あの時、俺は逃げてしまった
結局、現実と向かい合えなかった
一緒に戦うと決めたはずだったのに
俺は臆病なままだった
そしてあいつは本当に強かった
8.
数時間後、俺らはマネージャーと共に、これからのことを話し合った。
木村は出来る限りSMAPとして働くことになり、
木村の病気のことは、仕事に支障が出ない限り他のメンバーには伏せておくことになった。
それは全て木村自身の意向だった。
『その時が来たらSMAPをやめる』
木村は最後にそう言った。
俺は反対しなかった。
きっと、何を言っても木村は聞かないと分かっていたから。
マネージャーもただ静かに頷いただけだった。
数日後、俺らは一緒に住むことにした。
限りある時間を出来るだけ一緒にいるために。
もしものことがあった時にも傍にいられるように。
俺は出来る限り個人の仕事をセーブし、その部屋にいるようにした。
病院通いは毎日のように続いていたが、木村は入院だけは拒否し続けていた。
木村の体調は思いの外良かった。
しかし、食欲は以前ほどはなく、見た目にも痩せてきているのが分かった。
そんな中、俺達は傍目には『幸せ』という言葉がぴったりくるような生活を送っていた。
もしかしたら、自分達でもそう思い込もうとしていたのかもしれない。
「ただいま〜」
その日、俺はいつものように帰って来ると大声で自分の帰りを告げた。
「おかえり〜」
中からいつものように木村の声が聞こえ、俺はホッとする。
いくら順調に見えても木村の病気に全快ということがありえないのは分かっていた。
俺の中の不安はなくなることなく、木村が傍にいない場所では常に俺を苦しめた。
俺を出迎えに木村が歩いてくるのが見えて、俺はやっと安心して心から笑顔になる。
「遅くなって悪かった。夕飯食べたか?」
「うん、先に食べた。中居の分も用意してあるよ。食うだろ?」
「あぁ。わりぃな」
「手を洗う時は洗面所で、って言っただろ〜」
リビングに入って、そのままキッチンで手を洗ってると木村が顔をしかめて見せた。
「いいじゃんか。もう料理は終わってるんだし」
その毎日のように繰り返される会話さえも嬉しくて俺は思わず笑う。
「笑いごとじゃないっての。中居、わざとやってんだろ」
そう言って眉を顰めつつ、木村も目は笑ってるのが分かってますます俺の口元は綻ぶ。
しかし、蛇口を閉めてふと視線を下げた俺は違和感を覚えた。
まだ洗われていない料理器具が流し台にある。
なのに食器が1つもない。
木村が食べる時に使ったはずの食器がどこにも見当たらなかった。
俺は素早くリビングのテーブルを盗み見たが、そこにも、ない。
「中居?」
なんとなく嫌な予感がして、俺は思わず木村の目を黙って見つめ返す。
「どうした?」
訝しげな表情を浮かべた木村は、しかし特別具合が悪いようには見えなかった。
「いや…なんでもない。」
「そ?」
「あぁ…さて、食うか」
「うん。今日の夕飯はうまいぞ〜」
『木村、夕飯食べてないんじゃないか?』
その一言を飲み込んで俺は笑顔を作る。
「そっか、楽しみだな」
俺は何も見なかった。
そう思い込んで、そう演じて、自分と木村に嘘をついていた。
そのことがそれほど重要な意味を持つなんて思ってなかった。
いや、思いたかった。
俺は…逃げたかったのかもしれない。
木村の病気から。
木村がいなくなるかもしれない、という現実から。
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2004/2/18(HINATA)