僕の小学生のとき、どこかの国が核実験を行い、その影響で放射能を含んだ雨が降り、それが頭にあたると禿げると聞いて、たいへん怖かった記憶がある。そして、僕の放射能に関する知識は、‘放射能の雨にあたるとハゲになる’と思っていた小学生の頃のレベルとあまり変わりない。したがって、テレビやネットで低線量被ばくに関する様々な番組や意見を見たり聞いたりしても、どれが正しいのかさっぱりわからないのである。しかし、わからない、わからないといっていても仕方ないということで、自分なりに‘正しい結論’を求めて勉強してみることにした。 ネットやテレビ、新聞、雑誌などによると、福島第一原発の事故による健康被害はほとんどないという見解から、即刻福島県から退去するべきだという意見まであり、どちらが真実に近いのか判然としない。原発事故による健康被害はほとんどないという意見を信じたいところであるが、それはあくまでも願望でしかなく、そんなとき、昨年の暮れに放送されたNHKの番組「追跡!真相ファイル」の‘低線量被ばく、揺らぐ国際基準’の動画をネットで見ることができた。 この番組はICRP(国際放射線防護委員会)がどのような経緯で低線量被ばくの国際基準を決めたかということを追ったものである。前半の部分でスウェーデン北部の町ベステルボーテンケンからのリポートがある。この町はチェルノブイリから1500Km離れたところにあるが、原発事故からガンの発生率が34%増加したという。空間の線量は年間0.2mSvであり、これは現在の東京の半分以下の値である。(東京の線量は文部省のモニタリングによると、0.051μSv/h。これを年に換算すると、0.45mSv) では、何故、ガンの発症率が増加したかというと、内部被ばくの可能性が疑われている。この地方の住人はトナカイの肉を主食にしているそうだが、それが汚染されていたのではないかという。当然、スウェーデン政府も食品の放射性物質の検査を行っており、その基準は肉の場合1Kg当たり300ベクレルと日本の暫定基準値よりも厳しかった。(日本の暫定基準値は肉では1Kg当たり500ベクレル) 政府の低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループは上記の事象について、放射性セシウムとガンのリスクの因果関係は国際的に認められていないと切り捨てている。また、「チェルノブイリ以降、北欧ではガンの発症率が増加した」というこの種の話について、データを偽造していると反論する専門家もいる。また、NHKの番組ではアメリカの原発周辺の住人や原発で働いていた労働者がガンになり、訴訟を起こしていることも紹介されているが、それについても「何の証明にもならない(低線量被ばくの危険性の証明)」と相手にしない専門家もいる。 「追跡!真相ファイル」で衝撃的だったのは、ICRPの元委員へのインタビューである。広島・長崎での被爆者実態調査により、被ばくの影響が従来考えられていたものより2倍(以前は1Sv被ばくすると致死ガンになる確率は5%と考えられていたが、それが500mSvの被ばくで致死ガンになる確率が5%だった)だと分かったのにもかかわらず、低線量被ばくのリスクを何故、引き上げなかったのかという質問に対して、「原子力発電所や核施設の関係者はそこで働いている労働者の基準をあまくしてほしいと訴えていた。エネルギー省も彼らと同じ立場で、基準が厳しくなれば核施設の運転に支障が出るのではないかと心配していたのだ。アメリカの委員が、低線量では逆に基準を引き下げるべきだと主張した。低線量のリスクを引き上げようとする委員に対抗するためである」とこの元委員は答えた。 ICRPは各国政府からの寄付で運営されており、国連の機関ではなく任意団体である。低線量被ばくの基準を緩和した当時のICRPの委員17人のうち13人が、各国の原発・核兵器関係者で原子力推進派であった。さらにこの元委員は「施設の安全コストが莫大になるので引き上げに抵抗した。その科学的な根拠はなかった」と語った。つまり、ICRPの基準は何の科学的根拠のない政治的な数値だったのである。 ある原子力の専門家のブログには次にように書いてある。「科学的には100mSv以下の健康被害は証明できない。したがって20mSvも1mSvも科学的根拠のない政治的な数字である。線量基準は大した問題ではないが、除染ひとつをとっても使う金額は1mSvか20mSvかによって兆円単位の差が出る」 ここにきて、おぼろげながら低線量被ばくのリスクの実態が見えてきたような気がする。要するに、誰も確かなことはわからないのである。100mSv以下の放射線量によるリスクは証明できないという。したがって、無視してもかまわないと考える専門家もいる。しかし、証明できないから、そんなものはないとする考え方は非科学的である。また、データの読み方によって深刻度は天と地ほどの差が出る。或る人は悲観に流れ、或る人は楽観に流れる。 隠蔽体質と政府は非難を受けている。そういう面は多分にあるだろうが、実際は正確なところがわからず、はっきりとした見通しを出すことができないのかもしれない。避難を促す基準として出した年間20mSvという値も科学的ではなく、政治的な数値である。現在、文部省のモニタリングによると福島市の空間線量は0.91μSv/h、これを年間に換算すると8.0mSvとなる。基準を年間1mSvにすると、福島県民の実に75%を避難させなくてはならなくなってしまう。チェルノブイリの避難基準は5mSvである。 物事を見極めるうえで大切なのは、その深刻さを正確に知ることである。大げさすぎず、また、軽く見過ぎず、正確に捉えることである。それができないとき、次善の策は、危ないと思われるものには、できるだけ近づかないことである。多くの専門家、そして政府が一致しているのは、被ばくする線量にしきい値はないという立場である。(しきい値とは、ある一定の線量以下の被ばくなら健康被害は起きないという説があり、その値のことをいう)したがって、被ばくした線量とそれによるリスクは比例することになる。いくら被ばく量が低くても、リスクは小さくなるだけでゼロにはならない。今から、10年後、或いは20年後、福島はそして日本はどうなっているのだろうか?健康被害の起きていないことを、心から祈りたい。(2012.2.17) |