くたばれ!長時間労働(残業編)

 会社員時代の僕は、残業時間との闘いの毎日を送っていた。特に最初に勤めた会社では、まだ残業は義務という考えが色濃く残っていた時期であったため、仕事がどんなに暇でも月70時間くらいはするように言われた。週4日22時まで残業して、休日出勤を月に2日するとそのくらいの時間になるのだけど、みんなそんなに仕事はなく、酷い人になると定時近くまでぶらぶらしていて、本気で働くのは18〜21時の3時間くらいで、最後の1時間も片付けに託けてぶらぶらという状態だった。

 入社3ヶ月目に残業が50時間を越えたが、だんだんとその実態が見えてきて、仕事もないのに会社に居続けることが馬鹿らしくなり、必要のない残業はしないことにした。僕への風当たりは強くなった。直属の上司は、僕の方針を黙認する姿勢をとったが、職場の先輩や同僚からは白い目で見られるようになり、影では変わり者と言われるようになった。

 僕にとって幸いだったのは、直属の上司が理解してくれたこと、いっしょに仕事をしていた相棒は僕よりさらに原理的な考えを持っていたことだった。僕は仕事があれば残業は仕方ないという考えだったが、彼はどんな状況でも残業などするべきではないという考えだった。定時内で片付けられない仕事を与えるのは、納期設定のミスであり、会社の責任であるという考えだったのだ。上司はその考えにある程度理解を示すほどの器量があり、そのため、僕は周囲の白眼視に4年間も耐えられたのだと思う。

 新入社員が入ってくると、「Hという人間は変わり者だから、彼のようにはならないよう」にと周りの人間(特に先輩社員)が言っていたようである。しかし、僕がごく普通の良識?を持った人間だったため、新入社員は何故、僕が変わり者なのか理解できないと言っていた。まだ、会社の事情がわからない新入社員にとって、「仕事がなければ帰る」というごく自然の行動をしている僕の方がまともに見えるのは当たり前だ。僕にとっては、そういったことを暗に要求する会社よりも、何も異論を唱えることなく黙々と従っている社員の方が異常に思えた。

 普通の人間にとっては「仕事もないのに残業する」人間より、「仕事がなければ、定時で帰る」人間の方が遥かにまともに見えるはずだが、会社というところに長く居ると、当たり前のことが当たり前でなくなってくる。世間の常識よりも、会社の慣習の方が上になってしまうようだ。

 そういう中にどっぷり浸かっていると、会社の慣習に従わない人間が我慢できなくなる人がいるらしく、トイレに名指しで悪口を落書きされたこともあった。そういったことは、新入社員にとって恐怖になり、不条理とは思いながらも、僕のような状態にならないため、みんなと同じ行動をだんだんととるようになり、意味のない残業に引き込まれていった。そして、いつしかそういった異常な状態に慣れ、疑問を感じなくなっていくのかもしれない。

 その後、幾つか会社を変わった。仕事もないのに残業しろというところはなかったが、どこでも圧力は働いていた。仕事が忙しければ、残業するのは当たり前だという圧力である。定時内の作業で納期が守れるといった仕事は少なく、僕は残業をし続けた。

 また、おかしいと感じながらも残業続きの毎日を送っていると、それが当たり前になっていき、かえって定時で上がることに違和感を覚えたりしてしまうから不思議だ。会社でとる夕食が愉しみになったりもした。これが‘飼い馴らされる’ということなのかもしれない。

 よく考えてみると、残業というのはかなり非人間的なものだと思う。夜遅くまで仕事をし、家に帰ってはご飯を食べて、風呂に入って、寝るだけ、それが延々と続く。生活の安定はあるかもしれないが、それだけの自分を失っていく日々。フリータを減らして、正社員に転身させようという政策も、企業の奴隷を増やそうという動きにしか思えない。そうする前に、まず労働時間の短縮を考えるべきだと思う。

 何故、仕事が忙しければ残業が当たり前になってしまうのだろうか。それは、あまりに日本では、仕事に重きを置き過ぎていることが原因のように思う。仕事が全てに優先する大事なものとの考えが染み付いて、生きる目的になってしまっている。しかし、本来仕事というものは、生きていく手段であり、決して目的ではない。

 今の正社員の生活はあまりに、人間的なものとかけ離れているように思う。さらにサービス残業などという明らかな違法行為がまかり通っている現状はあまりにも酷い。長時間労働の改善こそ、急務なのではないだろうか?

 ヨーロッパ型のワークシェアリング・システムを導入して、1日の勤務時間を6時間程度にして、基本的に残業を無くせば、1人当りの労働時間は減り、新たな雇用も期待できる。さらにサマータイムなどどうでもいいから、ドイツのように政府が企業に大型の夏季休暇を従業員にとらせるように義務付けるべきである。

 失業率は依然高く、その反面、サービス残業や過労死の問題が増えている日本社会は明らかに歪んでいる。物質的には十分に日本は豊かになった。しかし、今、僕がほしいのは生活そのものの精神的な豊さであり、人間らしい暮らしである。くたばれ!長時間労働。(2005.6.2)


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