傾いた信頼

 横浜市都筑区のマンションで住人が外壁に取り付けられた手すりに段差のあるのをみつけたのが発端となり、建物自体の傾いていることが判明した。調査の結果、基礎杭のデータの偽装が発覚し、支持層に届いていないものがあり、それがマンションの傾いた原因だった。

 その後、横浜市のマンション以外にも、杭打ちのデータ偽装が、相次いでみつかった。それらは、横浜市のマンションとは別の現場監督者が行った杭打ちで、今回のことは個人の問題ではなく、会社の問題であることが明らかになった。以前、旭化製建材で杭打ち作業に従事していた人の話によると、旭化成建材は業界の中でも最も厳しい会社だったらしく、その厳しい会社で、このような不正が次々と発覚していることから、一会社ではなく、業界全体に広がる可能性もある。

 そういえば、少し前に、有名なホテルのレストランや百貨店、テーマパークなどで食品偽装が相次いで発覚したことがあった。何故、有名レストランが食品偽装を行ったかといえば、原価を抑えられるうえ、消費者にばれる可能性が大変少ないからだ。タイ産のバナメイをシバエビと表示しても、この違いに気づく消費者はほとんどおらず、さらに原価を半分に抑えることが出来る。

 マンションの基礎杭のデータ偽装にしても、今回は建物自体が傾いてしまったから発覚したものの、そういうことがなければ、地中に埋まっているものだし、まず、ばれるということはない。それに基礎杭は何本も打つわけだから、全部が全部、支持層に届いていなくても、建物に影響が出ることはないという判断があったのかもしれない。日本人は仕事に真摯だと思われがちだが、現実は自社の利益最優先ということのようだ。

 もう、二十年以上前になるが、僕はプリント基板の設計会社に勤めていたことがある。プリント基板というのは、電気製品を動かせるための部品を組んだ板である。そこは僕の勤めたなかで、最も忙しい会社だった。定時で帰れることはほとんどなく、深夜残業の続くこともよくあった。それは、納期厳守だったからである。

 設計している電気製品(例えばポータブルCDやミニコンポ等、当時は最先端の製品だった)の発売日は決まっており、その日から逆算して工場での製造開始日が決定される。設計会社は、その製造開始日までに工場へ、製造するプリント基板のデータまたはフィルムを納品しなければならない。一日でも遅れれば、工場のラインが遊んでしまうことになり、多額の損失が出てしまうのである。

 中には納品日ぎりぎりになって、問題のみつかることもある。そういう場合は、発注元の技術者が来社したり、またはFAXで図面を送って指示を仰いだりと徹夜で修正を行うが、それでも問題の解決しないときは、どうするのかといえば、そのまま製造する。その問題とは消費者がすぐに気づくようなレベルのものではなく、そのまま発売してもわからないからだ。

 そして、数週間から数カ月後、基板の修正が行われ、それが終わり次第、改良された製品の製造に変るのである。そのようなことは、消費者に知らされることはない。発売当日に買ったものと、基板の修正の終わった半年後に買ったものと外観そして値段は全く同じでも、中身は半年後の買ったものの方が、よくなっている。

 また、これは日本の会社の誠実なところかもしれないが、問題がなくても、半年くらい経つと必ずといっていいほど、基板の修正依頼の仕事が入っていた。常に製品の質を高めようとしていたのだろう。この経験から、電気製品は発売されてから、半年くらい経ってから買った方がいいと結論される。

 何故、偽装が行われたかは、明らかである。それは、納期や工期が決まっているからである。その決まった納期や工期によって、全てが動いており、それが伸びることによって、多額の損失が生まれるからだ。基礎杭の長さが足りず、支持層まで届かなかった場合、杭を溶接して長くするそうだが、そうすると工期は伸び、コストもかかる。マンションなどでは、住人の入居時期が決まっているため、工期を遅らせることができず、データの改ざんに至ったというわけだ。ここまでくると、ほとんど絶望的な気分になる。この構造を変えない限り、このような問題は無くならない。しかし、また、この構造を変えることも、ほとんど不可能だからだ。

 このようなことは、恐らく杭打ちを行った会社も、依頼した親会社、そしてマンションの販売会社もわかっていたはずだ。それを、あたかも現場責任者の個人的資質に落とし込んで、少しでも責任を回避しようしているのだから、性質が悪い。これからも、このようなことが続くとしたら、自衛策は電気製品の場合と同じである。或る程度、年月の経過した健全な中古マンションを買うしかない。(201511.8)


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