コロナウイルス身辺記

 日本で初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されたのが、1月16日だった。神奈川県在住の中国人で、故郷である武漢に滞在後、日本に帰国していた。この頃はまだそれほど危機感はなかったように思う。2人目は観光バスの運転手さんで武漢からの旅行者を乗せており、彼は武漢に渡航歴のない初めての感染者となった。同じバスに乗っていたバスガイドさんも感染していた。また3人目もバスガイドさんで、国内感染者2人目となったバスの運転手さんと同じバスに乗っていた。

 その後、中国、それも武漢からの旅行者の多い地域で感染者が増えていった。集団感染を起こした屋形船も武漢の旅行者が利用していた。スポーツジムやライブハウスでクラスターが発生し、国内初の感染者が確認されてから一月で感染者数は1000人を数えるまでになり、連日新型コロナ関連のニュースばかりとなっていく。

 しかし、この頃、僕は明らかに騒ぎ過ぎだと思っていた。単純に比較はできないかもしれないが、インフルエンザの1シーズンの感染者は1000万人であり、それにくらべれば全く感染は広がってはいないし、感染者の八割は無症状か軽症で、死亡率は2%くらいといわれていたからだ。政府は3月2日に全国の小中高等学校に一斉休校を要請したが、違和感を覚えた。

 この頃、会社での健康診断が始まっていた。数名ずつ指定された病院に行き、検診を受けるのである。僕は3月中旬で妻は、それより一週間遅れだった。妻の検診が済んでしばらくたってから、妻の一日前に検診を受けた社員のところに検診をした病院から電話が入った。同じ日に受診をした人がコロナに感染していたというのである。それで体調に変化がないかということと、毎日の検温をお願いしたいという連絡だった。

 その患者さんは検診ではなく、発熱の症状があり、その病院を二日にわたって訪れていた。何故、その社員さん個人に連絡がいったかというと、彼は検診のメニュー以外に個人的な項目も追加していたため、連絡先がすぐにわかったためではないかということだった。その一日後に検診を受けた妻も、一応、毎朝の検温を会社から頼まれ、同居する僕も検温することになったが、あまり真面目にはやらなかった。

 感染者は爆発的ではないにせよ増え続け、小池都知事からロックダウンという言葉まで飛び出し、パニックになった人たちがスーパーに殺到し、ほとんどの食材が売り切れてしまうなどということも起きた。その日の夕食はホッケの開きになった。このスーパーでは、しばらくしてから従業員からコロナ感染者が出た。そして、緊急事態宣言が発令された。会社はこれを受けて時差出勤をすることになった。

 しかし、緊急事態宣言の発令される前から、朝の通勤電車は人が少なくなり、最寄り駅から座っていける状態になっていたので、僕は時差出勤をしないことにした。遅く会社へ行くと、帰り時間も遅くなるわけで、朝よりも帰りの方が電車は混んでいるからである。

 電車はさらに空いてきた。ただ、座れるだけでなく、隣に乗客の座ることが少なくなった。さらに、帰りの電車でも座れることが多くなった。会社は時差出勤だけでなく、勤務日を減らすことにもなった。週5日出勤していた人は、週4日の勤務となった。会社側はコロナ対策といっているが、仕事量の減ったため、パートさんの給与を減らすのが本来の目的だった。そのため、多くの苦情が出ることとなった。

 週4日になって感じたことは、体は楽だなということだった。一日違うだけでも、ずいぶんと負担は減ったように思う。お金の問題さえなければ、こちらの方がいいのだけど、そこは非正規労働者の悲しいところである。さらに、緊急事態宣言の解除が伸びれば、さらに会社の収益は落ち込み、解雇ということもあり得ないことではない。防疫の面だけでなく、経済の面からも影響を考えなくてはならない。

 よく、命かお金かという問いがなされるが、今日は経済も密接に命と繋がっている。したがって、どちらも命の問題であることに変わりはない。したがって、感染の拡大防止と経済へのダメージということを、合わせて考えなくてはならない。Stay Homeとばかり繰り返すテレビや政治家には疑問を感じてしまう。

 そもそも、緊急事態宣言によって自粛をお願いするのなら、当然、自粛期間中の補償とセットでなくてはならないはずである。しかし、政府は今になって自粛中の家賃補償の話をしているお粗末さである。こんなことは、緊急事態宣言を発令するときにわかっていたはずだ。一体、彼らはどんな頭の構造になっているのだろうか?

 さらに学校が休校になっていることから、9月入学の話も出ているが、これも全くどうかしている。9月入学がいいのか、悪いのか、わからないが、この時期にする話ではない。まずはコロナ対策に集中するべきで、9月入学がいいというのなら、コロナ終息後にじっくりと議論を重ねればいいと思う。そして、検察官の定年を引き上げる検察庁法改正案の話まででてきた。火事場泥棒という表現がぴったりで、呆れてしまう。こんな政権にコロナ対策は任せられないと思った人は多いのではないだろうか?

 妻の故郷であるペルーでは早い段階からロックダウンが行われていた。その素早さから、僕は、感染はあまり拡大しないのではないかと思っていたが、実際は日本以上に酷い状況になっている。感染者は約7万人で死者は2000人に及ぼうとしている。何故、かなり早い段階でロックダウンしたのに…と思って妻に訊くと、日本と違って政府のいうことを聞かない人が多いからという。特に貧しい人たちは、仕事をしなくては食っていけず、Stay Homeというわけにはいかないらしい。

 5月初旬、この死者の中に妻の同級生もカウントされることになった。彼の誕生日は4月5日でこのときにペルーはすでにロックダウンしていたため、ビデオメッセージを作成して、友人たちに送っていた。元気な彼の姿が今も妻のスマホの中にある。それからわずか一月で、この世を去ることになるとはコロナの怖さを初めて感じた。今でも新型コロナウイルスの報道に関しては過剰だとは思っている。しかし、それは以前の思いと明らかに変わったものになった。(2020.5.12)


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