俺の感情ってやつのほとんどは
あいつに由来していたらしい
そのことに気付いたのは
あいつが居なくなってからだった





18.


それから間もなくして、俺は退院した。

外に出る間もなく、病院の駐車場からそのまま車に乗り込むと、

俺は真っ直ぐ部屋へ送り届けられた。

木村と暮らした部屋へ。

でも、木村はもうそこには居ない。

いや、もう木村はどこにも居ないのだ。



「中居、大丈夫?」

部屋の前に着き、マネージャーが心配そうに俺の顔を覗きこむ。

「大丈夫だって。早く復帰したいから、どんどん仕事入れちゃってね」

俺は笑ってそう言うと、早々と部屋に入った。

俺は、ちゃんと笑うことが出来ただろうか。

そんなことを思いながら、溜まっていた新聞やら手紙やらを広げる。

予想通り、新聞にはでかでかと木村のことが載っていた。

それによると、木村がこの世を去ったのは、俺が事故を起こして1ヵ月後。

つまり、俺の意識が戻った時にはすでに木村はこの世にはいなかったことになる。

「なんなんだよ、みんなして隠しやがって…」

知らず知らず、声に出して呟く。

俺があの時事故さえ起こしたりしなければ、最期まで一緒に居てやれたのに…

しかし、不思議と涙は出なかった。

悲しみとか、寂しさとか、怒りとか、

そういったものを全て忘れてしまったようだった。

俺にあるのは、ただ「空虚感」だけだった。

心のどこかに穴でも開いたかのような感覚。

それだけだった。



翌日から俺は仕事を再開した。

勘も思ったほど鈍っておらず、仕事は順調だった。

普通に笑い、冗談も飛ばせた。

でも、相変わらず空虚感はなくならなかった。

どんなに仕事をこなしても、いくら食べても、呑んでも、

相変わらず、俺の心の中にはぽっかり穴が開いたままだった。

その穴を埋めようと、俺は必死に仕事をした。

しかし、その穴は消えるどころか、一層大きくなっていくようだった。

メンバー全員揃っての収録では、俺は気付けばいつも木村のことを意識していた。

そして無意識のうちに木村に呼びかけようとして、そこで気付くのだった。

木村はもういないのだ、と。



それからしばらくして、吾郎がうちを訪ねてきた。

その頃の俺は、どんどん成長する穴に、すでにもう飲み込まれそうになっていた。

頑張れば頑張るほど自分の首を締めているような気がした。

それでも、何もしてないと空虚感が一気に襲ってくるから、俺はがむしゃらに働いた。

仕事をしている間は余計なことを考えたり、感じたりしなくて済んだから。

「中居くん」

吾郎は家に上がってもしばらく黙っていたが、漸く切り出した。

「中居くん、あのね。渡さなきゃいけないものがあって」

「渡さなきゃいけないもの?」

「そう。これなんだけど―」

吾郎がそう言って一つの封筒を差し出した。

薄い空色をした封筒には、少し頼りない字で「中居へ」と書かれてあった。

「これって―」

「中居くんに、って預かってたんだ」

その言葉に俺はゆっくりと封を開ける。

そして中の便箋をそっと開いた。

中の文字もしっかりしたとはとても言えなかったが、木村の字であることはすぐ分かった。



  中居へ

  手紙なんて、書くの久々すぎて照れくさいけど、どうしても伝えたいことがあったから書きます。

  まずは…何、事故ってんだよ。あれほど安全運転のお前が事故るなんて。

  俺のことでも考えてた?なんてな(笑)

  まだ意識は回復してないみたいだけど、中居は絶対大丈夫。俺には分かる。

  まぁ、俺より先に逝くなんてことがあったら、あの世で再会した時を覚悟しとけって話だけどな。

  そして2つ目。お前、約束果たさないつもりかよ。まったく。結構楽しみにしてたのになぁ。

  でもまぁ、俺は寛大だから全部許してやるよ。

  あ、でも1つだけ。中居さぁ、まさか俺の見舞いに来られなくなったことで、自分を責めてないか?

  もしそうなら、大きな勘違いだからな。お見舞い行けないのはお互い様、だろ?

  俺らは一緒に居なくたって、通じ合ってんだから、大丈夫だって。

  悪いけど、俺は諦め悪い男だから、逝っちまってもお前のこと想い続けるぞ。

  だからって中居が俺のことずっと想っててくれる必要はないからな。

  まぁ、中居に限ってないだろうけど。俺のことなんてさっさと忘れちゃえ!

  

  最後に。SMAPのこと、ゴメン。ずっと一緒にやれなくて。本当にゴメンな。

  SMAP、頼むな。俺の所為でダメになったりなんかしたら、死んでも死にきれないっつの。

  マジで頼んだからな。まぁ、リーダー様が居りゃ、俺なんかいなくても大丈夫か。

  んじゃ、またな。何十年後かに向こうで会おう。

                                                      木村



なんだよ、これ。

それが最初の正直な感想。

なんて自分勝手で一方的な手紙なんだよ、って。

でも、すぐに気付いた。

木村は俺が返さないことを前提で書いたんだということを。

返事が来ないのが決まってる手紙を書くのはどんな気持ちなのだろうか。

「木村―」

俺は、気付けば泣いていた。

木村が逝ってしまってから、初めての涙だった。

 

2005/6/10(HINATA)