ここのところ秋葉原、八王子と派遣社員(八王子の事件の加害者は以前、派遣社員だったが、事件当時は正式採用になる前の試用期間中)が通り魔事件を起こし、非正規労働者の生活の不安定さと事件の関係が何かと言われている。 僕が初めて企業に就職した約20年前、終身雇用制はすでに壊れ始めていて、級友でも同じ会社に一生勤めるという人は少数派だった。しかし、当時はまだフリーターという言葉はなく、アルバイトで気楽に暮らそうと考える人はほとんどいなかったように思うし、現実的でなかった。アルバイトはあくまでも臨時的なものという感じだった。 初めの転職のときも、正社員以外の形態を考えてはいなかった。また、当時はバブル期であり正社員になりたければなれた。新しく勤めた会社は社員20人程の零細企業だったので正社員の募集の広告を求人誌に出しても、全く応募者のなかったこともあり、仕事はあっても人がいなくて倒産というような会社もあったようだ。 20代後半で2回目の転職をしたとき、僕はあまり好きではなかったがフリーターという言葉が流行っていた。二番目に勤めた会社でほとほと正社員というものがいやになり、短期間だけでもアルバイトをしようと思った。求人誌を見ても、仕事はいくらでもあり、人と接することが苦手だったので、一人で黙々とできそうな現像所で働こうと考えた。 この頃、アルバイトでも、何とか暮らしていけるくらいの経済力を持つことはできた。しかし、周囲の人からの猛反対にあい、紆余曲折はあったものの前の会社を辞めてから約半年後にはまた正社員として勤めることになった。この会社はそれまでのところとは違い、多くのアルバイトを雇っていた。会社の所在地が東京の中心部ということもあり、実にいろいろなアルバイトがいた。 まず、夢を追っているタイプで、小説家、画家、ミュージシャンなどを目指している人たちがいた。若い人ばかりでなく、勤続20年以上という小説家志望の40代後半の人もいた。あとは、体が弱く正規に勤めるのは無理という人、気楽がいいからという人、今のように正社員になりたいけどなれないから…という人はいなかったように思う。 それもそのはずで、それまでの勤務態度が良ければ、試験はあるにせよアルバイトから正社員になるのはそれほど難しいことではなかった。僕の上司も元は劇団員で、正社員になった後も昔の仲間から頼まれると臨時で舞台に上がっていたし、先輩社員の中にもミュージシャン志望だった人たちがいて、たまにバンドを組んで練習をしたりしていた。当時は僕も仲間と同人誌を出したりしていたので、畑は違うが画家志望や音楽家志望のアルバイトの人たちと飲みに行ったりして芸術談義に花を咲かせていた。
ひとり面白いアルバイトがいた。彼は僕が正社員として入社する少し前、その会社でアルバイトとして働いていた。その後、彼はそこを辞め、フリーターとなっていろいろなところで働き、約10年後に戻ってきたのである。当時からまだいるアルバイトたちと昔話をしていたりしたが、彼はわずか3日で辞めてしまった。その理由は、10年前と時給が同じだったからである。 アルバイトは、いつの時代も安く使える労働力になっている。しかし、新入社員の初任給が上がる中で10年経っても、時給が変わらないというのは明らかに異常なことだと思う。アルバイトやパートをただ単に安く使える労働力としか見ない企業の体質は、あまりに非人間的である。 時給は変わらなかったが大きく変わったものがあった。それは労働者派遣法改正により、派遣業種が拡大されたため、直のアルバイトの採用を止めたことである。社員よりも多いアルバイトにかかる事務処理や募集にかかるコストの削減をしようとしたのだ。職場で働いていたアルバイトは全員、同じ待遇(時給や有給休暇等)で派遣会社に移籍となった。 当然、アルバイトからは反対意見が出て、実施は3〜4か月遅れた。うわべは今まで通りの職場だったが、これによって会社の雰囲気は大きく変わってしまった。社員とアルバイトの間に大きな溝ができていった。 それまではアルバイトが退職するときは、必ずといっていいほど送別会が行われたが、これ以降はなくなり、社員の送別会にアルバイトが参加するということもなくなった。また、同じ条件でということだったが、それまでは半年から1年、真面目に勤務していれば50円程度の昇給はあったが(もっとも不景気になってからは、ほとんどなくなっていた)、そういったことはなくなってしまったし、年2回多少なりとも出ていたボーナスもなくなった。 さらに、しばらく経ってから一社だけでは良くないということで、別の派遣会社からも人を入れるようになった。この派遣会社の時給は1100円だったので、新人の方が長年勤めているアルバイトより200円も時給が高くなるという現象が起きた。これによって長く勤めてくれていたアルバイト数人が辞めてしまった。この頃から僕の入社当時はあった絆のようなものはなくなり、正社員と派遣アルバイトという、ただそれだけの関係になっていったように思う。 労働者派遣法改正により、正社員が減り、非正規労働者が増え、それが格差社会に繋がり様々な問題が起きているとよく言われる。確かにそういう一面はあるだろうが、それよりもこの法律によって、職場の人間的な繋がりがなくなってしまったように思う。 自前でアルバイトを雇っていた頃は、多少物覚えが悪くても何とか育てようとしたり、その人にあった仕事を見つけようとしたけど、派遣会社から派遣してもらうようになってからは、そういった時間を惜しむようになり、出来が悪いとすぐに交代ということになった。人を切ることに対する逡巡がなくなり、事務的になってしまったのである。効率化ばかりを重視した結果、僕らは人間ではなく、記号のような存在になった。 非正規労働者から正規労働者へのシフトを政府も評論家も盛んに言っている。しかし、それは誤魔化しにしかすぎないように思う。10人いる非正規労働者のうち3人を正社員にしても、残りの7人は非正規労働者のままなのだ。 やるべきことは非正規労働者の待遇改善だ。10年経っても時給の変わらないような狂った労働条件を改める必要がある。日雇い派遣もそれ自体を禁止するのではなく、劣悪な待遇を改善することが必要だと思う。 正社員、非正規労働者、日雇い派遣、格差社会、ワーキングプア、ネット難民…こういった言葉の背景には生身の人間がいるにもかかわらず、すべては記号のように扱われている。人間を記号化することによって、企業は効率化を進めてきた。しかし、それは、もう限界を超えているのではないだろうか?記号化してしまった人の人間性を再生させなければならない。(2008.8.22) |