理解不能なヒトたち

 午後四時を過ぎて、あと一時間足らずで帰れるなと思っていたら、後の方から荒々しい女性の声が聞こえてきた。振り返るとパートの女性Yさんが同じ部署で働いている同僚のKさんを怒鳴りつけていた。詳しい事情はわからなかったが、以前注意したにもかかわらず、Kさんが同じようなミスをしたらしく、Yさんがキレてしまったということのようだった。

 この光景は僕にとって理解不能のものだった。パートさんが何かミスをして、それを他のパートさんが注意したり、指摘するというのならわかる。また、それが重大なものだった場合、社員が強く叱責するということはあるだろう。しかし、パートがパートを怒鳴りつけるというのは、行き過ぎのように思う。

 ふたりの年齢はほとんど変わりなく、入社したのはKさんの方がかなり早い。しかし、昨年、それまでKさんのやっていた仕事がなくなったため、Yさんのいる職場に移動になった。その職場は、責任者の社員があまり管理をできないでいるため、いつしかYさんが管理者のような立場になっていたようである。

 責任感の強いYさんは必要以上に重圧を覚え、それが行き過ぎた言動に繋がっているように思う。しかし、そればかりでなく、職場を任されているという高揚感が、さらにYさんを奔らせているのだろう。ここまで極端ではないにしても、よくわからない光景を職場で目にする。

 現在の職場は一時間の昼休みがあり、一時から午後の仕事が始まるが、その五分前から仕事をしているパートさんたちがいる。どういうわけか、彼女たちは昼休みの終わる十五分くらい前になると、弁当箱やカップを片づけ始め、手洗いをすませたりして、まだ一時にならないうちから作業を開始するのである。

 時給九百円なのに、どこまで搾取されれば気が済むのかと思うのだけど、時には食事を早め、それこそ十二時半くらいから仕事をしていることもある。以前に理由を訊いたとき、「仕事が忙しいから」という答えが返ってきたが、それだったら時給の発生しない昼休みにするのではなく、堂々と残業すればいいように思う。早く帰りたいということなのかもしれないが、彼女たちはいつまでも残っていたりする。これなども僕には全く理解できない行為である。

 休み時間のうちから仕事をしている人たちは、リーダー格のSさんが仕事を始めてしまうため、他の人たちもやむなく同調しているといった感じだ。当然のことながら疑問に感じる人もいるわけで、そういった人たちは、始めはいっしょに昼食をとっているが、そのうちそのグループからは離れ、外食するようになっていく。

 他にも一分、二分を争う仕事でもないのに、「早く!早く!」と煩い人もいるし、大したこともないちょっとした間違いなのに大げさに言いたてる人もいる。何故、そこまで仕事に入り込めるのか、奇妙な人たちである。

 YさんやSさんは、よくいえば仕事熱心ということになるのだろうが、明らかに入れ込み過ぎている。どうしてつまらない仕事などに、そこまで入れ込めるのだろうと思ってしまう。家族のため、生活のため、働いているというスタンスなら理解できるが、それを超え、使命感をもって作業している姿は滑稽に見えてきて、何故、くだらない仕事にそこまで熱中できるのかと不思議になる。

 ふたりには子育てを終えた主婦という共通点があり、それからいじわるな推測もできるが、そのメンタリティは会社でしか存在感を発揮できない社畜サラリーマンと重なるような気がしてならない。

 また、始業前から作業を開始するというのは、別の問題もはらんでいる。会社側は彼女たちが無給で働いているのを知っていて、半ば見て見ぬ振りをしている。便利な存在と考えているはずで、その影響が普通に働いている他にパートさんに及ばないとはいえない。

 以前、外国語を翻訳する在宅の仕事で、お金はどうでもいいから、仕事をしたいと思っている主婦が多数参入し、相場を無視して、かなり安い賃金で引き受けるため、それを生業としていた人たちが困っているという話をきいたことがある。それと同じようなことが起きないとも限らないのである。

 今の僕は生活を成り立たせるためだけに、仕事をしている。したがって、宝くじで数億円が当たり、生活に困らない状況ができれば、会社には行かないだろう。しかし、彼女たちはそうなったとしても会社を辞めないように思う。そして、ミスした他のパートさんを叱責したり、始業前から喜々として作業を始めるのではないだろうか。(2013.4.21)


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