アリさんマークはアリ地獄

 ネットでニュースをみていたら、アリさんマークの引越社の幹部の恫喝する様子がYou Tubeに投稿されて物議を醸し出しているという記事があったので、どんなものかと見てみた。状況はよくわからなかったが、どうもアリさんマークの社員が会社を相手に裁判を起こしていて、その社員を支援している組合員が会社の前で抗議行動を行い、それを会社の幹部−副社長−が恫喝している映像だった。

 動画の途中からオレンジ色のシャツを着てマスクをしている男性が、シュレッダーのゴミを捨てに行く映像になった。そして、車の中でその男性と組合員との会話の場面が続く。他にアップされている動画を見て、やっと事情がわかった。オレンジ色のシャツを着た男性が、会社を訴えた社員だった。

 彼、Aさん(34)は、プレカリアートユニオンに、アリさんマークの引っ越し社の現役社員としてただ一人、加入している。プレカリアートユニオンというのは、雇用形態を問わずに、誰でも、一人でも加入できる労働組合である。Aさんがプレカリアートユニオンに加入した理由は、社内にある‘弁償システム’を、撤廃するためだった。

 ‘弁償システム’というのは、仕事中の荷物破損や車両事故の損害を給与から天引きされたり、借金として背負わされるものである。借金を背負わされたまま退職させられた社員もいるようで、それと対峙するには、個人では難しく、サポートしてくれる団体が必要だからだ。しかし、会社はそのことが気に喰わず、営業職だったAさんは、アポイント部に配転になる。さらに、今度は遅刻を理由に、シュレッダー業務をいい付けられる。

 シュレッダー業務とは、その名の通り、一日中、シュレッダーをかけるだけの業務で、自分の机も椅子もなく、さらに社員で一人だけオレンジ色のシャツを着せられ、給料は半分に減額された。当然、Aさんは会社に抗議し、話し合いがもたれるが、会社側は態度を改めないため、裁判を起こすことを決意する。そして、その訴状が会社に届くと、会社は一方的にAさんを懲戒解雇したのである。

 そのやり方が、また酷い。朝礼の時、Aさんを前に呼び出し、約80人の社員の前でいきなり懲戒解雇を言い渡したのである。さらに、 Aさんの顔写真の載せた懲戒解雇の理由を書いた広告のような「罪状ペーパー」なるものを全支店に貼りだし、社内報にも「みなさんもご注意ください」と題したAさんの顔写真入りの懲戒解雇の記事を載せ、社員の自宅に送付している。

 僕の今まで勤めていた会社では、懲戒解雇された人間はいないので、どのように会社が対応するのか、よくわからないところはあるのだけど、もし、そういうことがあれば、懲戒解雇の理由を書いた通達が掲示板に張り出されるということはあるように思う。しかし、それはせいぜいA4の用紙にワープロ打ちしたもので、顔写真を載せたカラー印刷のポスターのような用紙を使ったりはしないだろう。

 懲戒解雇されたAさんが撤回を求めて、仮処分の訴えを起こしたところ、会社側は仮処分決定が出されることを避けるため、Aさんを復職させた。しかし、仕事は依然としてシュレッダー業務のままというのだから、会社側に反省の色は感じられない。

 このことで思うのは、会社というのは何処でも同じようなことをするものだなということだ。僕も会社の直属の上司と揉めたとき、それまでやっていた仕事を取り上げられ、次にやらされた業務は宅急便の荷受というものだった。宅急便が頻繁にくるわけはなく、せいぜい多くて日に2回ほどだから、ほとんどの仕事の無い状態に陥った。さらに、それでも僕が音を上げないとみると、それまで5時だった退社時間を4時に上がるようにいい、給料面でもダメージを与えようとした。しかし、幸いだったのは、Aさんのように会社ぐるみではなく、それが上司一人の判断だったことである。そのうち、その上司の問題が明らかになり、仕事も徐々に増やすことができた。

 Aさんの場合、そして僕の場合も、会社や上司が狙っていたのは、本人が自主退社することである。仕事を与えなかったり、または能力に見合わない単純作業を延々とさせ、他の従業員から隔離して、劣等感や孤立感を植えつけ、居た堪れなくするのである。さらに、給料面でも、いろいろと嫌がらせをしてくる場合が多い。

 それにしても、どうしてここまで会社というのは酷いことが出来るのだろうか?トナミ運輸の社員は、トラック業界の闇カルテルを新聞社に内部告発したことにより、30年以上に渡り、研修所の三畳ほどの部屋をあてがわれ、昇給はストップ、会社の草むしり、雪おろし、ストーブへの給油など会社の仕事とはいえない雑務をやらされた。会社の狙いは、隔離し、辞表を書かせることだったという。

 組織の中にどっぷり浸かっていると、感覚がマヒしていく。そして、会社のためだと称して、どんな非人間的なことでも行うようになってしまう。会社からの指示に従っているだけという意識から、それほど痛みを感じないのだろう。その人間は、すでに自分の頭で物事を考える能力を失っているのである。

 そんな連中の相手になって、人生の時間を使ってしまうのは、もったいない気がする。事情さえ許せば、さっさと辞めてしまうに限るが、厳しい社会情勢や個々の家庭の事情など、なかなかそういうわけにもいかないのが現実である。何かのCMではないが、そういう状況に陥ってしまったら、一人で悩まず、何処かに相談をした方がいい。

 Aさんのような状況に陥ると、通常、社内では火の粉のかかることを怖れ、誰も近寄って来なくなる。そうなると、外部組織に頼るしかない。労働基準局、地域の労働相談センター、弁護士、労働組合、NPOなど、ネットで探せば、いくつもみつかるはずである。

 このようなことで、悩み苦しんでいる人は大勢いる。少しでも改善の方向に向かわせるためには、声を上げ、行動するしかない。正しいことを行っている時、何処からか味方は現われるものである。(2015.10.11)


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