ストーカー 後編

 Aさんの正月休みのうちに、もう一度会いたくなり、何度か電話をしたが、誰も出なかった。このときは、正月というのは、親戚周りとかもあるし、忙しいのかもしれないと自分を納得させた。

 正月明けから僕は就職活動を真剣に始めた。ゆくゆくは、Aさんと大好きな北海道に移住して、そこで何がしかの仕事を得て、暮らしたいと夢想していたが、とりあえず目の前の仕事をさがさなくてはならない。しかし、三十代半ばの男性の再就職は厳しく、苦戦が続いていた。

 Aさんの声を聞いて、辛い気分を和らげようと思った。しかし、電話をしても、以前のように必ず出るというわけではなく、三回かけて一回話せるという感じだった。

 二月になり、ようやく勤め先も決まり、Aさんにその報告をしようとしたが、いつ電話をしても留守という日が続いた。ようやく、電話に出てくれて、僕は働き始めたことを伝えることが出来たが、あきらかに返事がおざなりで、仕方なく話を聞いているという感じだった。

 大晦日のときとの変貌に、何か自分に悪いところがあったのかと自問してみたが、思い当ることはなかった。ちょっとしつこかったかな?という思いもあったが、電話をかけるといっても、毎日するわけではなく、二、三日に一度というようなペースだったのである。

 電話をしても出なかったり、出たとしても「子供の具合が悪いから」「急ぎの用事があるから」とすぐに切られてしまうようになった。そして、「上の子を種子島に留学させようと思っている。そのため、前夫と会ったりしているので、当分の間、電話はしないでほしい」といわれた。‘当分の間‘とはどれくらいと訊くと、「半年」という答えだった。

 とにかく、Aさんと一度じっくりと話したいと思った。例え、哀しい結論になったとしても、受け入れる覚悟はあった。わけのわからないうちに、自然消滅のような形で、終わるのだけは、どうしても納得できなかった。ただ、Aさんはこのままフェードアウトしたいのかもしれないという気がした。

 やがて、Aさんは電話をしても、ほとんど出てくれなくなった。僕の電話をする時間は、だいたい夜の十時から十一時の間だったので、すぐに判別がついたのだと思う。そして、‘これから用事のあるときはメールでお願いします’というメールが来た。

 ‘今日、電話してもいいですか?’とメールすると、‘メールではダメな用件ですか?電話はかんべんしてください’という返信があり、完全に電話でのコンタクトは切られた。しかし、‘メールアドレスを変えました’というメールが、送られてきたりしてまた僕を惑わすのだった。

 男というのは、何でも自分に都合よく解釈してしまうところがある。このメールアドレス変更のお知らせも、当時、僕は、彼女はまだ僕との関係を続ける意思があるのだと受け取った。しかし、今、冷静になってみると、よくわかる。彼女は僕にメールアドレスの変更したことを、本当は伝えたくなかったと思う。

 恐らくメールアドレスを変更した理由は、僕とは関係なく、迷惑メールが増えたからであろう。しかし、もし、僕にメールアドレスの変更を伝えなかった場合、どのようなことになるか、彼女はそちらの方が厄介なことになるとわかっていた。恐らく、僕は連絡の取れなくなったことにパニックになり、電話を今まで以上にかけ、あるいは自宅前で待ち伏せというようなことをした可能性もある。

 連絡の手段はメールだけとなり、どうしようもない状態になっていた。どうにかして、もう一度、じっくりと話し合いたい、僕の望みはそれだけだった。いろいろ考えた末、自分でもまずいなと思うような方法をとってしまった。

 今まで、Aさんに電話をするのは平日の夜十〜十一時の間だけだった。それは、Aさんがその時間帯が、一番都合がいいといっていたからである。それまで、休日に電話することはなかったが、僕は休日の昼間、Aさんの携帯に電話することにした。それまでは、固定電話にかけていた。

 携帯電話だと、電話番号から僕だとわかってしまう。だから、公衆電話を使うことにした。作戦はうまくいったかに、思えた。僕からの電話とわからず、Aさんが出たのだ。僕は、「もう一度会って、じっくりと話し合おう」というつもりだったが、その前に「これから出かけるところだから」といわれ、わずか数秒で電話は切られてしまった。

 悲しみと同時に怒りにも似た気持ちが湧いてきた。こうなったら、最後の手段を取るしかないと思った。それは、Aさんに直接会って、どうして自分を避けるようになったのか、その理由を訊き出すことである。彼女の家の周辺を思い出し、車で待ち伏せるのに、適している場所まで考えた。

 しかし、時間の経つうち、そんなことは止めようと思った。そんなことして、何になるというのだという思いが強くなったのである。そんなことをしたからといって、Aさんとの仲が元に戻ることは考えられないし、怖い思いをさせるだけということに気づいた。彼女が僕を避けるようになった理由、それは僕とは合わないと判断したからでいいじゃないかと自分を強引に納得させた。

 納得したつもりだったが、諦めきれずに、その後、何度か未練がましいメールを送った。返信はあったり、なかったりだったが、‘私たち親子をそっとしておいてください’というメールがあり、それ以降、僕はAさんとの連絡を一切止めた。このまま、ずるずると続けていたら、ストーカーと変わらなくなってしまうと思ったのである。当然、Aさんから連絡が来ることもなく、僕たちの関係は自然消滅した。(2013.10.27)


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