風紀委員会・3


                「では、次。風紀委員。誰か、やってくれませんか?」

                入学早々、担任から学級委員に氏名された、優等生そうな顔立ちの生徒が教室を見回した。

                自分は学級委員だからもう関係無いといった表情で、

                誰かが名乗り出てくれるのを待っている。

                華音はその姿を一番後ろの席からぼんやり眺めていた。

                ―君が一番適任だと思うよ―

                心の中でそう呟いた瞬間だった。

                「秋月くんはどうですか?結構…向いてる様に感じるんだけど。」

                気付いた時には学級委員とバッチリ目が合っていた。

                彼は人の良さそうな笑顔を浮かべたまま、そう口にしていたのだ。

                教室中が一斉に華音の方を振り返って注目する。

                ―はぁ…?なんで俺?―

                風紀委員は一応生徒のお手本となる行動を求められる訳で、

                ポスターを描いたり、標語を決めたりと面倒な仕事内容も加わって人気が無い委員だった。

                勿論、華音だって関わりたくは無かった。

                適当な係りに就いて、軽くかわして行きたかったのだ。

                元々熱心なのは性に合わないのだ。

                適当にサラリと綺麗に世の中を渡って行くのが華音の好きなやり方だった。

                ―馬鹿な事言わないでよね―

                華音は少し困った様な笑みをスタンバイすると、

                申し訳無さそうに小さな声を出した。

                「あまり…意欲が沸かないので…。」

                学級委員はあきらかにガッカリした表情を見せた。

                「そっか…。どうしても、駄目ですか?」

                「…ごめんなさい。」

                学級委員が諦めた様子を見せたので、華音は心の中でホッと息を付いた。

                一瞬静まりかえった間があった後、一人の生徒が口を開いた。

                「おい、お前やれよ、風紀委員。」

                一人が、隣に居た生徒をからかう様にそう言ったのだ。

                「やってくれますか?」

                学級委員も目を輝かせてそちらを見た。

                「嫌だよ!」

                言われた方は慌てて首を横に振った。

                「お願いします。一学期だけのお仕事だから。」

                学級委員も必死になっている。

                ―これを決めなきゃ話し合い終わらないもんねぇ―

                華音は既に人事と思ってその騒ぎを眺めていた。

                「嫌だって。つーかお前やりゃいーじゃん。

                人の事推薦する前にさ、自分がやりゃいいだろ?」

                指名された生徒は、指名した生徒に食ってかかり始めた。

                「嫌だよ。」

                「お前だって嫌なんじゃねーかよ。フザケンナよ!」

                ―あーあ、五月蝿い。馬鹿みたい―

                華音は小さく溜息をついて頬杖をつきながら窓の外に視線を移した。

               

                争い事は嫌いだ。

               

                気持ちも醜くなるし、何より争ってる姿が醜い。

                「嫌に決まってんだろ。

                つーか、秋月!お前が一番適任なんだから、お前やれよ。」

                「え?」

                華音は急に自分の名前が出て来たのに驚いて、顔を上げた。

                「またそうやって人に押し付けてばっかりじゃねーか、お前!」

                「俺は風紀委員には適してねーだろ?」

                「じゃぁ、俺の何処が適してると思って推選したんだよ。」

                二人の口論はまだ続いている。

                その中、前から視線を感じて顔を上げると学級委員の切実な目とぶつかってしまった。

                「秋月くん、お願い出来ませんか?」

                再度頼まれて華音は眉を顰めた。

                隣で言い争う二人をチラリと見る。

               

                争い事は嫌いだ。

               

                自分の机上に視線を戻すと、小さく溜息を付いた。

                「分かりました。やります。」

                それは今からひと月前の出来事。

               

               

                「小野先輩、ポスターこれでいいですか?」

                委員会の時間。

                華音は描き上げたポスターを手にし、和明に声を掛けた。

                しかし、返事が無い。

                「先輩。これでいいですか?」

                もう一度大きめの声で言うと、やっと気付いてこちらを見てくれた。

                この先輩はどうも人並みならぬ集中力の持ち主らしい。

                「あぁ、ごめんね。描けた?」

                「はい。こんな感じでどうでしょうか。」

                「うっわー…。凄い絵上手いんだね。ビックリした。」

                和明がとても嬉しそうに笑ってくれたので、華音もニッコリ笑った。

                初めてこの委員会の教室に入った時、一人でもくもくと作業する和明は、

                とても真面目で関わりにくそうな人物に見えた。

                確かに与えられた仕事とか、決まり事には息苦しいくらいに真面目な人だったが、

                その姿勢はこの人のポリシーなんだと分かると、かえって付き合いやすかった。

                華音にも譲れないポリシーがあって、その気持ちは容易に理解出来たし。

                そのポリシーのせいで風紀委員になってしまったが、

                それはむしろ良い結果だったのじゃないかと、最近華音は思い始めていた。

                こうして、普段は固そうなイメージの先輩の笑顔を見ると、

                余計にそう思った。

                 

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今回は「何故、華音は風紀委員に抜擢されたか」でした(笑)
和明は元々真面目だからいいとして、
華音はどうしたのかって思うもので。

もう一つのテーマは「争い事は嫌いだ。」ですね。
これは後であたしが書きたいエピソードの前フリです。

華音と和明の共通点についても書いてみました。
譲れないポリシーがある!!
どうでしょうかヒナちゃん(笑)
最後はちょっといい感じを醸し出すつもりで頑張ったのですが。
ではバトンターッチ♪
(2005/01/16 Lu.umi)