黄金町マリア

 先日、黄金町周辺をぶらぶらと歩きに行った。日本有数だった売春宿の並ぶ青線地帯は、2005年神奈川県警のバイバイ作戦(24時間体制で売春街の警邏・巡回を行い徹底的に取り締まった)によって壊滅し、その後はゴーストタウン化してしまった。最近になって街の再生として‘ちょんの間’と呼ばれた売春宿を改装して、若いアーティストに貸し出し、アートによる活性化を図っているという記事をネットで読んだ。中には一月2万5000円で貸し出している物件もあるという。妻は、ゆくゆくはペルー雑貨・民芸品の店を持ちたいという希望があり、様子を見ておきたいという気持ちもあり、出かけたのである。

 その様子はブログの方に写真で載せたのだけど、感想としては地についていないように思えた。もちろん、わずか数時間いただけだから、はっきりしたことはいえないのだけど、仮にここで雑貨店を開いても成功しそうには思えなかった。アーティストの工房は周囲から浮いているというより、閉じ籠った感じで存在しており、カフェなどもあるのだけど、入っているお客さんは知り合いばかりという雰囲気だった。ようは仲間うちだけの閉じた空間で、物事が動いている感じがして、外部の人間はなかなか入っていけない気配だった。また、空き店舗も多く、まだまだ再生の途上という感じがした。

 いってみて刺激的に思えたのは、やはり‘ちょんの間’だった。今はもう何処も空き屋で売りに出されたりしているのだけど、かつてここでどのような人間模様があったのか、知りたくなった。それで、黄金町を描いた本をネットで調べていくうち黄金町の娼婦のことを書いた「黄金町マリア」というノンフィクションのあることを知り、読んでみたいと思った。

 しかし、この本を見つけるのは大変だった。元フライデーの専属カメラマンだった八木澤高明さん著作の「黄金町マリア」は2006年に出版されたが、現在は絶版になっており、手に入れるには中古しかなかったが、その中古さえもみつからなかったのである。職場近くのブックオフに自宅近くのブックオフ、さらにネットで調べてもなかった。唯一アマゾンだけは出品者から求める形で手に入りそうだったが、値段が高かった。一番安くてもこの本の定価である1600円を上回っていたし、最高額は4000円を超えていた。そこに書かれていた書評はどれもこの本の素晴らしさをたたえたものばかりで、さらに読みたい気持ちが強くなったが、中古で定価以上の値段を取られるのは、本の価値を思えば仕方ないのかもしれないが、もう、少し探してみようと思った。そうしているうちに図書館の存在に気づいた。

 昨年の暮れ、本屋では手に入らない郷土資料などで調べものをするときのために市立図書館の図書カードを作っておいたのだけど、ほったらかしになっていた。ネットで市立図書館の蔵書を検索してみたら、幸いにして自宅近くの市立図書館にあることがわかり、仕事帰りに借りることができた。

 「黄金マリア」は、全体の約半分は写真で、そのほとんどが娼婦を撮ったものである。「隠し撮りはしたくなかった」という著者の言葉通り、真正面から撮影されたものがほとんどでヌードのものある。第一章は黄金町のスケッチと娼婦のインタビューからなっている。相手の仕事柄、話を引き出すことは苦戦するが、黄金町に足繁く通い、徐々に彼女たちに迫っていく。そこから何となく黄金町の実態が薄ぼんやりとではあるが浮き上がって見えてくる。

 黄金町は昔ながらの花街ではない。本書にも、そのあたりの経緯が詳しく書かれている。戦後、米軍によって横浜の中心地であった伊勢佐木町は接収され、日本人は商売ができなくなり、伊勢佐木町に沿うように流れる大岡川沿いに、闇市が立つようになった。黄金町周辺にも屋台が並び、夜になるとそこで働いている女性が体を売るようになり、売春街としての黄金町が形成されていったそうである。それでも日本人のやっている間はまだ風情があったらしく、馴染みの女のところにいってお酒を飲んで…という感じだったそうだが、日本が豊になるに従って東南アジアや中南米からブローカーによって連れてこられた女性ばかりになっていく。

 彼女たちは渡航費など500万円の借金を負わされ、一日2万円!の家賃(ちょんの間の使用料)を払いながら、一日平均6〜7人の客をとっている。日本に来る理由は人それぞれであるが、はじめはイヤでも、働き続けるうちにお金のよさから、辞められなくなっていく。他の仕事でこれ以上稼げるものはないのだ。

 しかし、いろいろな意味で危険はついてまわり、第二章ではエイズになって死亡したタイ人女性のことが、書かれている。エイズを発症した彼女とその後の死顔の写真は衝撃的である。著者はタイの彼女の実家までいき、両親にインタビューをしている。娘の送って来た金のほとんどを母親が宝くじに使ってしまったという話はあまりにも哀しい。

 第三章では著者は南米コロンビアに飛ぶ。‘ちょんの間’で商売をしている女性はタイ人を中心とした東南アジア系とコロンビア人を中心とした中南米系に分かれ、彼女たちの生まれ育った土地を観ておきたくなったためである。コロンビアの売春街にもいくが、売春婦たちにもヒエラルキーのあることを知る。日本に行くことのできる売春婦は花形ということになるらしい。日本で稼いだ金で豪邸を建てた家族もいれば、騙されてまだ家の完成していない家族もいる。家を完成させるため、彼女はまた何処かの国で働くのである。

 そして、最終章は、バイバイ作戦によって壊滅したちょんの間の主人公であった娼婦たちの「その後」が簡素に描かれている。取材で得た事実を淡々とした文章で綴っていて、読みやすく、この本が安値で取引されていない理由のわかった気がした。黄金町、タイ、そしてコロンビアと取材した内容が、過不足なく伝えられていて、読みごたえのある一冊だった。(2014.4.6)


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