これは、今から二十年近く前の話である。 会社の新人歓迎会の後、そのうち一人の新人と僕より一年先に入社した僕より一つ年少の先輩と三人で池袋で飲み直そうということになった。僕たちは特別親密という間柄ではなかった。ただ、帰りの経路が同じだったのである。 池袋駅の東口を出るとすぐ目の前に屋台があった。「こんなところで一度、飲んでみたかったんだ」と年少の先輩がいい、僕たち三人は屋台の暖簾をくぐった。屋台の主人は小太りで背が低く、白髪まじりの頭髪を短く刈り込んだ四十代後半と思われる男性で、その傍らにまだ十代後半くらいの痩せて長い髪の毛を左右に縛っている少女がいた。少女は僕たちが入って来ても全くの無関心で、顔を上げることもなく、うつむいたままで、煮汁の中のおでんを菜箸でくるくると回していた。客は角の方にやはり背広にネクタイ姿の会社員がふたりいるだけだった。 「日本酒でいいですよね?」と年少の先輩が僕に訊いた。彼は僕と話すとき、僕の方が年齢が一つだけ上なものだから、気を使って敬語になるのである。僕はアルコールに弱い性質で、ほんとはもう一滴も飲みたくはなかったが、つい格好をつけて「冷酒で」といった。「お前もそれでいいな?」と年少の先輩は新人に念を押し、「おやじ、冷酒三つ」と酔って抑制の効かない大声でいった。 「へい」と主人は物憂そうに応え、僕たちの前にコップに入った酒を三つおいた。僕たちはそれで乾杯をした。ふたりの手前を、僕はぐいっと一口飲んだが、すでに胃の奥の方からいやな臭いのものが込み上げてくるようで、危ない状態だった。他のふたりは、かなり酔っ払っているにもかかわらず、アルコールには強いらしく、ぐいぐいとコップを空けていった。 「おやじ、何かみつくろってくれ」とまた年少の先輩が大声でいった。自分よりも恐らく二十近く年上であろう主人に、乱暴な口の訊き方をして、僕は主人が怒りだすのではないかとはらはらした。「へい」とまた主人は返事をしたが、おでんはいつまで待っても出てこなかった。
「先輩、女、欲しくないですか?」いきなり新人が声をかけてきた。いきなり?僕は自分の気持ち悪いことに神経がいっており、隣で騒いでいた年少の先輩と新人の会話を何一つ聞いてはいなかったのである。
「先輩、何年、女、抱いてないんです?」などとさらに酔った勢いで調子に乗るのである。いくら、酔っているとはいえ、年端もいかない女の子もいるし、僕はいい加減いらついてきたが、彼女はと見れば最初と全く変わりなく、無関心におでんを煮ている。僕が特に反論もせず、黙っていると新人はさらに調子に乗って
「遠慮しなくてもいいです。今夜は俺が女を世話しますから」と彼は独り決めをして、屋台の主人の方を向いた。
僕は店の主人が怒りだすのではないかと、酔いも冷め果て気が気ではなかった。年少の先輩も新人に便乗して、
ふと、体を売ってくれと頼まれている本人はさぞ不愉快だろうと心配になり、少女に目をやると全くの無関心で煮汁に浸かったおでんをくるくると回していた。店の主人は何も答えず、ただ曖昧に笑っているだけであったが、「どうなんです?」さらに新人が言い重ねると |