ムエー

 沖縄からペルーへ移住した妻の父親たちは、ムエーというシステムを持っていたという。タノモシとも呼ばれていたこのシステムは、私的な互助会だった。ムエーは古くから沖縄にある相互互助システムで、数人が毎月一定額のお金を出し合い、定期的に一人ずつそのお金を受け取るものである。現在でも、ムエーの精神は形を変えながら生きているようである。

 二年前、妻は母親の米寿を祝うためペルーに帰国した。そのとき、妻の帰国を知った同級生が集まり、同窓会が開かれたそうである。同窓会には四十人前後の人たちが集まり、LINEのグループを作ることになった。妻の帰国後、その流れは日本に住んでいる同級生にも波及して、日本でも同窓会が開かれ、二十人くらいの人たちが集まった。用事があったり、遠方に住んでいて同窓会に出席できなかった人たちも加わり、同窓会のLINEグループは八十人を超えた。

 誰かの誕生日があると、一斉におめでとうというメッセージが飛び交ったりして、妻のときなどは返信に疲れてしまうほどだった。また、比較的近くに住んでいる人同士の飲み会や旅行も行われるようになった。そして、同級生に関する情報が発信され、多くの人がそれを共有し、お互いが助け合う互助のシステムが何となく動き出していった。

 ある同級生が高血圧からくる心臓肥大になり、治療のため入院することになった。それを知った同級生が、そのことをLINEで発信すると、励ましのメッセージを送る人、お見舞いに行く人、金銭的な援助をする人などいろいろな手が差し伸べられた。また、グループの中にはお医者さんもいて、医学的なサポートやアドバイスも受けられたようである。それぞれ自分の身の丈にあった援助を行うことで、同級生は心強い気持ちになり、不安も和らいだに違いない。

 同級生のグループには様々な人たちがいる。前述したようにお医者さんもいれば、会社を経営している人もいる。また、日本で非正規労働者として工場で働いている人もいれば、精神を病んでいたり、無職の人もいる。性的マイノリティの人もいるし、シングルマザーの人もいる。いろいろな人が立場を超えて、ひとつのグループを作っているため、いろいろな悩みや問題に対応できるシステムが自然と形成されている。

 同級生のLINEグループによる互助システムは、発起人がいるわけでもなく、あくまでも自然発生的で、困っている人がいたら助けようというものだ。だから、義務を負うことはなく、援助できる人が援助するといった感じである。何もしなくても、後ろ指を指されることはないし、非難されることもない。始めは、ただ単に同級生の親睦を深めるためのものだった。

 このLINEグループには妻もお世話になった。今年の四月、姉のサチコの亡くなったときである。ペルーからの知らせに妻はすぐにでも、ペルーに帰りたく思ったが、さすがに当日は無理だろうと半分諦めていた。グループには日本の旅行会社に勤めている友人がいるので彼に連絡すると、彼は当日のチケットを入手してくれた。しかも、そのチケットは信じられないくらい安かった。往復のチケットだったが、通常の片道分よりも安価だったのである。これにはいろいろと奥の手を使ったようである。また、多くの同級生からお悔やみのメッセージや香典が送られてきた。

 phaさんの著書‘ニートの歩き方’の中にも、これに似たことが書かれているので引用する。「社会のメインシステムである資本主義や市場経済とは別に、補助的なものとしてそういうよくわからない助け合いみたいなネットワークが広がったら、現在生きづらい人がちょっとは生きやすくなるんじゃないかと思っている」

 こういった精神は古くからあった。ムエーの起源は琉球王国の尚敬王の時代(1733年頃)まで遡るらしいし、タノモシも鎌倉時代中期に出現したようである。共通するのは、信頼できる人間関係が必要なことである。妻のグループも同級生という信頼できる友人たちだから、意識することなく相互互助が成り立っている。

 格差が広がり、人々の関りが薄くなり引き裂かれた現代において、このようにゆるやかな相互互助のシステムが形成されていくことが、ひとつの生きずらさの解決になるように思う。(2019.6.16)


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