クイーン・エリザベス2号と永峰くん

 ワールドクルーズ中のイギリスの大型客船クイーン・エリザベス号が、横浜大さん橋に3月16日23時30分に入港した。このニュースを聞いて、子供の頃、友達の永峰くんと横浜に入港したクイーン・エリザベス2号を観に行ったことを思い出した。

 記録を調べてみたらクイーン・エリザベス2号が横浜に来航したのは1975年3月だから、僕の小学校6年生のときだったようである。52万人が見学に訪れたというから、大変な賑わいだったらしい。実は、ほとんどこのときの記憶がない。見学に行ったことだけは覚えているのだけど、どういう経緯でそういうことになったのかというのも曖昧だし、そして肝心なクイーン・エリザベス2号を思い出せないのである。

 永峰くんは同じクラスの男子で、お父さんは会社の社長をしていた。特に仲が良かったということもなかったのだけど、家に遊びにったり、逆にウチに来たりということはあった。クラスの席順では僕の真うしろが永峰くんだった。だから、毎日、給食をいっしょに食べていたし、教室の掃除当番もいっしょだった。

 今、思うと永峰くんはおネエ系だった。色は白く、眉がうすく、ぽっちゃりしていて、時代劇などに出てくる公家を子供にしたような感じだった。時代劇の中で演じられる公家は才気走ったところがあったり、政略に長けていたりと抜け目ない感じで描かれていたりするが、永峰くんはおっとりしていた。なよなよした感じで、‘ながみね’という名前から‘なまこ’というあだ名が付けられ、それがなまって‘だばこ’とか呼ばれていた。

 永峰くんと遊んだ記憶が彼の家か僕の家に限られるのは、彼が全く運動のできなかったことによる。徒競争でも常にビリだったし、走り方もクビを左右に傾げ、腕の振り方もおかしく、まるで女の子のような感じだった。学業の方は、特にできたという記憶はないが、できなかったという記憶もないので、中の上くらいだったのだろう。僕よりできたことは確かである。

 あまり自己主張をしない子だったが、成田空港開港には異議を唱えていた。当時の政府の強引な進め方に反対だったというより、羽田空港から国際線の消えることに寂しさを覚えていたようである。これは永峰君とは関係なく、他の子供のことなのだけど、僕の小学生のときは政治に関心の強い子もいて、学芸会で‘およげたい焼きくん’の劇をやったのだけど、その途中に国会でのロッキード事件の証人喚問のパロディを入れようとして、先生から止められるなどということもあった。

 永峰くんといると心が安らいだ。永峰くんは人に対して、絶対にイヤなことをしないこどもだった。しかし、クラスの男子からはいじめられることはあった。運動ができないナヨナヨした男子だったから、仕方ないような気がしていた。今、思うと、だからっていじめられる理由にはならないのに、「異質だったら、いじめられても仕方ない」というメンタリティが自然とあったことは、怖いことだと思う。

 僕は永峰くんがいじめられていても、助けようとしなかった。いじめに積極的に参加することはなかったが、かといって彼をかばったり、いじめている子を注意したりはしなかった。僕は、臆病な傍観者だった。そんな僕をどうして永峰くんは誘ったのだろうか?どのように誘われたのかは曖昧なのだけど、永峰くんの家に遊びに行った時だったような気がする。

 今でも、おぼろげながら永峰くんの家の記憶があり、間取りや家具の配置など、何となく思い浮かべることができる。小学校のとき、僕は外で遊ぶことが多かったので、思い起こしてみると小学校時代の友達の家で記憶にあるのは永峰くんを含めてふたりしかいない。特に親しい友達のいなかった永峰くんにとって、僕は‘親友’に近い存在だったのかもしれない。クイーン・エリザベスの記憶はないのに、今でも何となく彼の家の中を思い出せるというのは、何回も遊びに行ったからだと思う。

 永峰くんと永峰くんのおかあさんと僕と、三人で観に行ったというのは、僕ひとりで彼の家に遊びに行ったからだと思う。彼の家に遊びに行くときは、いつも一人だったイメージがある。いつも一人で遊びに来る僕が、永峰くんのおかあさんにとっても、一番の‘親友’と映っていても不思議はない。クイーン・エリザベス2号を観に行った詳細は忘れてしまっているのに、何となく胸に痛みを覚えるような感触が残っているのは、永峰くんの友情やおかあさんの想いに応えていなかった自分への歯がゆさのせいなのかもしれない。

 はっきり覚えているのは、マリンタワーに上って、おみやげを買ってもらったことである。マリンタワーの形をした青い定規だった。15センチくらいの目盛がついていて、台座のところがルーペになっていた。たぶん、永峰くんのおかあさんが永峰くんとお揃いで買ってくれたのだろう。‘これからも、仲良くしてね’という願いを込めて…。

 クイーンエリザベス号は、3月17日23時、次の寄港地である神戸に向けて横浜を出港した。(2014.3.29)


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