貯金は止めよう

 僕は、ある年齢までお金に苦労したことがなかった。それは、ひとえに親のおかげだった。学生時代は、もとより社会人になってからも、親の庇護のもとで暮らしていた。給料の一定額を家に入れ、あとは自分の好き勝手に使っていた。家に入れる額も、決して多いものではなかった。

 バブル期に就職した会社は、給与は大したものではなかったが、ボーナスはかなりの額が出た。僕の一番の趣味は、自転車やバイクでの貧乏旅行だった。買うもののほとんどは本とCDで、競馬をするといってもそれほど大きな額を賭けることはなかった。必然的に、入ってくる分に対して、出ていく分は少なくなるのだから、お金の貯まるのは当たり前だった。

 母はスナックを経営していたが、それを辞めた後くらいから、ようやく僕が家賃と光熱費を持つようになったが、今までとの変化を感じることはなかった。給与振り込みも銀行なら、光熱費や家賃の引き落としも銀行だったからだ。生活に必要なものや食費は引き続き母が買い、僕は、ただ個人的に月々必要な分だけを下ろしていたのである。

 大きな変化のあったのは、会社員を辞めた後からだった。会社を辞めた当初は、退職金や社内貯金などが入り、貯金は過去最高額となった。また、失業保険もほどなく入って来たので、切羽詰まった感じはなかった。家賃と光熱費の合計よりも失業保険の方が多かったので、慎ましく暮らしている分には貯金は増えていた。とはいっても失業者、人生で初めて節約というものを考えた。

 例えば本を買う時、以前の会社で表彰されたときの副賞として、五万円分の図書券をもらっていたのだが、お金が少し足りなくなると、安めの本を買い、図書券で支払った。そうして、お釣りの分を現金化した。本も読めるし、少ないながらもお金も入ってくるので、何回もこの方法を使った。

 やがて、再就職、また退職、そして現在のパート勤めとなるのだが、まだ余裕があった。特に再就職後に、雇用保険からのお祝い金があったので、多少なりとも潤ったのである。ただ、そういったお金を当てにするようになったところに、無意識の危機感のようなものがあったのかもしれない。本格的に、お金にシビアになったのは、結婚後である。

 結婚というものは、お金がかかる。二人で暮らす家の敷金・礼金、そして家賃、引っ越し代、必要な家電や家具、ペルーでの結婚式などでかなりのお金を使った。日々の生活をしていくうえで、貯金は増えず、むしろ減り始めた。普通に生活していく分には、何とかなるが、どうしても突然の出費というものがあり、ぎりぎりの収入のため、それを回復することが困難になったのである。

 そうした場合、収入を増やすか、支出を減らすかだが、収入を増やすというのは難しく、僕は支出を減らす方へ舵を切った。電気・ガス・水道、食費、交際費など、とにかく節約を第一として、暮らしていくうちに、吝嗇、所謂ケチと思われるようになってしまった。それまで、お金に苦労したことがなかったため、必要以上に不安感が募り、その反映が行き過ぎた節約となって現われたのだと思う。

 自分でも行き過ぎを感じていたが、貯金がじりじりと目減りしていく怖さに心は支配され、何とか少しでも支出を減らすことに躍起になっていた。実家で母と暮らしていたときは、深夜までテレビを観ていたり、朝方まで友人と電話をしたりして、母によく注意されたが、やっとその気持ちがわかった。節約を第一とする考えに変化が出て来たのは、最近である。

 過度な節約を日常的にしていると、人間的に小さくなり、大切な何かを見落としてしまうような気がし始めた。もちろん、節約することは悪いことではなし、日々の暮らしをしていくうえで大切なことだが、やり過ぎはよくない。なぜ心境に変化が起こったのかはわからないが、お金は貯めるものという考えから、お金は使うものという考えにシフトしてきた。

 結婚後は、読みたい本や聴きたいCDがあっても、がまんすることが多くなっていたが、最近ではがまんしなくなった。読みたい本や聴きたいCDがあれば買うし、行きたい場所があれば、行くようになった。お金を貯めることは将来の不安の軽減になるが、同時に現在の楽しみを奪ってしまう。現在を楽しく生きることの方が、大切に思えて来たのである。

 老後のことを考えれば、お金はたくさんあった方がいいのは当たり前だが、今しかできないということは、どの世代でもあると思う。お金を貯めるくらいなら、そっちの方にお金を使う方がいい。他人からみれば、お金の無駄使いと思われるようなことでも、本人にとって大切なことというのはある。よく、「競馬が趣味です」というと、「お金をドブに捨てるようなものじゃない」といわれるが、僕は一度だって無駄と思ったことはない。楽しんでいるのだから、それでいい。

 特に若いうちは、貯金など考えない方がいい。自分のやりたいことに積極的に投資した方が、将来、大きなリターンとなって返ってくるような気がする。お金はいくら貯めても、あの世までは持って行けない。ほどほどでいい。(2018.5.22)


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