教えるとその女性と全く同じ日だったのだ。私はあまりの偶然に疑いを持ったが、女性は絶対嘘ではないという。社会問題を考えるサークルだが、ちょっと覗いてみない?と言われて、私は覗いてみることにした。

 連れていかれたのはマンションの1階にある事務所のようなところだった。そこで説明を受けるとビデオを使っていろいろと勉強をするとのことだった。始めの3回まではタダで受けられて、そこで入会する気がないときはキャンセルもできるとのことだったので、私は暇だったこともあり、とりあえず3回だけ講習を受けることにした。しかし、この時点でも私はこのサークルの性格がよくわからなかった。私がフラフラと行ってしまった理由は、たぶん私の学校は女性が少なかったので、女に飢えていたのかもしれない。

 ビデオ講習を受けてみると、このサークルはキリスト教関係の宗教団体ではないのかと思うようになった。3回目を受け終わった時、今度合宿があるから参加してみない?と言われた。ここから有料になるようで金額もそんなに一般的には高くはなかったが、当時の私には高額だった。友人に相談してみるとそれは「ゲンリケン」だと言われた。「ゲンリケン」とは原理研究会を短縮したものらしいが、その方面に関心のない私にはどうでもいいことであまり追求はしなかった。

 合宿の件は断り、自分には向かないようだからと入会も断った。そうすると、勧誘の女性から電話が頻繁に自宅に入るようになった。始めは出ていたが、そのうち嫌気がさし、家人にも取次がないでくれと言って、いっさい電話には出ないようにした。そうしたら、今度は手紙が来るようになった。律儀な私はそれに対していちいち返信を書いて投函していたが、半年くらい経ってあちらもやっと諦めてくれたらしく手紙は来なくなった。

 2回目に誘われたのは社会人になってからだ。同じ職場にTさんという人物がいた。この人は当時30代前半で独身の男性だった。Tさんは仕事ができないうえに体臭がきつく、周囲の人間はみんな避けるようになっていった。私はCAD室にいることが多かったのでそういった状況もわからず、事務所にいる時はTさんの話相手になっていた。体臭がきついのはすぐにわかったが、あまりにみんながTさんを避けるものだから、私は気の毒になり、積極的ではなかったがTさんが話しかけてくると気軽に応対していた。そうしているうちにTさんと私的に口をきくのは私だけになってしまい、Tさんはますます何かにつけて私に話すようになった。

 私もだんだんと体臭以外にもTさんに問題があることに気づいたが、こういう状況ではとても無視はできなかった。そのうち私はTさんに‘神によって救われる資格のある人間’だと評価されるようになってしまい、実は自分は‘エホバの証人’の信者なのだが入信しないかと誘われた。

‘エホバの証人’といえば輸血拒否で子供を死なせてしまった事件があり、まともではないイメージがあり、丁寧にお断りをした。それでもTさんは諦めきれず、小冊子の‘ものみの塔’と‘めざめよ’を半年間僕がお金を払うから読んでみてくれないかと言ってきた。立て替えてくれるならと思い、私は読んで見ることにした。読んでみるとイメージはかなり変わった。確かに宗教と呼んでもいい集団であることはわかったが、入信する気はなかった。Tさんはそれからしばらくして会社をクビになってしまい連絡がつかなくなってしまった。半年間の購読が終わった後、信者の人が2人来て続けて購読しないかと勧められたが断った。彼女達ははあっさりと引き上げていった。

 3回目は転職して新しい会社で働き始めてから1年くらいたった時だった。ある日、私から半年くらい遅れて入社した女性から、会社が終わった後、話があるので付き合ってほしいと言われた。彼女はおとなしいタイプでそれまで私はほとんど口をきいたことがなかった。だからこの申し出がどういうことなのか全く見当がつかなった。しかし、彼女は若いまあまあの女性だったので、食事をしながら話とやらを聞いてみることにした。

 スパゲッティとコーヒーが美味しいといわれている店に入り、彼女の話を聞いた。彼女は会社を辞めるつもりだと言った。わたしはそれまで彼女にそんな素振りがなかったので驚き何で辞めるのかを訊いた。そうすると彼女は自分の今やっていることに集中したいのだと言った。私は話の流れで今、何をやっているのかを訊いた。彼女は‘幸福の科学’に入っていたのだ。

‘幸福の科学’に入ると定期的に試験のようなものがあるという。その試験に合格するとより高いステージに行けるようなのだが、それには大川隆法の本を何冊も買って読み、かなりの時間その勉強に費やさないと無理らしい。そして彼女はそれに専念したいということだった。私は‘幸福の科学’に対する判断基準を持っていないので、何もいうことができなかった。彼女がそうしたいというのなら仕方のないことだ。だから、否定的なことは言わなかった。

 そうすると彼女は私にも大川隆法の本を読むようにすすめてきた。私にはその資格があるのだという。何故かと訊いたら、私は宇宙やUFOに詳しく、人間的にも穏やかだからそうだ。宇宙やUFOと聞いて‘…?’と思ったが、思い当たるふしはあった。私は星が好きで友人とたまに山奥まで天体望遠鏡を持って星を見に行ったりしていた。それを会社で話したことがあったかもしれず、それを彼女はそれを聞いていたのだろう。

 UFOに関しては私より、私の弟の専門なのだ。当時、私の弟はUFOの存在を固く信じていてUFOの特番をTVなどでやると必ず見ていた。それに矢追純一の本が出ると必ず買っていたし、それを家族にも読むことを強要していた。たぶん、これも私が会社でそのことに対して愚痴をこぼしていたのを小耳にはさんで勘違いしてしまったのだろう。

 私は‘幸福の科学’に入るつもりは毛頭なかったので、断った。だけど、彼女は一冊だけでも…といいその場で本を一冊くれた。私は家に帰ってからその本を開け、ちょっと読んでみたが、それは私にはとても読めるものではなかった。始めの2ページくらいを読んだところでもう投げ出してしまい、2度と開けることはなかった。やがて、彼女は私に話したように会社を辞めていった。

 こうして今まで3回も宗教勧誘を受けたが、宗教に非常によく似たものとしてマルチ商法がある。私はマルチにも今まで2回勧誘されたことがあるのだ。
始めに勧誘されたのは社会人になってから2年目の時で会社の後輩から新宿に遊びに行きませんか?と誘われた。その後輩とは仕事上での付き合いはあったが、私的には全く付き合いはなく、私はちょっと警戒したが、その日は予定がなかったので彼の誘いに乗ることにした。

 始めは新宿のステーキ屋に入り、その頃の給料に比して豪華な食事をした。そして彼は「今日は僕から誘ったので」という理由で税金の分は自分が持ちますと言った。以前までよくお金がないと嘆いてばっかりだったこの後輩の行動はかなりの違和感があったが、私はこれからどういうことになるのか全く予想していなかった。

 ステーキ屋の後、私達はゲームセンターに行った。入るなり、後輩はちょっと電話をかけてきますと、公衆電話まで行った。私はそれほどその行為を気にせず、ゲームをひとり楽しんでいたのだが、後輩は帰ってくるなり、喫茶店に行きましょうと言い出した。

 まだ、ゲームセンターに入って10分も経っていないのに、全くおかしな行動であったが、ステーキの税金代を奢ってもらっていた手前、心の中で一杯になった疑惑を発することなく、私は彼に従うことにした。

 後輩はある喫茶店に入るとどんどんと奥の方に進んで行ってあまり目立たない席に座った。その行動は明らかにおかしかった。始めからその席に座ることを決めていたかのような手際良さだった。もうここまで来ると私にはある予感があり、突然1人の若い男が現われた瞬間、その的中を知った。

 その若い男は後輩の横に座り、自己紹介をした後、何故、後輩がいいものを着て、いい食事ができるようになったかという説明を始めた。そしてそれが、お風呂に入れる何とかスターのおかげだとマルチの説明になっていった。私はそんなものには興味がなく、金持ちにならなくても結構だといったが、相手は‘本当は友達がいないんじゃないの?’とかわざと私の神経を逆撫でするようなことをいい、入会すればいかにすばらしい生活がおくれるかということを言い続けた。そしてどうしてもらちが開かないと判断すると今度は女性が現われたのだ。

 その女性は別の角度から責めてきた。私に東京の何処で生まれたかを訊いて、それに答えると実は私もそこで子供の頃を過ごしたと言い出した。そしていろいろと懐かしい話を織り交ぜながら、最終的にはまたマルチに戻るということを繰り返した。もう、私はいい加減イライラしてきて、怒りを発しそうになっていたが、その気配が伝わったのか今度は3人目が現われた。こんどはちょっとコワモテの30代くらいの男性だった。

 その男が席に着いた時、ついに私はもう我慢ができなくなり、「もういい加減にしろ!」と怒鳴ってしまった。相手も頭に来たようで、「あなたはいつでもそんなに喧嘩ごしでものを言うのか」と言い返してきた。私は‘入会する気など全くない’、‘それに俺は江戸っ子だから口が悪いんだ’、‘気分を害したなら謝る’というようなことを言うと相手も諦めたようで‘今日のことは忘れてくれ’ということと‘このことは会社では話さないでくれ’ということを言ってきた。私は会社で話す気など全くなかったので同意すると、やっと解放された。実に2時間近くも勧誘されていた。後輩はやや気落ちをしているようで言葉も少なくなっていた。

 翌日からも会社ではその後輩と仕事上でいろいろと関わったが、それは明らかに以前とは違う関係になってしまった。

 もう1回はそれからしばらく経って20代中半くらいのことだった。ある日、家に高校時代の友人から電話が掛かってきた。その友人とは高校時代、親友というほどではなかったが、まあまあ仲のいいほうでよく他の友達も含めてボーリングに行ったり、ラーメンを食べに行ったりしていた。だが、高校を出てからは全く付き合いはなくなっていた。

 あまりに懐かしいのでしばらくしゃべっていると、今度アメリカに行くかもしれないという。もし、アメリカに行ってしまったらしばらくは会えないだろうから、その前に一度あっていろいろと話したいということだった。私は気軽にOKし、恵比寿の駅前で待ち合わせをした。

 7〜8年振りに会ったわけだが、あまり高校時代と変わっていなかったのですぐに彼だとわかった。さて、とりあえず喫茶店でも入ろうかと私は言いかけたが、車で来ているのでそれでちょっとドライブをしようと彼がいいだした。それもいいなと思い、私達はその車に向かったが、その車のドアの上から腕がひょっこり出ていたのだ。

 彼に訊くと運転手だという。何処に行くつもりかと訊くと、知り合いのやっている店だと言った。この車に乗ったらヤバイと私は思い、その場から駆け出した。彼は「どうしたんだよう」と言いながら追いかけてきた。しばらく走って路地に入り、車が付いて来ていないことを確認してから、私は速度を落し、追いかけて来る彼に「これはマルチだろう」と言った。彼は「違う、話を聞けばわかる」と言ったが、私は「さよなら」といいそのまま逃げてしまった。

 家に帰ってからしばらく経って彼から電話があり、いろいろと言い訳をしてもう1回会えないかと言ってきたが、私に全くその気がないとわかると電話は切れた。それ以降、彼からはもう連絡は来なくなった。

 宗教とマルチは非常に似ている部分が多いが、決定的に違うところがある。宗教の勧誘は団体のためにという性質が強いように思われるが、マルチの場合は勧誘する本人が儲けたいからだ。だから、私は宗教の勧誘ではそれほどイヤな思いはなくまあ何とか耐えられたが、マルチの勧誘の時はいやな思いばっかりで最後には腹を立ててしまった。

 こんなことを話ながら、私達は3人で4人前のお好み焼きともんじゃ焼を食べた。さすがに最後はお腹がいっぱいになり、もう一口も入らない状態になってしまった。友人達は私が今朝はグレープフルーツ半切れだけで、昼は素うどんだけですましたとか話したせいかもしれないが、今日はお金はいいと言った。一応、悪いので出すと言ったが、どうしてもお金を受け取ってくれないので、ありがたく受けることにした。このお金で明後日のオークスで一勝負だと私は内心思った。(2003.5.24)


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