『真実』とかいうやつは
予想以上に俺を苦しめた
そして俺はその苦しみから逃げるために
『感情』を棄てた
17.
それからまた半月。
俺はまだ病室に閉じ込められたままだった。
もう普通に歩けるというのに、病室から出る時は看護師がいつもひっついてきた。
流石に精神的に参ってきていた。
でも、俺は強く問いただすことが出来なかった。
自分が事故を引き起こした所為でこうなったんだ、と思っていたから。
しかし、俺はまだ分かっていなかったのだ。
ここに閉じ込められている本当の理由を。
そう、事故のことなんかよりもっと大きな出来事が世間を賑わせていたことを。
その日、いい加減ストレスがたまってきていた俺は、夜中にこっそりと病室を抜け出した。
別に逃げ出そうとしたわけではない。
ただ、少し外の空気に触れたかっただけだった。
俺の足は自然と屋上へと向かっていた。
「ふぅ…」
屋上に着いて、柵に手をかけて外を眺める。
それだけで大分楽になった。
久々に吸う外の空気。
都内ということもあって、お世辞にも美味しいとは言えなかったが、
今の俺を充分癒してくれた。
と、その時、誰かが屋上へ昇って来る足跡が聞こえた。
慌てて俺はドアがあるのとは逆の方へ向かって、身を潜めた。
俺が居ないのに気付いた看護師が探しにきたのかと思ったのだ。
しかし、現れたのは看護師だけではなかった。
「ごめんなさいね、色々と」
そう看護師に言ったのは、紛れもなくマネージャーの声だった。
「いえ。とんでもないです」
「でも、そろそろ限界ね。今月中には退院させるわ」
「では、彼にも真実を…?」
2人が話しているのが俺のことだというのは明白だった。
―『真実』…?
姿は見えないが、俺は聞き耳を立てる。
「えぇ。事故のことも落ち着いてきましたから」
「そうですか…お相手も無傷だったとか」
「奇跡的にね。ぶつかったのは助手席だけだったから」
「同乗者がいらっしゃらなかったのが幸いでしたね」
「そうね。おかげでどうにか穏便にことを運べたわ」
―相手は無傷だったのか…
俺はその言葉にいささかホッとする。
「では、退院されたらすぐにお仕事を?」
「そうしたいと思ってるわ。私はね。ただ…」
「あのことを知ったら、難しいかもしれませんね」
―あのこと…?
自然と鼓動が早くなる。
「そうね。あのコの木村へ対する想いは尋常じゃないから」
―木村…?木村がどうしたって言うんだよ。
「そうですか…では、相当苦しまれるかもしれませんね」
―苦しむって、俺が?木村に何があったんだ?
「でしょうね。木村が死んだ、なんてそう簡単に信じられることではないと思うわ」
―木村が…死んだ…?!
「森山さん、大変です!」
別の看護師が駆けつけてきたらしいことを、頭の片隅で俺はぼんやり理解した。
「どうしたの?」
「中居さんが、いないんです!!」
「中居が?」
マネージャーの声が聞こえ、彼女独特の足跡が自分の方へ近づいてくるのが分かった。
「あの、飯島さん?」
「あのコ、何かあると昔から屋上に行くのよ」
看護師の声に答える声がすぐ近くでして、俺はゆっくりと顔をあげる。
「中居…」
恐らく、その時の俺は焦点さえ定まってなかったと思う。
「聞いてたのね?」
その言葉に俺は俯いた。
「何で、あんたはそうタイミングが悪いのよ」
そう言って、マネージャーは溜め息をついた。
それからあと、どうやって俺は病室へ戻ってきたのか憶えていない。
ただ、気付いたらまた同じベッドの上だった。
「木村…」
俺は小さく呟いた。
「木村…なんで…」
不思議と涙は出なかった。
ただ、もう、何も考えたくなかった。
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2005/6/6(HINATA)