面接


 2003年1月28日、ハローワークでN製作所の求人票を見た。仕事の内容はCADによる図形の入力等、完全週休2日制で年間休日126日、給料もまあまあだった。社員6人でうち女性2名、家からは一駅のところにあり、自転車で通える範囲だった。

 僕は自分にできる仕事の1つとしてCADのオペレータも考えていた。仕事の業種は全く経験のないものだったが、CADだったら何とかなるという自信はあった。それ以上に完全週休2日制、年間休日126日に惹かれた。しかし、家に近過ぎるというのと、会社の規模が小さいということが気になった。

 普通だったら家に近いところの方が通勤に便利だし、いいと考えるのだろうが、僕はあまり近過ぎるのも会社での気分が自分の部屋の中まで持ち込まれるような気がしていやだったのだ。従業員数が6名というのは、人間関係で悪くなった場合、逃げ場が全くなくなるわけだし、そうでなくても刺激がなさそうでいまいち乗り気にはなれなかった。

 しかし、気持ちの焦りはそんなことをじっくりと考えることを僕に許さなかった。僕はすぐに面接の申し込みをし、翌29日の3時からということになった。家に帰ってから会社の場所を確認に行った。求人票に書かれた地図を頼りに、探したが込入った住宅街にあるようでなかなか見つけることができなかった。そして、ちょっと疲れが出てきた頃、N製作所の看板を見つけることができた。

 N製作所は予想より、立派できれいな鉄筋3階建ての自社ビルで、ここ数年の間に建てられたような新しい雰囲気だった。その前には営業用と思われる黒のバンが1台止まっていて、従業員が通勤に使っていると思われる自転車やバイクが端の方に並んでいた。建物の雰囲気がよかったので、僕は少し安心した。規模は小さいが、それなりにしっかりした会社なのかもしれないと思ったのだ。

 29日3時、僕は久しぶりに紺のスーツを着て面接に行った。1階の入口付近で働いていた従業員に声をかけると、2階の事務所に案内された。社長は頭の禿げた50代後半くらいの中肉中背の人で、ポロシャツとジーンズを着ていた。1階で働いていた従業員も同じような姿だったので、この会社はスーツを着なくてもいいんだと思い、多少気分は楽になった。

 通り一遍の挨拶の後、面接は始まった。社長の奥さんがお茶を入れてくれて、丁寧な会社だと思った。面接は履歴書を中心に変わった質問もなく、通常通り進んでいった。僕がCADの仕事をしていたのは11年前のことで、その点がどうかな?と思っていたが、意外にも先方はブランクをあまり気にしてはいないようだった。

 僕も仕事に関しては何とかなると思っていた。最大の問題は勤務時間である。給与に関しては求人票に書かれた最低の額でも、生活はできると思ったからだ。求人票に書かれた残業時間は30時間だった。30時間というのが本当なら、今まで働いていたところと比べてやや少ない。そのことを訊いてみると、実際は60時間くらいだという。毎晩9時くらいになることが多いと言われた。毎晩9時くらい…というと1日3.5時間、1ヶ月で80時間くらいになるのではないだろうか?いや、いや、きっと早く帰れる日もあるのだろう。それにしても60時間は多い…

 話しは仕事のことから徐々に、僕の趣味のことに移っていった。僕は旅行が好きなので、毎年夏には1週間くらい北海道に行っていると言った。すると社長は
「それはいいね。だけど、この会社に入ったら我慢してもらわないといけないかもな」
と言った。夏休みのことを訊いてみた。そうすると3日はあるということだった。今まで働いていた会社も夏休みは3日だった。僕はそれに有給休暇を足して9〜12連休にしていた。
「有給休暇はあるよ、労働者の権利だからね。だけどね、私用の有給はまず許可にならないんだよ、うちは」と社長は薄笑いを浮かべて言った。夏休みが3日あるなら、有給を2日とれば9連休に普通はなるはずだ。そういうのは認められないのかと訊くと、認められないという。「ひとりに許可すれば、みんなに許可しなくてはいけなくなる」というのがその理由だった。

 僕はここでかなり迷った。この会社に勤めれば、夏に北海道に行くことは2度とできなくなるだろう。それどころか、ちょっとした旅行さえ、行けなくなる可能性が強い。それは、僕が僕でなくなるということのように思えた。もしこの時、僕の心が健康だったら、「ここは、自分には向かないようですから」と断っていただろう。しかし、僕の心は、「とにかく仕事を見つけなければ」という恐怖心に支配されていた。そして、最終的には仕方ないのかな…という考えに傾いていった。というのも、その点さえ僕が納得してしまえば、採用されるという感触を得たからだ。

 その後、CAD室を見せてもらった。そこにひとりの男性がいた。彼はJさん、社長の甥で、まだ30代ながら専務ということだった。CAD室は広々としていて、そこにMacが3台並んでいた。FMラジオがかかっていて、落ち着いた雰囲気だった。仕事をするにはいい環境だと思った。社長はJさんに僕のことをいろいろと説明していた。その話しを聞いていると、もうほとんど採用が前提になっているような内容だった。社長と僕は再び事務室に戻り、結果は明日の夜8時に電話で伝えるということになった。

 会社を出て、家への帰路、歩いている僕の心は空っぽだった。虚無感の霧にすっぽりと心が包まれてしまったような感じだった。一体、僕は何で会社を辞めてしまったのだろう…、何を求めて辞めたのだろう…、全てがわからなくなっていた。


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