今年の流行語大賞には選ばれなかったが、巨人軍の渡辺恒夫前オーナーがプロ野球選手会長の古田選手に対して、「たかが選手の分際で…」と発言したことはマスコミに大きく取り上げられた。この発言以降、ほとんど既定事実化していたプロ野球1リーグ化の流れが大きく変わっていく。大衆の反感を買った発言ではあるが、僕はこの勘違い発言が何となくわかる気がした。この発言の内容に共感するというのではなく、渡辺恒夫前オーナーがこのようなことを言い出した背景が何となくわかる気がしたのである。

　人間はある閉じた1つの社会に長い期間いて、その中で地位が上がったり、評価を受けると自分をすぐれた人間だと思い込んでいってしまうようである。会社の中でも何かにつけ威張りちらしていたり、人生の説教を部下にしている上司だとか、ちょっと仕事ができるだけで、できない者をゴミのようにいう人間がいる。彼らは1つの組織で長い期間暮しているため、その中でのことが世界になってしまう。そしてその中で地位が上がるということ、評価を受けるということは、外からみればただ単に立ち回りうまいだけであったり、仕事ができるだけであったりするのだけど、本人にはそれだけではなく、自分は人間的にもすぐれていて自分の行動や発言も常に正しいと錯覚していく。

　それが社内だけで止まっていればまだいいのだけど、そういう人間は会社を出た後でも勘違いが続く。電車の中で若者の態度の悪さがよく話題になるが、そういった会社員の尊大さも負けていない。若者の態度の悪さは社会経験の少なさから来ているのに対して、彼らは自分を優秀な人間だと思い込んでいて、そこから他人に対する横柄さが生まれているように思われる。したがって、自分を前面に出すことしか興味がなく、他人に対する思い遣りや配慮が欠落している。若者の場合は社会経験を積んでいけば改善されていくだろうが、こういった人たちにそれは到底望めず、症状はさらなる地位の上昇とともに悪化の一途を辿り最後は裸の王様になる。巨人軍の元オーナーがそのいい例だ。

　こういった人たちは何も会社だけでなく、閉じた組織があればそれがどんな集りでも発生する。芸能界、スポーツ界などでもこの錯覚に陥っているような人がいる。例えば芸能界で活躍して名声や富を得たとしてもそれは人間的な優秀さではなく、歌がうまかったり、演技が上手だったりするだけなのだ。スポーツ選手についても同様で、ただ、走るのが人より速かったり、速い球が投げられたり、ボールを遠くに蹴れたりするだけなのであって、人格が優れているというわけでは決してない。

　しかし、TVやラジオ、週刊誌での芸能人による人生相談の多いこと。彼らに一体何を期待しているのだろうか？たまにTVなどでそういったものを見るが、僕にはただ一般受けする面白い回答をしているだけにしか思えない。TVとはそういったものといってしまえばそれまでだけど、中には真剣に悩んでいる人もいるかもしれないし、ほんとにこんなことでいいのだろうかと思ってしまう。

　また、芸能界やスポーツ界の「ご意見番」といわれている人たちも、その意見のほとんどはありきたりの常識論であって、深い含蓄があるようなものはあまりないように思うし、中にはただ単なる老害的なものだったりするものもある。また、専門外の人間がプロ野球再生論を語ったりして、的外れな意見を述べていたりする。これも自分の専門分野で有名になり、いつしか自分の意見はどの分野でも通用すると勘違いしてしまったことによる。

　2001年、映画「ハンニバル」の公開にともない、主役の英国俳優アンソニー・ホプキンスが来日し、各局のTV番組のインタビューを受けた。その中でも特に印象に残ったのがニュースステーションでの久米宏とのものだった。

　久米宏はインタビュー嫌いとの評判が高いアンソニー・ホプキンスから面白い面を引き出すべく、トリッキーな仕草やかなりぶしつけな質問をした。それに対してアンソニー・ホプキンスは困惑した表情で「ぼくはただのアクターだから」と言った。「自分はただアクターを職業としている男で、それ以上でもそれ以下でもない。だから、必要以上に期待されても困る」という態度をとったのだ。ともすれば実際以上に自分を大きく見せようとする人間ばかりの中、この時のアンソニー・ホプキンスの困惑した謙虚な姿勢は僕には新鮮な驚きだった。この時は、久米宏の作戦は空振りに終わったと思ったが、今あらためて考えてみると、そこに本来の狙いがあったかどうかはともかく、アンソニー・ポプキンスという人間の本質を引き出しており、成功だったのかもしれない。

　高い評価を受けたり、地位や名声を得たり、さらにそれに伴なう富を得ると、それと引き換えに人間は謙虚さを失っていくように思う。そして、だんだんと尊大になり、周りが見えなくなっていく。だけど、結局、誰でもただの人間なのだ。そう、僕たちはどんな地位にいてもいなくても、どんなに富があってもなくて、ただの人間なのだ。それ以上でも、それ以下でもない。みんな同じ人間なのだ。(2004.12.11)