あいつを必要としていたのは
あいつがいなくなるのを恐れていたのは
そして現実を受け入れられなかったのは
他の誰でもなく
俺だったんだ
10.
「正直申しまして、もう限界でしょう」
今、俺の目の前には、ずっと木村を診てきてくれた医師がいる。
その医師がゆっくりと、しかしはっきりとそう告げた。
「限界…」
俺はゆっくりと口の中で医師の口にした言葉を繰り返す。
「今は確かに病状が安定してます。目が覚めれば普通に会話も出来るでしょう。ただ…」
「ただ…?」
「彼の場合、決して無理なく出来る仕事ではないでしょうから、仕事の方はもう…」
予想できていたはずの言葉だった。
しかし、それは決定的なものでもあった。
「これからはこういうこともいつ起こるか分かりませんし、入院して頂きます。」
「…分かりました」
やっとのことで口を開いた。
「本人には、僕から伝えておきます」
木村には、俺から言わなければならないような気がした。
何故だか、そう思った。
木村の病室に向かう途中、嫌に頭の中は落ち着いていた。
木村が入院。
木村が仕事に復帰することはもうないだろう。
一緒に生活することももう出来ないだろう。
メンバーにも説明しないといけない。
SMAPはどうなるのだろうか。
いや、その前に俺は―俺はどうなるのだろうか…
気づくと木村の病室の前だった。
『木村拓哉』
一文字ずつ確かめるように、プレートを指で撫でる。
確かに木村の名前だ。
大きく息を吐くと、俺はゆっくりとドアを開ける。
特別室であるその部屋のドアは、随分と重く感じられた。
「木村…」
ベッドの上で上半身を起こし、静かに窓の外を眺めているシルエットが見えて、思わず声をかける。
「なか、い―?」
木村はゆっくりと振り返り、小さい声で俺の名を口にした。
「うん。起きてて大丈夫か?」
「あぁ。気分はいいよ」
木村はそう言うと、薄く笑みを浮かべた。
「そう。ならよかった…」
一瞬沈黙が流れた。
会話の糸口が見つからない。
入院のことや、仕事のことも伝えなければならないのに。
なのに、どう切り出せばいいのか分からなかった。
「あの、さ…」
「俺も、ついに入院かぁ」
「え…?」
俺の言葉を遮った木村の思わぬ言葉に驚いて問い返す。
「あ、図星?」
いたずらっぽく笑って見せる木村の顔に、カマをかけられたのだと気づく。
「うん…それと、仕事も、もう…」
「そっか」
あっけない木村の反応に思わず木村の顔を見つめる。
「なんだよ、変な顔して」
「いや…」
「俺はもう覚悟できてたから。今更あがいたりしないよ」
木村はそう言って天を仰いだ。
そして目を天井に向けたまま呟くように言った。
「あいつらにも、吾郎と剛と慎吾にも、ちゃんと説明してやらないとな」
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2004/8/7(HINATA)