自己管理

 風邪を引いて会社を休んだ従業員に対して、「風邪を引くのは自己管理ができていないからだ」と説教する上司はいるものである。以前に勤めていた会社は1月から3月にかけてのインフルエンザ流行時に忙しい会社だったこともあり、「繁忙期には、風邪を引かないでくれ」とはいわれたことはあったが、幸いにして、僕自身は、こういったことをいわれたことはない。

 僕は、風邪をよく引き方で、会社で一番病欠の多い社員だった。もっとも、風邪の理由で欠勤したうちの半分以上は、ずる休みといえるものだったので、実際には病弱というほどでもなかった。風邪を引いてしまうわけを考えてみると、寒さに対する無頓着さやうがい・手洗いの不十分さなどが思い当るが、ほとんどの場合、不可抗力と思えるものだった。

 会社への行き帰り、電車に乗れば不特定多数の人たちと接せる事になる。その中には、風邪を引いている人もいる。風邪のウィルスは、マスクをしても防ぐことはできない。また。通勤電車の中だけでなく、会社に行けば当然他の従業員や出入りする業者などと接するし、家に帰れば、家族もいるし、その家族はまた外で多くの人と接しているわけで、感染経路は多岐にわたる。

 風邪のウィルスが鼻やのどの粘膜から体内に侵入する時間は20分といわれ、20分ごとに水を飲めば感染を防げるそうだが、現実問題として物理的に不可能である。つまり、どんなに徹底的に自己管理をしたとしても、風邪を引くときは引いてしまうのである。「自己管理がなっていないから風邪を引くのだ」などというのは、現実を無視した精神論に過ぎないのである。

 さらに「風邪でちょっと熱が出たくらいで会社を休むな」という上司もいる。ライオン株式会社の調査によると風邪を引いても翌日会社を休めないと感じている人は64.1%、さらに「何度以上熱があったら会社を休んでも仕方ないか?」という問いの平均は37.9度という結果だった。人の平熱は個人差のあるものだが、この結果には驚いた。37.9度という数字は、僕にとっては高熱だからである。

 僕は37度を超えれば会社を休んでいる。これは小学生のときから変わっていない。熱が37度を超えた状態で出勤したこともあるが、約30年の社会人の間に3、4回くらいだと思う。ライオンの調査をみて、多くの人が日本的な精神論に囚われているように感じる。体よりも会社が優先するなど、僕には全く考えられないことだ。体の調子が悪ければ熱がなくても会社を休んだ方がいい。

 風邪を引いても会社を休めない背景には、休むことは悪いことという旧態依然とした思い込みが職場を支配していることがあげられる。これは有給消化率にも現われていて、日本の有給消化率は調査対象の24カ国中最低の39%で、1年で1日も有給を消化していない人は5人に1人という状態である。2番目に有給消化率の低い韓国でも70%なので、ダントツの1位ということになる。

 何故、日本人は休めないのか?それは周囲への過度な気配り、そして同調圧力への抵抗力の無さだと思われる。自分が休むことによって周りに迷惑のかかることを心配するあまり休めず、風邪を引いても出勤したり、有給を消化できなかったりする。そうするうちに、職場には休めないという雰囲気ができあがってしまうのある。周囲の空気を過度に気にする日本人には、そういった雰囲気に抗することは難しく、職場はますます息苦しくなる。

 風邪薬のCMで「休めないあなたへ」というキャッチコピーがあり、違和感を覚えていたが、ライオンの調査でもわかるように、マーケティングの結果から、つけられたものだったのだろう。しかし、風邪を引いたら、消化のいいものを食べ、暖かくしてゆっくりと寝ているのが、いちばんいいのは間違いない。風邪のウィルスは37度でほぼ死滅するため、薬などによって熱を下げてしまうと、返って回復を遅らせてしまうこともある。

 風邪を引いたら休むのは当たり前だし、有給は労働者の権利であるといっても、職場のできあがった空気に抗するのは難しい。しかし、体のことを考えれば、やはり風邪を引いたら、程度にもよるだろうが、休むべきである。無理をすることによって、体に大きなダメージを与えてしまうこともある。当たり前のことが、当たり前にできない社会は息苦しい。一人、一人が当たり前のことを、当たり前にすることによって、いつか社会の空気も停滞し澱んだものから、風通しいいものに、変わって行くように思う。(2017.6.27)


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