ジャニー喜多川性加害問題

 今年の3月18日、イギリスの国営放送局BBCがドキュメンタリー番組「Predator: The Secret Scandal of J-Pop」を放送した。ジャニーズ事務所の創業者であり代表取締役社長だったジャニー喜多川氏によるジャニーズJrに対する性加害の告発をしたこの番組の放映をきっかけとして、一気にこの問題が表面化した。

 再発防止特別チームの調査報告書によるとジャニー氏の性加害の始まったのはジャニーズ事務所の設立前の1950年代初頭、ジャニー氏が20歳の頃までさかのぼる。著名な作曲の自宅に泊ったジャニー氏は作曲家の小学校2年生の息子の寝ている布団の中に入りオーラルセックスなどをした。その後、約2年半にわたり、数十回の被害を受けた。息子の友達も作曲家の家に遊びに行った際に、同様の被害を受け、その後は車内などで一年半に及んだという。

 ジャニーズ事務所の設立は1962年6月、開業当時から性加害の問題は起きていた。ジャニー氏は姉メリー氏と親交のあった名和太郎氏が代表を務めていた新芸能学院に特別クラスを開設して、野球を通じて交流のあった中学生4人をメンバーとしたジャニーズを結成し歌と踊りのレッスンを行っていた。そして、学院内にジャニーズ事務所を個人開業した。しかし、新芸能学院の生徒がジャニー氏による性被害を訴えたことから、名和氏との関係は決裂する。ジャニー氏はジャニーズのメンバーと共に新芸能学院を去ることになる。

 ヒアリングによると被害は2010年代半ばまで続いていたというから、実に60年以上の長期に及んでいることになる。これは驚くべきことである。その間、告発は全くなかったのかというと、そんなことはなく、告発は定期的に出てきている。

 1964年、新芸能学院がジャニーズ事務所との金銭トラブルの訴訟を起こし、この裁判で研修生が性加害を受けそうになったことを証言した。しかし、ジャニーズの4人は性加害の事実を否定(のちに1人が性加害を受けたことを認めた本を出版している)、最終的には性加害の認定はされなかった。

 1988年には元フォーリーブスの北公次氏がジャニー氏の性加害を告発した「光GENJIへ」が出版され、翌年にはビデオで映像版が発売された。翌1989年には初代ジャニーズの中谷良氏が11歳当時ジャニー氏と性的な関係を持っていたことを告白した本「ジャニーズの逆襲」を出版した。2005年には元光GENJIとしてデビューの決まっていた木山省吾氏の告発本「SMAP―そして、すべてのジャニーズタレントへ」が出版された。彼はジャニー氏の性的な要求を拒否したため、メンバーから外された。

 1999年には週刊文春がジャニーズ事務所の性加害を取り上げている。特集は14週連続で行われ、ジャニーズ事務所はジャニー氏による性加害はないとして名誉棄損による損害賠償の裁判を起こした。一審ではジャニーズ側の主張が認められたが、二審では逆転し、性加害の事実が認められた。ジャニー氏は高裁の判決を不服として、最高裁に上告したが、2004年に最高裁は上告を棄却し、判決は確定した。

 数々の暴露本、さらには性加害を認定した判決まで出ているにも関わらず、真実を追求する動きは何処からも起きず、ジャニー氏の性加害は続いていくことになる。ジャニー氏による性加害者は少なくても数百人に及ぶという。絶望的なのはもしBBCのドキュメンタリーがなかったら、この問題は闇に葬られていた可能性の高いことである。日本人には全く自浄能力がないのかと暗澹たる気持ちになる。

 ジャニー氏による性加害は広く社内に知れ渡っていたはずである。マネジャーに相談したジャニーズJrもいたし、他のジャニーズJrの寝ている横で性加害を受けた子もいる。同族経営の弊害が指摘されているが、もちろん一般社員は多数いたわけで、誰一人として声を上げなかったというのは自身の保身以外何者でもない。デビューしたかったらジャニー氏の行為を受け入れなさいという空気が事務所全体にあり、性加害が延々と続く要因となった。

 ジャニーズのタレントに罪なないという意見をよく聞くが、果たしてそうなのだろうか。ジャニー氏の行為を受け入れれば優遇され、拒否すれば冷遇、もしくは退所という「暗黙の了解」が出来上がり、実態を知りながら声を上げなかったタレントは多数いたはずである。東山氏や井ノ原氏は会見で「噂レベルでは知っていた」というが、これに被害者の会の当事者は「強烈な違和感を覚える」といっている。見て見ぬふりをする行為をどう判断するかは、難しい一面を持っているが、責任が全くないとは言い切れないのは確かである。

 大手マスメディアはこの問題を知りながら、全く沈黙していた。彼らが報道機関ではない証拠である。偉そうなことをいってはいるが、所詮はただの広告屋だったことを露呈した。エンターテイメント業界最大のジャニーズ事務所の闇を暴くことは、自身の身を危なくするという判断から見て見ぬふりをしてきたのである。ジャニー氏の性加害は1970年代からエンタメ業界では広く知れ渡っていたという。その後、相次ぐ暴露本の出版、さらには最高裁でジャニー氏の性犯罪が認定されたにもかかわらず、マスコミは一切報道しなかった。そのため、性被害を受けた少年の数は膨大なものになってしまった。真実よりも自社の利益を最優先したマスコミの体質は、戦前と全く変わっていないし、これからも変わることはないと思われる。

 事務所の不作為、マスコミの沈黙によってBBCがいうところのプレデターは60年以上に渡って獲物を捕食し続けた。これだけ長期にわたり、また被害者の多さからいって世界的に未曾有の犯罪といえる。それにしてはマスコミは他人事のように報道し、何故、報道をしなかったのかという検証番組ひとつ作成しようという意思さえないようだ。ジャニーズ事務所は社長をジャニー氏の側近と言われた東山氏に交代、ジェリー氏は社長から退いたが取締役には残り、株式も100%保有を続けるという。何処にも一筋の光さえ、見えない状況は続く。(2023.9.17)


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