会社員を辞めるとき、漠然と考えていたことがある。それは、今までより仕事の時間を減らし、自分の好きなことをする時間を増やそうということだった。会社員だと、勤務時間をコントロールするのはまず不可能だけど、アルバイトやパートならある程度は可能かもしれないと思った。そして、紆余曲折はあったけど、それが可能な立場になってしまった。

　今の仕事に就いたときは、ちょうど繁盛期にあたっていて、夜遅くまでの仕事が続いた。そのため、会社員時代に比べれば、かなり落ちたけど、そこそこのお給料になった。だけど、目一杯働いて、このくらいか…という感じもあり、情けない気持ちにもなった。暮れに若干だけどボーナスが出て、年末調整で戻ってきた分もあり、どうにか暮していける感触が掴めた気がした。

　ところが、年が明けて、仕事は暇になり、正月休みもあり、さらに心身の調子も悪くなったりして会社を数日休んでしまったりして、1月のお給料はびっくりするほどの低さだった。暇な時期は安易に休めないという気持ちが強くなった。2・3月、風邪を引いたり、体の調子が悪いこともあったけど、何とか休まず出勤した。だけど、心の中に引っかかるものが残った。自分はある程度の自由がほしかったのに、実際には少しでもたくさんお給料をもらうことのほうを重要視している。自分で自分の気持ちを縛っているような気がした。

　人間は知らず、知らずのうちに上を見ている。転職したとき、以前の仕事よりも何か1つでもよくなった点がないと情けなくなる。それは会社の規模が大きくなったとか、安定しているとか、お給料が増えたとか、仕事が面白くてやりがいがあるとか、定時できっちりと帰れるとか、休みが多くなったとか、とにかく何か1つでもよくなったところがあれば、それでどうにか自分を納得させることもできるのだけど、それがないとどうにも辛くなったりする。

　それは生活にもいえる。いったん生活水準が上がると、それを下げることは、かなりの苦痛が伴なう。生活水準を維持するためには当然、それに見合った収入が必要になるため、それが得られないと2重の苦しみになってくる。上に、上にと思っている限り、永遠に満足は得られない。

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　自由な時間はたくさんほしい。だけど、毎月、毎月赤字になって、貯金を食いつぶしていくような生活では不安だ。できれば、毎月少しでも貯金できるようならいいと自然と思っていた。知らず、知らずのうちに肩に力が入っていた。しかし、それだったら、会社員だった時と何が違うというのだろう。根本的なことは何も変わらない。ただ、多少ニュアンスが違うだけ…。

　そんなことを考えていたら、肩に入っていた力がゆっくりと抜けていった。月々で考えなくてもいいんじゃないか、1年トータルで考えればいいんじゃないかと思った。1月は正月休みがあるから、お給料はかなり低くなる、2月は暇だからお給料は低くなる、3月はまあまあ忙しいからちょっといいかも、4月は普通、5月はGWがあるからお給料は低くなる、6・7月はわからないけど普通かな？、あっ、7月はボーナスが出るらしいからちょっとはいいかも…、8月は夏休みをたっぷりとる予定だからお給料はかなり低くなる、9〜11月は忙しいからお給料は高くなる、12月はそんなに忙しくはないけど、ボーナスや年末調整で戻ってくる分があるからお給料は高くなる。なんて考えて、ちょっとでもプラスになれば…と思った。

　会社員時代、今日はちょっとやりたいことがあるから休むとか、ちょっと用事があるから3時で上がるとか、夏は思い切り遊びたいから長期の休みをとるなんて、なかなかできなかった。だけど、今はそれができる環境にある。（お給料は低くなるけど…）何もお給料の高さを最優先にしなくてもいいんじゃないかと思うようになった。そしたら、さらに気持ちが楽になってきた。

　最近ではこの考えをさらにすすめて、何とか生活できる最低のラインまで稼いで、あとは自分の好きなことをしようなどと思い始めた。自分はもともとお金や物に執着のないほうなので、日々の暮しさえ何とか成り立てば、ストレスを感じることはない。僕はお金を得る代わりに、時間を得ることを選んだ。普通は時間をお金に代えるのだけど、お金を捨てて時間に代えた。ただ、それだけ…。

　僕の立場はフリーターということになるのかどうかわからない。僕の友達で、もう20年以上同じ会社でアルバイトをしている人がいるが、彼はフリーターと呼べないような気がする。ただ、フリーターを「パートやアルバイトで生計をたてている低賃金労働者」と定義すれば僕も彼もフリーターということになる。

　世間ではよくフリーターは害虫のように言われる。だけど、正社員から、その立場になってみると、今の方が人間らしい生き方をしているように思う。世間的にみれば、明かに以前にくらべて、落ちた生活と見えるだろうし、経済的にはその通りだけど、いってみれば今の自分は下降志向なのだ。経済的に最低ラインを割らなければ、落ちるだけ落ちてもいいように思う。お金や社会的信用よりも大切なものは、いっぱいある。これからは、その大切なものの方に軸足を移していきたい。(2004.5.29)