腋毛女子

 ある日、途中の駅で目の前の席が空き座ると、多くの乗客が流れ込んできて、僕の前に、二十代後半から三十代前半くらいのフレンチスリーブの麻のブラウスを着た女性が立った。僕は電車で座れると、目の前に立つ人を確認してから目を閉じるようにしている。これは、僕の小心さから来ている。前に立った人を確認しないで目を閉じ、後でお年寄りやマタニティマークを付けた女性が自分の前に立っているのを知ったとき、居たたまれない気分になったりするからだ。

 若い女性はマタニティマークを付けていなかったので、目を閉じようとして顔を心持上げると、偶然にもバッグを網棚に乗せようと上げた右腕の腋の下に目が行った。すると、そこに毛のようなものが見えた。だが、すぐにそれを心の中で否定した。目の前の若い女性が、腋の下の手入れを怠っているとは、思えなかったのである。清潔感があり、ずぼらな雰囲気は全くない。恐らく、腋の下のしわなどが、光の加減で毛のように見えただけだと思った。

 若い女性の腋の下をじろじろと見るわけにもいかないので、目を閉じた。しかし、気になって仕方がない。時折、目を開けて、車窓からの景色を見るような振りをしながら盗み見ていると、吊革を掴んでいる右腕の腋が角度によってちらちらと見えた。そこには、間違いなく毛が生えていた。処理をし忘れたとかいうレベルではなく、ここ数か月は全く剃っていないという感じだった。

 処理があまく腋毛がぽつぽつと出ているということは、比較的よくあるように思う。冬場ならいざ知らず、全く処理をせず、腋の見えるような服装をするということはあまり考えられないことだ。処理を忘れたのではなく、処理をしないこと、腋毛を生やすことを是としている感じである。

 会社で意識高い系の女性にそのあたりを訊いてみると、腋毛を処理しないという選択をする女性は増えているそうで、ネットで検索すれば彼女たちの主張を知ることができるといわれた。日本では腋毛を生やすという選択している女性の有名人はほとんどいないと思われるが、海外ではマイケルジャクソンの娘であるパリス・ジャクソン、マドンナと娘のローデス、マイリー・サイラス、腋毛を処理することなくゴールデン・グローブ賞のレッドカーペットを歩いて物議を醸した女優ローラ・カークなど、かなりの人数に上る。アメリカの2013年の調査では、腋毛を処理しない女性は5%だったが、2016年の調査では約25%と大幅に増えているらしい。

 しかし、腋毛を処理しないことに嫌悪感を覚える人は多い。腋毛を処理しないでレッドカーペットの上を歩いた女優ローラ・カークは殺人予告まで受けたというし、同じく処理をしないままクリスチャンディオールのドレスを着てイベントに登場したパリス・ジャクソンにも非難が殺到したそうだ。

 腋毛を処理しないことに対して人々は、「汚い」「生理的に無理」「気持ち悪い」などの感情を覚え、処理することが‘世間的な常識’となっている。しかし、彼女たちにいわせれば、それは「社会が女性を押し付けている美しさの基準」ということになる。

 電車に乗っていて気付くのは、脱毛の広告がやたら多いことだ。体毛をムダ毛と表現し、それらを処理することが当たり前という固定観念を美容業界は植え付け、消費を煽っているように思える。体毛のない肌は美しいという全く根拠のない意見を押し付けている。だけど、本来、体毛というのは必要性がありから生えるもので、ムダ毛などというものはないはずである。

 腋毛を処理しない女性が増えてきているということは、自由で自立した考えを持った女性が増えてきているということのように思う。僕自身、女性は腋毛を処理するのは普通だと刷り込まれ、それを疑いもしなかった。しかし、よく考えてみれば、腋毛を処理するかしないかは、全く個人の好みの問題で、社会が「こうあるべきだ」と押し付けるものではない。これは腋毛だけではなく、社会が押し付け、無意識のうちにそれを当たり前と信じ込んでしまっていることは多いのではないだろうか?

 体毛のないことが、美しいなどと誰が決めたのだろうか?(2019.9.22)


皆さんのご意見・ご感想をお待ちしています。joshua@xvb.biglobe.ne.jp

TOP INDEX BACK NEXT