恥ずかしながらビリー・アイリッシュというロサンゼルス出身の18歳のシンガーソングライターの名前を聞いたのは、グラミー賞5部門受賞のニュースを知ったときだった。年間最優秀楽曲賞、最優秀新人賞、年間最優秀アルバム賞、年間最優秀レコード賞の主要4部門、さらに最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバム賞も獲得した。女性としては初の快挙で、さらに史上最年少だった。また、デビューアルバム「WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?」はビルボード誌の年間アルバムチャートで1位になった。 早速、どんなアーティストか知りたくなり、You Tubeで、グラミー賞で年間最優秀楽曲賞に輝いたbad guyを観てみた。シンセベースに囁くようなボーカルを乗せた極めて印象的な曲で、詩も独特の世界観が感じられよかったのだけど、アルバムを買うのはちょっと躊躇われた。実力がよくわからなかったのである。 新人でいきなりブレイクしたアーティストというのは、実力のある場合もあるが楽曲や歌唱よりも特異なスタイルや奇抜なビジュアルなどがウケているだけで、実際は中身のない場合も多く、今まで何回も失敗したことがあったからだ。ヒットしている曲はいいが、いい曲はそれだけなんていうこともよくある。 bud guyの他にシングルカットされているbury a friendという曲のミュージックビデオを観てみた。基本的な音作りは同じような感じだったが、こちらの曲は展開が目まぐるしく変わり、それ以上に映像や詩がディープでただの新人ではないと思わせるようなものだった。2曲聴いてみて、損してもいいかなと思いアルバムを買った。 アルバムを聴いて衝撃を受けた。いわゆる‘捨て曲’というのが全くないばかりか、全曲完成度が高く、聴きごたえ十分だった。兄と二人で自宅のベッドルームで作成したということから、音の薄さを思ったがそれも全く感じなかった。R&B、ロック、ピップホップ、フォークなど多様な音楽性を持っており、それにもかかわらずアルバムは散漫にならず統一感がある。 さらに素晴らしいのはボーカルの表現力である。bud guyのようなクールな感じから、時には切なかったり、妖艶だったり、または凛としていたりと表情豊かで聴き惚れてしまう。三分前後の曲が多いが、ビートルズがそうだったように小品という感じは全くない。このアルバムがヒットしたのは、ただ単に目新しさではなく、素晴らしい楽曲と独特の世界観を持つ詩、そして卓越したボーカル力である。 近年ではボーカルを含めた総合的な音作りが主流になっていると思われるが、このアルバムはボーカルをしっかり聴かせる音作りになっていて、そういう意味では懐かしさを感じるところもある。wish you were gayなどは、ボーカルだけ聴けば古き良きR&Bの名曲を聴いているような気分になる。また、一曲の中の緩急や強弱の付け方も絶妙だ。 ビリーの音楽はグルームポップと呼ばれているそうである。グルームとは憂鬱という意味で、本作でも向日的で明るい感じの曲は皆無で、陰鬱であったり、切なく悲しい雰囲気の曲が並ぶ。詩も単純で分かりやすいものはなく、自分をこじらせているという彼女が感じたり、体験したことが描かれている。 果たしてこれでコンサートは盛り上がるのだろうか?などと、余計な心配をしていたが、You tubeで彼女のコンサートを観て驚いた。もの凄い盛り上がりで、観客は彼女の曲をほとんど歌えるほどに聴き込んでいる。アルバムでも緩急や強弱の付けた方は見事だが、コンサートではより一層それが発揮されている。聴かせるところは聴かせ、乗せるところは乗せている。 you should me in a crownやcopy catのようなロック色の強い曲では観客は飛び跳ね、idontwannabeyouanymoreやwish you were gayのようなR&B調の曲では横揺れをしながら聴いている。また、when the party’s overやi love youのような悲しいバラード曲のときには涙を流している人もいた。 ステージ上のミュージシャンはボーカルのビリーを含めて3人、ビリーの兄のフィニアスとドラマーのアンドリュウ・マーシャルだ。フィニアスは曲によってキーボード、ギター、ベースを使い分けて、マルチプレイヤー振りを披露している。生のドラムが加わっているため、ロック色が強くなっている。そして、3人の息はピッタリである。 兄のフィニアスは楽曲の共作者でアルバムのプロデューサーでもある。2人で作り上げたことで、所謂、世間的な流行とは一線を画し、独自の世界が生まれたように思う。ビリーは「自分はどんな音を探しているのかまだわからない」とインタビューに答えているが、これからどんな音楽を創ってくれるのか、楽しみだ。セカンドアルバムの出るのは2〜3年後とのことで、待ち遠しい限りである。 このアルバムで唯一の不満はジャケットの写真だ。白いベッドの上でこれも白い衣装を着た瞳がなく白目のビリーが不気味に笑っている。もっと可愛い写真を使ったら、アルバムの売り上げはさらに伸びたのではないかなどと思ってしまうが、これはアルバムの中の曲bury a friendの世界観を表現したものと思われる。 WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?というアルバムのタイトルも同曲の詩の一節から取られている。この曲はベッドの下にいるモンスター、それはもう一人の自分なのだが、それを描いている。眠りに落ちたら、何処へ行くのだろうか?(2020.2.23) |