多様性を認める社会に

 経済産業省に勤めるトランスジェンダーの職員が職場の女性トイレの使用を制限しているのは不当だとして国を訴えた裁判で最高裁判所はトイレの使用制限は違法だとしてこの官僚の訴えを認めた。これにより、人事院の定めた職場のトイレの使用制限は撤廃されることになり、国は132万円の賠償金を支払うことになった。

 原告の職員は経済産業省入省後、性同一障害の診断を受けていた。性適合手術は健康上の問題から受けなかったという。職場には「女性として勤務したい」と申し出て、2010年に女性の服装での勤務や女性用トイレの使用を認められたが、職場から離れたトイレを使うように指示されていた。

 何故、職場から離れたトイレ(この職員の勤務するフロアから上下2階以上)を使用するように指示したのかは、職場に近いトイレだと顔見知りの女性職員とで顔を合わせることになるという理由だった。職場から離れていれば、この職員と顔見知りでない女性職員が利用するため、違和感を覚えることもないだろうという判断だったらしい。

 この判決を巡ってはヒステリックな反応が起きている。これによって男性が「体は男だけど、心は女」と主張して堂々と女性用トイレに入ってくるようになるのではないかという何とも被害妄想的なことを主張している人が一定数いる。しかし、この判決を一般化して不安を煽るのは的外れにように思う。

 まず、この職員は、性適合手術は受けていないものの、性同一障害の診断を受けていた。つまり、本人の主張だけでなく、医師の診断を受けていたのである。また、ホルモン治療を継続的に受けていた。同僚にも説明会を行い、女性の服装で勤務し、女性更衣室も使用していた。いきなり女性だと主張したわけではなく、日々の積み重ねにより周囲に認知されていた。

 また、「全部ではないけど、部分的に権利は認められていたのだから、それで納得するべき」という意見もあった。トイレの使用を制限されていたというのは上記のように、この職員の勤務するフロアから上下2階以上のトイレを使用できるというものだった。仮にこの職員が4階で勤務していたとすると使用できるトイレは2階以下または6階以上ということになる。

 この状態を自分に当てはめて冷静に考えてみてほしい。これはかなり辛い状況だし、体調の悪い時などは深刻である。移動するにも時間がかかるから、仕事の効率も落ちると思われる。上記したが、このような制限をかけたのは2階以上離れていれば顔見知りの職員のいない為という取って付けたような理由なのである。単なる嫌がらせなのではないかと勘繰ってしまう。

 また、差別があれば、それと徹底的に闘わなくてはならない。この辺りで…と躊躇してしまうと、世の中を変えていくことはできないと思う。差別を受け入れてしまうのは、或いはひとつの戦略かもしれないが、それによって失うものも大きく、負け犬根性が染みついてしまうことも考えられる。したがって、変な妥協はしない方がいいと思うし、今回の訴えは正当なものだった。

 この官僚個人に対するネット上のバッシングも酷いものがある。それも一般の人だけでなく、名前をよく知られた有名な人も含まれているのだから呆れる思いがする。頭が悪いのか、或いは故意に煽って世間に間違った認識を与えようとしているのか判別はつかないが、自らの人間的レベルの低さを宣伝しているようなものである。

 この判決はあくまでもこの事例に限られることで、自らトレンスジェンダーと主張すれば誰でも自由に女性トイレに入れるというものではない。したがって、全く心配する必要はないのである。公共のトイレなどの議論はこれからである。

 LGBT法の成立により、トランスジェンダーと偽って男性が女性トイレや女風呂に堂々と入ってくるようになると不安を煽っている人がいる。このようなことは以前から起きていた。女装した男性がわいせつまたは強盗目的のため、女性トイレに入り女性の襲われる被害が出ていた。つまり、LGBT法に関係なく、自身の欲望を抑えることのできない人間は一定数いて、これはどうしようもない。問題はLGBT法の成立により、これからの犯罪が増えるかどうかということである。

 これは、実際にどうなるのか予想するのは難しいが、僕はそれほど変わらないのでなないかと思う。というもの、いくらトランジェンダーだと女性トイレに入ったことの正当性を主張したとしても、犯罪行為を許されるはずはないからである。トランスジェンダーであろうが、なかろうが、警察に逮捕され罪の重さに釣り合った罰を受けることになる。そのことを思えば、とても気軽に行えるような行為ではない。

 公衆浴場については心配する必要は全くない。現在、法律で概ね7歳以上の男女の混浴は禁止されている。この場合の男女の区別は身体的特徴で判断されるので、心は女性と主張しても体が男性であるならば、女湯に入ることはできない。現在、混浴の温泉宿があるが、これらは法律のできる以前から営業していたもので、黙認されているようである。旅館業法などで混浴を新設することはできなくなっている。

 人々はどのような認識なのだろうか?この辺りは各企業がアンケートをとっていてL社のデータではトランスジェンダーが性自認に沿ってトイレを利用することに抵抗はないと答えた人の割合は2017年で65.5%、2022年では71.5%だった。しかし、抵抗があると答えた人の割合も2017年は7.8%だったのに対して2022年では10.1%と増加している。

 LGBTがクローズアップされることにより、いろいろな課題がみえてきて、理解を示す人が大半ではあるが、一方でアレルギーを起こす人も増えたのだと思う。あとは時間をかけて丁寧にゆっくりと進んでいくしかない。ただひとついえるのは、どんな人も差別されてはならないということである。(2023.7.30)


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