最近では台風などの自然災害が予測される場合、鉄道では計画運休が行われるようになった。以前は運行することが困難になるまで、鉄道は走っていたような気がするが状況が悪化する前に運休することにより、不要・不急の外出を抑制し、企業の時短勤務や休業を促したりして、混乱を招かないようにする狙いがあるようだ。僕が最初に計画運休を体験したのは一昨年島根を旅行した際に、関西に上陸した台風20号によるものだった。この台風はよくテレビで放送される橋の上のトラックが横転したり、屋根が飛ばされたりする台風21号の前に来たもので、結果的にはそれほど被害はなかった。 当日の朝、僕と妻は松江にいた。松江はよく晴れており、風も全くなかった。当初の予定では昼頃まで松江にいるつもりだったが、台風上陸の予報が出ていたので、お土産を買ってすぐに京都へ向かうことにした。お土産屋さんの開くのを待ち、親戚や職場に持っていくお土産を選び、10時6分発の新見行に乗った。新見に着いたときにも空には青空が広がっていたが、駅のアナウンスで19時を目途に列車の運行を休止することを知った。この段階では18時くらいに京都には着ける予定だったので、あまり心配はしていなかった。 新見から伯備線で岡山へ向かう途中、雲が増え、やがて雨が車窓を打ち出した。しかし、それは断続的でザっと降ったかと思うと陽が差してきたりして、一方的に天気が悪化しているといった印象はまだなかった。岡山から相生まで行き、野洲行きの快速列車に乗り、これで京都までもう乗り換えはないと胸を撫でおろした。 姫路、神戸と過ぎるうちに天候は悪化していった。風はほとんど吹いていないようだったが、雨が間断なく落ち始めた。そして、突如といった感じで今乗っている列車が快速列車の最終になると車内アナウンスが入ったのである。とりあえず、京都まではいけるが、予約を取っていたホテルはさらに京都駅から山陰本線に乗り換えて二駅のところにあった。もし、そちらが運転を終了していたら、かなりの距離を歩かなくてはいけなくなる。 京都駅に着き山陰本線のホームへ向かった。幸いなことに山陰本線はかなりの遅れは出ていたが動いていた。ホテルの最寄り駅に着いたとき、雨は全く降っておらず、やや風があるかなといった感じだった。関東ならこのくらいで電車を止めることはないだろうなと思っていたが、これが計画運休というものだということを翌日のニュースで知った。列車の運休に合わせて駅周辺のデパートなども5時で営業を中止していたのである。 ただ、列車が早い時間に止まってしまったため、帰宅できない人が多く出て、大阪周辺のホテルは満室だったらしい。さらに翌日も路線によっては運転再開が大幅に遅れ、僕たちも昼近くまで京都駅で足止めということになってしまった。 次に計画運休を経験したのは、つい先日の台風15号のときだった。この台風は日曜日の深夜、関東地方へ接近し、東京湾を北上、千葉市に上陸した。JRは計画運休を発表し、それによると翌日の月曜日の朝8時くらいまで運転を見合わせるということだった。僕たちはいつも通り、最寄り駅に向かったが、列車はまだ動いていなかった。駅構内は入場規制がされていて、改札の中を見るとホームに降りる階段はびっしり人で埋め尽くされていた。ただ、駅構内のアナウンスによると、運転再開の目途は全く立っていないという。 運転再開の見込みもわからないのに待つというのはイヤだったので、辛うじて動いていた地下鉄に向かった。こちらの方も大幅に遅れが出ており大混雑だったが、何とか乗り込んで横浜まで行った。しかし、JRは止まったままなので、動いているらしい京急の列に並んだが、30分経っても1メートルも進まないことに嫌気がさし、妻と喫茶店に入りコーヒーでも飲むことにした。会社に状況を電話し、いつ行けるかわからないというと、のんびり出勤してもらってもかまわないというので、結局、JRが運転を再開する12時近くまで喫茶店にいた。 僕は大げさな表現を使うことは嫌いなのだが、この日の駅の状況は大混乱という言葉がぴったりくるもので、今まで見たことのない長い行列ができていた。原因はJRの8時くらいまで運転を見合わせるといった前日の発表と、それを信じて列車の運行状況を確認することなく駅も向かった人々によるものだった。というのも、中にはスマホで運行状況を確認し、自宅待機していた人もいたからだ。結局、電車が動き出したのは昼近くになってからで、4時間にわたって改札を中心として、人々が溢れるという結果になってしまった。 大混乱になった原因はJRの見通しの甘さと日本人の勤勉さということになるのだろうが、運転再開が遅れたのは線路上の飛来物を確認し、除去する作業のためだった。試運転をしながら飛来物を目視し、発見したら除去するという作業だが、実際には多くの飛来物があり、時間を要してしまったようだ。 しかし、そもそも台風などの自然災害の後、運転再開の予定などというものはきっちりと立てられるものではないように思う。飛来物といっても、拾えるものだけとは限らない。看板が線路上に落ちているかもしれないし、工事現場の足場が線路上に崩れているなんていうこともあるだろう。倒木、がけ崩れ、冠水などということがあれば、被害状況によっては数日を要してしまう。だから、計画運休のとき、運転再開の時刻を正確にアナウンスすることは限りなく不可能に近い。 台風15号のとき、JRは始発から午前8時くらいまで運転を見合わせると発表した。普通に考えると「それじゃー、8時くらいから動き出すのかな?」となるし、多くの人がそう思ったはずだ。僕は8時から動くかどうかはわからないが、動く可能性はあると思ったので駅に向かった。何故なら、もし、8時から運転を再開した場合、その時間に駅にいなければ、自分だけ会社に遅刻ということになりかねないからだ。 スマホなどで運行状況を確認してから、運転再開を確認してから家を出ればいいと思われるかもしれない。しかし、電車が動き出すときには駅にいて、できるだけ早く会社に行かなくては…と考える人は多い。自分の使っている路線が止まっているときは別の交通手段を使ってでも、最善の方法で最短の時間で会社に行かなくてはならないと考えてしまうのだ。 とすると、大混乱の原因はJRの見通しの甘さよりも、日本の会社員の習性に起因しているように思われる。8時まで運転を見合わせるというアナウンスがあったなら、JRのホームページなどを確認し、電車が動き出してから家を出るといった感じでいいと思う。さらにいえば運行開始直後は、運行本数は少ないし、多くの人が押し寄せることは容易に想像できるから、しばらくしてから出勤しようと思うくらいの余裕はほしい。 しかし、多くのサラリーマンにはそれができない。とにかく、全力で出勤しようとする。それは、日本人の資質というよりも、会社側の問題であるように思う。台風15号のとき、僕は出勤したが、休んだ社員さんが2人いた。会社に着くと部長が「会社のエントランスが汚れているけど、掃除しなくていいよ。明日、休んでいる2人にやらせるから」といった。そして、翌日、2人はたっぷりと嫌味を言われたようである。 そうすると、次からは多少のことがあっても、出勤しようとなってしまう。今度の台風19号のときも部長は朝礼で「会社は休みではないので、早めに家を出るなどの対応をとるように」と話していた。結局、JRが計画運休を決めたことから、出勤できても帰れないという状況になり会社は休みということになった。 関西で計画運休が発表されたとき、それに合わせてデパートなども閉店時間を早めた。会社も台風などの自然災害の予想されるときは、計画運休に合わせて業務時間を短縮したり、場合によっては休日にすることを決断しなくてはならない。 計画運休の浸透することによって、何が何でも出勤するといった風潮が変わってきたことは確かである。仕事よりも人間が大事ということはいうまでもない。台風や大雪などの自然災害の想定されるとき、がんばって会社に出勤する社会から家でゆっくり休む社会になってほしい。計画運休はその切っ掛けになるかもしれない。(2019.11.16) |