長い時間に安いお金

 ちょっと前から格差という言葉よく聞かれるようになった。この言葉の意味するところは正社員と非正社員との待遇面の差である。バブル期に人員過剰となった正社員がリストラされ、さらに派遣に関する規制緩和が重なり、正社員から非正社員への流れができて、にわかに焦点が当ってきた。

 昔は自分の夢を追ったり、気楽に暮らしたいということで正社員にならず、アルバイトやパートを選択するという人も多かったが、今は正社員になりたいが、なれないために仕方なくやっているという人が多数ではないだろうか。格差問題を議論するとき、そのほとんどが賃金の差として論じられるが、果たしてそれだけなのだろうかと正社員として約17年、パートとして約3年、働いてきた私は思うのである。

 正社員の場合、特に待遇がいいなと感じたことはあまりなかったが、安定感はあった。簡単には解雇されないという安定感である。厚生年金にも入っているわけだし、一生続けることができれば、老後の安定にも繋がってくる。給料も非正社員に比べて格段に多く、普通に暮らせば、そこそこの貯金はできるし、ボーナスという愉しみもある。有給休暇によって、周りの顰蹙を買う覚悟があれば1週間程度の旅行にも気楽に行ける。その反面、長時間労働をほとんど強制的にやらされ、毎日が朝起きて会社に行き、夜遅く帰宅して、飯食って、風呂に入って寝るの繰り返しで、自分というものが何時の間にか消滅していて、ただのマシンになっていた。会社への忠誠心も求められるから、どうでもいいような行事や会合への参加も強要され、精神的に窮屈で、長い期間勤め続けると明らかに人間として大切なものを失っていくような気がした。

 非正社員の場合、明らかに待遇は悪い。賃金は低いし、有給休暇もない場合も多く、さらにいつ解雇されるかわからないという状況である。仕事も単調でつまらないと感じてしまうことも多い。好きな旅行も休むことによる周りの目はあまり気にする必要はないが、お金の問題によっていろいろと考えないといけなくなる。さらに先のことを考えると、いかに楽天的な私でも暗くならざるを得なくなる。老後の収入として国民年金だけでは、まず暮らせないだろうし、生活費を切り詰めるため思い切り田舎に行くか、何かの収入源を確保しないとならない。ただ、何とか生活できればいいやと考えることができれば、長時間労働からは解放され、ある程度、自由な時間は持てる。お金や物より自分の時間を持ちたいという人にはいいかもしれない。

 一般論にしてしまうと面白くないので、実際に勤めている職場でパートの私と社員のNさんの違いを見ていきたいと思う。

 まず、賃金を含めた収入面では格段の開きがある。Nさんは手取り月27〜32万円、ボーナスは夏・冬合わせて60〜80万円、私は手取り月10万〜21万円、ボーナスは夏・冬合わせて20万円、さらにこの少ない収入から国民年金と健康保険を払わなければならず、その差はさらに広がる。昨年はいろいろと出費が多く、できた貯金はほとんど0だった。

 今の勤め先はパートには有給休暇がつかないため(労働基準法違反だ!)、休みは無給になってしまい、長期の旅行に出るときは覚悟が必要となる。ただ、暇な時期は長期休暇を取っても文句を言われることはないし、普段でも休みは簡単にとれる。そこにいくと社員のNさんは有給休暇があるにも関らず、それを取っているのをあまり見たことがない。えてして日本の会社は有休の消化率が5割以下のようである。暇な時期でも1週間連続の休みというのは取り辛いようで、3日くらいの休みを2〜3回くらい取り夏休みとしているようだ。

 私の勤務時間は基本的に9時から5時であり、暇な時期は5時きっかりに帰っている。忙しいときは遅くまでやるが、それも出来る時間まででよく、いつまででもいないといけないということはない。社員のNさんの勤務時間は9時から17時30分、ただし、朝は機械の準備などで8時過ぎには出勤していて、夜も定時で帰れるということはほとんどない。「今日はちょっと用事があるから早く帰るね」などということも気楽にはできず、事前に根回しが必要になる。忙しい時期などは毎晩10時、その日の仕事が終わるまでは帰れないので年に数回は夜中の3時過ぎまでになったりする。

 さらに社員のNさんは隔週で無給の日曜出勤がある。日曜日、出勤した代りに他の日を1日休むことができるのだけど、忙しい時期にはそれもままならず、12月など休日がほとんどなくなってしまう。そんなNさんは「Hさんが一番いいよ」とたまに弱音を言ったりする。また、サービス残業も常態化していて、若い社員が給料を実際の勤務時間で割ったら時給が680円だったと嘆いていた。

 「Hさんが一番いい」といいながら、Nさんが社員で居続ける理由は言うまでもなく、パートと社員の賃金の差である。Nさんがパートになった場合、家族4人を養えるものではとてもない。パートの賃金では暮らせないが、もう少しお金は少なくてもいいから労働時間を短くしてほしいとおもう正社員は多いように思う。長時間労働の社員、低賃金の非正社員、長い時間に安いお金。このふたつが格差問題の中心のように思う。非正社員の賃金を上げ、正社員の労働時間を減らす。これがこの問題の処方箋なのではないだろうか?

 今は滅私奉公で長時間労働の正社員か、それとも不安定で低賃金の非正社員か、選択肢はふたつしかない。これをもっと段階的にはできないものだろうか。自分が働きたいだけ働き、その分の給与を貰う。それには正社員・非正社員をなしく、賃金体系を統一してフルタイムとパートタイムという区別にしてしまえば、より柔軟な勤務ができる。オランダ型のワークシュアリングシステムが最適のように思える。

 しかし、これは今の日本ではなかなか難しいようだ。みんなのことを考えるより、自分の既得権を守りたいという人が大半だからである。街中でも、自分さえ良ければという風景が当たり前になりつつある。社会は人間を映し出す鏡だという。今の日本は私たちの姿をそのまま映し出しているように思える。(2007.2.2)


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