年収200万円のパートでも、家は買えるか?

4.物件探し

 木曜日、担当者から事前審査の結果がメールで届けられた。予想通り、大手都市銀行は、パートということで門前払い、地銀や信用金庫の中には、パート可のところもあったが、年収250万円以上だったり、金利が3%以上になってしまったりしていた。その中で不動産店と提携している住宅ローン専門の会社は金利2.475%で630万円までの承認を得られたということだった。ゼロ金利の現在、やや金利は高いが、とりあえず、貸してくれるところがみつかり、ほっとした。これで、腰を落ち着けて、物件探しに集中できるというものである。

 事前審査がとりあえず通ったことで、担当者から三軒の物件の資料がメールで送られてきた。一件目は、僕もネットでみつけ、いいかもしれないと思っていたものだった。通勤も問題ないし、2030年には近くに新しい駅のできる計画があるらしい。しかし、よーく物件の写真をみると、玄関のところに上に上っていく鉄製の階段らしきものが見えた。どうなっているのか、よく構造はわからないが、その階段を登って道路に出るらしい。価格は1190万円、築年数は平成2年築の3DKの物件だった。

 次は、これもまた僕がネットでみていいかもしれないと思った物件で、駅から徒歩10分という今までで一番利便性のいい場所にあるものだった。築年数も平成5年と新しく、外観はきれいな羽目板構造になっていた。ただ立地が高台ということで、その当たりに問題があるかもしれなかった。間取りは一階に12帖のLDKがあり、ほとんど理想に近い。価格は1250万円で、上限をややオーバーしているが、買える範囲だと思った。

 三件目は、妻が興味を持っていた物件で、価格は1350万円と予算オーバーだった。ただ築年月は平成8年と今までの中では、もっとも新しく間取りもよかった。ただ、駅からバス18分ということで、通勤には不便というか、かなり不安を感じた。

 まずは一件目、三軒の中では、一番可能性の高いと思われる1190万円の物件である。気になるところは、上から玄関まで伸びている階段で、写真だけでは、どうなっているのかわからない。車を物件の近くに止め、徒歩で向かった。辺りは閑静な住宅街というよりは、畑なども点在しており、長閑だった。ただ、新幹線の高架があるため、騒音が心配だった。

 物件は、道路の行き止まり近くにあり、その道路から階段が下に伸びており、そこに玄関があった。つまり道路は家の二階部分とほとんど同じ高さのところを通っているのである。このような家は、今、住んでいる地域にもみられるが、そのほとんどが二階に玄関が作られており、一階まで階段で降りるという家はあまりない。この段階で、この物件を選択する可能性は、ほとんどなくなった。

 家には、まだオーナーさんが暮らしていた。住み替えのため、引き渡しは契約の三カ月後になるという。物の多いせいか、中はかなり狭く感じられた。それもそのはずで、一階は六畳のDKと和室、二階も六畳の洋室と和室だから、家具が入れば狭くなってしまうのは仕方ない。特に一階のDKは、窮屈な感じで、ここで暮らしたいとは思えなかった。

 オーナーの方は、日当たりのよさを強調していた。確かに南側には、畑が広がっているため、一日中、太陽の陽が入ってきそうだった。しかし、敷地目一杯に建物が立っているため、自分の土地を通って裏に周ることもできない。周りは開けているのに、窮屈な印象を持った。

 二件目も期待している物件だった。何より、最寄りの駅まで徒歩10分というのが魅力的で、羽目板の外壁もいい雰囲気に思えた。間取りも一階に12帖のLDKがあり、ほとんど理想的だった。ただ、写真を見ると、高台に位置し、またまた階段を使わないと行けない物件なのかもしれなかった。高台といっても、道路から高低差なく、入れる所なら妻も気に入るかもしれない。

 車を最寄りのバス停近くに止め、物件に向かった。このまま、すんなりと着いてくれと思ったが、そうはいかなかった。バス通りから細い路地を入っていくとやがて階段が現われ、それを少し下ると物件の玄関に続く階段にでた。こんどは、その階段を上り、やっと敷地に入れた。つまり崖地をひな壇に成型し、そこに建てられた家だった。この段階で、妻はもう見る気がなくなってしまったようである。

 ここは空き家だったので、ゆっくりと内見出来た。平成5年の築年月のわりに、中は汚れている印象を持った。それは壁紙が至る所で、剥がれているせいだった。「結露が多いのかもしれません」と担当者がいった。さらに見ていくと、ひび割れが、これまた多く発生していた。壁のひび割れは、程度の小さなものは気にする必要はないとネットでみたが、やや大きいようにみえた。また、梁の壁の両側に同じように出ているのも気になった。担当者に訊くと「ここは造成地だから、地盤が緩く、建物に負荷がかかっているのかもしれません」といわれた。全体的に陰気な印象の家で、崖地を造成したひな壇に建てられ、さらに家の至る所にひび割れの生じている状況から、即座にお断りとなった。

 三件目目は、妻が興味を持った物件で、僕はあまり関心がなかった。まず、最寄駅からあまりにも遠く、さらに価格が1350万円と予算より150万円もオーバーしていたからである。車で延々と走り、陽の暮れた頃、ようやく物件に着いた。辺りは、畑なども多く、自然が残っていて、環境はいいと思った。しかし、この物件には、駅から遠い、価格が高いということの他に、もうひとつ問題があった。売却には抵当権者の同意が必要だったのである。

 この場合の抵当権者は銀行だった。売主は、住宅ローンが払えなくなり、持ち家を売りに出したというわけだ。つまり、この物件は、銀行の担保になっていて、売却益は借金の回収に充てられるのである。したがって、1350万円という価格の交渉は、売主ではなく、銀行との交渉になる。ここは、オーナー家族が居住中のため、なかなかゆっくりと見ることができなかったが、築年数の新しいため、部屋は今までの中では、一番きれいで、裏には比較的広い庭まであった。

 二階は三部屋とも全て洋室で、造りも西洋的で階段の意匠なども、凝っていた。妻はこの家がいたく気に入り、不動産店に戻る車の中で、この家にしようと言い出した。確かに家自体は良かった。しかし、問題は価格と会社までの通勤の遠さである。特に会社までの通勤を考えると、手を出しづらい物件だった。

 正社員なら問題ないが、パートに高額の通勤費を払ってまで長い期間雇い続けるかということは不透明だ。ここだとどうしても駅まではバスで通わなくてはならず、さらにそこから、会社の最寄駅までの通勤費は今までの三倍近くになってしまう。

 雇い止めになった場合は、1350万円のローンとさらに駅まで遠いことによる通勤費が、再就職に影響することも考えなくてはならない。しかし、僕がこの家に触手の動かないのは、それだけでなく、何となく家の中の漂っている暗さが気になったのである。住宅ローンの破たんを知ったため、そういう印象を持ったのかもしれないが、新しい割には、家の中に明るさというか活気のようなものが感じられなかった。もし、ここに住むことになったら、退嬰的になってしまいそうな気がしたのである。

 しかし、このようなオカルト的なことをいっても妻は納得しないため、ただ単に価格の高さと通勤に不便ということで、ここはよくないと言った。妻は不平を口にしていたが、不動産店で改めて地図を見せられると、「やっぱり遠いね」といって納得した。(2016.6.5)


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