多様な生き方を認める社会に


 毎日新聞の読者投稿欄を読んでいたら‘就職、年齢の壁に泣かされる’との投稿があった。投稿したのは41歳の女性で、現在は派遣社員として働いている人だった。派遣会社ではない就職先を探しているが年齢の壁に泣かされてなかなか見つけることができない。応募してもなしのつぶてで返事さえ来ない。そして中高年が職に就くのは並大抵の道のりではないと結ばれていた。僕はこの投稿に違和感をもった。何故なら彼女は職に就いているからだ。

‘派遣会社でない就職先を探している’というところからこの女性は正社員として働ける職場を探しているということは想像できる。ならば最後は‘中高年が正社員として採用されるのは並大抵の道のりではない’と結ぶべきなのだ。それなのに‘職に就くのは…’と結んでいる。つまりこの女性は派遣社員をまともな職とは考えていないことがうかがえる。

 このような考えを持っている人は以外と多い。失業者サイトなどを見ると派遣社員、アルバイト、パートは正社員になれなかった人が仕方なく就く勤務形態であるような発言をしている人が多いし、なかには派遣社員やアルバイトとして仕事をしているにもかかわらず、自らを失業者と呼び、正社員をめざす姿を書いているサイトもある。

 正社員とはそんなに憧れるべき存在なのだろうか?僕にはあまりよくわからない。もちろん正社員として採用されたいという気持ちはわかる。正社員として採用されれば他の勤務形態で働くより、基本的には賃金も高くなるし、社会保険も完備している場合も多いし、定年まで働ける可能性も高く安定している。それに比べて派遣社員・アルバイトは契約期間が短く、更新されたとしても常にいつ解雇されるかわからないという不安が付きまとう。さらに、賃金も安く、社会保険も会社では入れない場合も多い。

 僕は11年勤めた会社を辞める時に、もう正社員として働くの止めようと思っていた。というものあまりにも失うものが大きいように思えたからだった。自分という大切なものを取り戻すために、賃金は安くてもいいから自由になる時間を多く得ようと思った。しかし、現実を考えたときに他の勤務形態では不安になってしまった。時給も安く、社会保険も付かず、さらにはいつ解雇されるかわからない身分で働くことが怖くなったのだ。気づいたときには正社員で働ける会社を探していた。そして、運良く正社員として就職することができた。しかし、そこで感じたことは身動きの取れない閉塞感だった。毎日遅くまでの残業、私用ではまず取れない有給休暇…。僕は3ヶ月足らずでまたもとの失業者に戻ってしまった。そして、今度は11年勤めた会社を辞めた時の原点に戻ろうと思った。

 人間はどうしても過去と未来にある程度支配される。今まで正社員として、ばりばり働いてきた人が派遣社員やアルバイトとなるとプライドが邪魔をする。特に元いた会社での地位が上であればあるほどそうなる。これは決して他人事でなく、それほど大した地位についていなかった僕でさえ、ある種の自己嫌悪に陥ったりした。会社を辞める前はアルバイトをしようと思っていながら、実際に会社を辞めてしまうと心の何処かでアルバイトをばかにしている自分がいたように思う。頭の中では正社員もアルバイトも仕事に変わりはないと考えているのに、心が納得しない。これはもう時間が解決してくれるのを待つより他にないのかもしれない。

 そして、未来だ。将来の不安からどうしても、安定した生活を手にいれたくなる。そうなると正社員の身分がほしくなる。しかし、この安定というのもあるのか、ないのかわからないものなのだ。特にここ数年のリストラブームにより、正社員としての就職が必ず安定につながるかはわからない。まして老後のことなど、20年も30年も前から考えても仕方ない気がする。結局は一日、一日の積み重ねなのだから。
過去に囚われず、明日を思わず、生きられたら、ほんとの精神的自由を手に入れられるような気がする。自分にはまだまだ無理だけど…。

 プラスがあれば必ずマイナスの部分ができるように、マイナスの部分があればプラスになるところもある。アルバイトは賃金と安定を犠牲にして多少の自由を得ている。仕事に責任がないわけではないが、正社員に比べればかなり気楽な立場だ。帰りたい時に帰ることもできるし、休みも取れる。例えば今働いている会社だと先日の11〜13日の3連休、正社員だと休めるのは12日だけだけど、アルバイトの僕は3連休できた。もし、特に用事がなく出勤してお金を稼ぎたい場合は出勤することもできる。

 もちろん不安な点も多い。あまり一般論にしてしまうと焦点がぼけてしまうので、自分のことを書くが、今、僕は時給900円のため、フルに出勤しても何とかギリギリ暮せるくらいしかもらえない。生活に余裕をもたせるためにはある程度残業をしないといけない。さらに不安なのは契約期間である。とりあえず12月末までの契約でその後はまだわからない状態だし、たとえ継続になったとしてもいつまで続けられるのかわからない。年をとった時の不安も大きい。だけど…なのだ。

 正社員のときに比べて物質的にはかなり落ちた生活になった。正社員の時はCDだって本だってほしいと思えば買っていた。今はよく吟味して本当にほしいものしか買えなくなった。清涼飲料水だって毎日3本くらいは買っていたが、今はほとんど買わない。今持っている車だって、極端に安い駐車場を見つけない限り、いつまでも持ってはいられないだろう。しかし、精神的にはかなり楽になり、心に余裕が出てきた。

 前は散歩したり、サイクリングをしたり、休日のツーリングに行ったりすることなんてほとんどなくなっていたが、今は自然に愉しめるようになった。読書の幅も広がった。そして、家で仕事をすることも、仕事のことを考えることもなくなった。純粋な自分の時間が持てるようになった。確かに不安はいろいろとある。だけど、それは誰でも同じこと。かえって危機管理能力が養成されていいかもしれないなどと思っていたりする。正社員である日突然リストラを言い渡されるよりは、はるかに次の行動が早くとれるだろう。

 何も正社員になるだけが生き方ではない。働き方にはいろいろな形態がある。だから、その中で一番自分の生き方にあったものを選べばいいと思う。そしてひとつの生き方を押しつけるのではなく、多様な生き方を認める社会になってもらいたい。


 さて、上の投稿をした人の言いたかった問題点は年齢の壁、つまり年齢制限だ。35歳以上の人で仕事を探したことのある人なら誰でも突き当たる問題だ。このことについては次回考えたい。(2003.10.16)


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