をりふし短歌

2000年度版

■中国旅行(2000年1月3日〜7日)


初春の 魔都上海の 雑踏に 新たな世紀の 足音を聞く

霧閉ざす 三百余段を 上りきり 孫文眠れる 陵墓を拝す






楓橋に 佇み聞きし 鐘声に いにしえ唐の 張継憶う

靄立てる 古運河に舟の 浮かびたる 墨絵の構図 心にとどめおく

水寂の 蘇州運河の 白壁に 人民の心の 襞見え隠れす

商場の 地下にひしめく 古玩屋で 玻璃・玉・瓷胎の 鼻煙壺我呼ぶ






プラタナスの 樹下走りゆく 自行車に 中国躍進の 波を感じ取る



外灘の バーで奏でる 古き良き オールドジャズに 租界の響き

小寒の 南京東路の 人の波 WTO入りの 熱気伝えり

日溜まりで 将棋に興ずる 老人ら ひまわりの種を 食みつつ打てり




■1月10日成人式

晴れ着着て しゃなりといかぬ 足取りが ハッピーマンデーと いう感じかな

■近頃家によく来る猫

住みつきし 猫が顔見て ミャーと鳴く いつしか名前を ミーちゃんと呼ぶ

■かるた大会

大寒の 床にはいつき 歌留多とる 「むすめふさほせ」は 格好の餌食

バラ取りで 一枚でもと 思いしに 得意の札を 手元に並べ

■雑感

かがまれる 母の丸背の 小さきに 古稀の重荷が のしかかりをり

■きんさん逝く

兼好は 四十で死なんと 説きたるも 「きん」さんの如く 生きたくも思う

■庭の薔薇を見て

山茶花の 陰で咲きたる 冬薔薇 主役の春を 待ち望みつつ

■庭の薔薇が咲きかけて

緑雨来て 潤い増せる 庭の木々 一点凝視す コクテールの朱

■庭の木苺をとりて

木苺の 色づきたるを そっと取り いつくしみもて 口に運べり

■長田神社の節分祭

暮れ方の 長田の杜の 追儺式 かかる火の粉が 節を分けゆく

■立春の日に ( 牧本先生からのメール)

寒椿の 画像添えたる メール届き 心和める 立春の夜

■雪の積もれる日に

降りかかる 雪払いたる 山茶花に 息吹きかえす 赤味のぞけり

しんしんと 夜の更けゆきて しんしんと 雪の降りきて 胸に積もれり

■英国水彩画展にて

ターナーの 描く田園 水彩画 光と陰に 引き込まれゆく

■バレンタインデイの日に

「受け取って」妻の差し出す チョコレート ビター味にも 気遣い感ず

■綾部山梅林にて

山包む 梅の香りの 馥郁と 光の海へ 風運びゆく

■52回生卒業式に

紅白の 梅香る日に 胸を張り 未来予想図 描いて巣立つ




■早春の英国を訪ねて(2000・3/28〜4/

早春の 一夜明けたる 倫敦に 緑濃くせる 霧の如き雨

たおやかな リーズの城に 黄水仙と 桜の花が 今を飾り立て

ライの街 潮の香漂う 石畳 妻と歩める 早春の午後

田園に 草食む羊に エイボンの 緑の風が 優しく撫で吹き

見晴るかす 緑したたる 丘陵に コッツウォルズの 早春の風

鴨遊ぶ バートンオンザウォーターの 石壁に 昨夏の思い出 しるく見えたり

半年間 我を待ちたる 鼻煙壺と エイボンの街で 再会果たす

テドベリーに ひっそりたたずむ 家陰で 猫が一匹 我を迎える

緑なす 田園写真を 眺むれば 癒しの響き E・N・G・L・A・N・Dは



■55回生の入学式の日に

新たなる 希望纏える 制服に ミレニアムの年の 桜花照り映ゆ

■桜花を見て

春の夕 西日を透かし 咲き誇る 桜花の彼方に 霞む大橋

風流れ 桜花一枚 肩に止まり エポレットのごと 胸張り歩む

本を読む 気にもなれずに 車窓の外 見やれば桜花の 散り急ぎにけり

■長田高校創立八十周年を迎えて

八十経て 築き上げたる 伝統を 受け継ぎ往かん 誓い新たに

■フェルメールの構図

窓越しに 斜陽洩れ入り 顔に当つ 描き出したる フェルメールの絵

窓辺にて 繕いする妻に 光り射し 思わぬ出会いす フェルメールの構図に

■フェルメールとその時代展(12・6・10)

恋人を 待つが如くの 九十分 ターバンの少女が やっとふりむく

■庭の朝露を見て

葉脈に 沿ひてこぼれし 朝露に 夏のいのちの 輝きを見ゆ

芋の葉に 露集いきて 形変え 友を率いて こぼれ落ちたり

■紫陽花の季節に

折からの 煙雨に色づく 山紫陽花 小径を照らし 道案内す

■撒き水をしていて

撒き水の 描ける虹の 放物線 燕かすめて 鋭角に飛ぶ

■皇太后様の崩御の日に(2000・6・16)

崩御せる 皇太后の ほほえみと 昭和の時代が ともに消えゆく

■FM朝のバロックを聴きながら

スプーンより 落ちるミルクの 一滴 琥珀の時の 朝のバロック

■現代若者考

ピコぴこと メールを送る 携帯に 古にはなき 相聞歌の音

■コーラス大会

生徒らが 歌う『島唄』 うねりきて 沖縄の風と 梅雨明け運ぶ

■「ヒトゲノム」解読

「ヒト」なるは A・T・G・Cの 組み合わせ 「ゲノム」が「ゲーム」に 思えてきたり

■校内大会

ドンマイの 声が絆を 深め合い 勝ち進む子らに 目頭熱く

■2学期を迎えて

八月尽 車内に戻りし 学生の 日焼けの顔が 夏の勲章 

■メールが届いて

メール開け 結婚しますと 教え子の 文字がはずみて 目に飛び込めり

■電車の中で

携帯を 握りしめての 愛モード 一人笑いが 幸せ伝え

■9月の声を聞いて

長月に 暦変わりし その夜から 虫の音しだく 秋到来す

■好古園の観月会

仲秋の 月を求めて 好古園 白鷺の城に 寄りて輝く

■9月14日の誕生日に、クラスで

バースデイの 歌で授業が 始まれり 教師冥利の 47歳

■シドニーオリンピック開催

未知の国 オリンピックで 名を知りて 慌てて地図を 広げて探す

柔ちゃん 虹のマントに なき色の ゴールド得たり 八年越しに

人生の 縮図の如き マラソンで 楽しかったと 言えて幸せ

■帰りの電車で、向かいの席の女の子

明石から 東二見の 十分間 ずっと「おっとっと」 ほおばり続け

■体育祭

好天と 生徒に恵まれ 我がクラス 体育祭でも 栄冠を手に

熱と汗 歓声含んだ グランドに 祭鎮める 秋雨の降る

■若者事情

携帯で メール送りて 着信を 公衆電話で 確認しをり

■秋分の日に墓参して

時合わせ 路傍に咲ける 彼岸花 この日御霊に 血汐通わす

■秋雨の降る日に

ワイパーを かけて広がる 扇面に 描き出されし 秋の風景

■下校当番で

楽器置き 無人の部屋で 時刻む メトロノームが 静かに主を待つ

■秋祭り

ヨーイヤサ 秋天を突く 若衆の かけ合う声が 屋台を練り上ぐ

■鳥取西部地震

五年前を 思い起こせる 地震のあと 音信不通が 不安駆り立て

■体育の日(10月9日)

体育の日 晴天神話が 崩れ去り ハッピーマンデイが 虚しく終わる

■インターネット

ドットコム 数秒待てば 平安の 光源氏に 会える楽しさ

■灘の喧嘩祭り

御旅山 喧嘩御輿を ぶつけ合い 秋天に舞う ヨイヤサの声

練り合わす 人と屋台の 小宇宙 相対峙せる コスモスの花

■若田さん、ディスカバリーから

宇宙では 打てばすべてが ホームラン 新世紀には ルールを改め

■懸崖菊を見て

秋霜に 色冴え渡る 懸崖が 竜田の川の 錦織りなす

■生命保険会社の破綻

保険とは 破綻のニュース 聞きしより 命縮める 商品になりけり

■市が原に遠足

山間に 声こだまして 炊爨す 垣間見えたる 童の笑顔

■早朝の新聞受けにて

五時半に 朝刊探る その手元 冬の星座が 優しく照らす

■金木犀の木の下で

花こぼる 金木犀を 子ら集め 金平糖を 掬うごとくに

妻の新車はファンカーゴ

3733 新車の顔は 雨蛙 手足となりて 小回り利かせ

ハンドボール新人戦(11月11・12日

思い入れの 強き試合で 惜敗し ポーカーフェイスの 君泣きじゃくる

授業では 舟こぐ君が グランドで 先輩指示する 船頭になる

須磨の浦に沈む夕陽を見て

吊革の 輪架の向こうの 夕陽見て 絲綢之道ゆく 我重ねたり

■義母のこと(2000年11月20日午前10時30分死去、享年75歳)

義母不在 部屋に懸けたる カレンダー 四月のままで 時が止まれり

車椅子で 散歩する義母が 姿見の 前で必ず 立ち止まる日々

病院へ 戻るに義母の 靴紐を 結ぶ娘の 手に涙落つ

デイケアに 出かくる前に 口紅ひき きれいと言はれ 涙ぐむ義母(「兵庫教育」2001年1月号掲載)

諍いの ありし夫婦が 病機に 最後の絆 深めあう日々

一年に 我が家に 病者 二人出づ 96の 祖母を残して

義母あわれ いのち薄れゆく 際でさえ 「大丈夫です」と 主治医に答え

最期には 「お父さん、あり・・・・・・」と つぶやいて 夫の手をとり めされゆく義母


咲き初めし 白一輪の 山茶花を 義母に手向ける 初七日の朝(「兵庫教育」2001年3月号掲載)

二七日 読経の向こうの 義母の顔 魂落ち着き 微笑みかえす


喪に服す 葉書が呼べる 三七日は 親友集い来て 義母と談笑

中陰の 飾り片づけ ふと気づく 義母亡きあとの 部屋の広きに
(「兵庫教育」2001年3月号掲載)

中陰の 果てたる後に ふとよぎる 兼好唱ふ 無常の章段



鼻煙壺を眺めて


鼻煙壺を 燈火に透かし 眺めては 金瓶梅の 世界に遊ぶ






アンティーク・ランフ゜を灯し

ヌーボーの 優しき光 投げかける ランプの下で 聴くミサの曲


■片足をなくした鳩を見て

片足の 鳩を哀れと 見ておれば 我と目が合い 空に駆けゆく

■六時三十九分発の通勤電車で

五分半で 夜から朝へと 入れ替わる 冬至の前の プラットホーム

■新幹線の車窓から

左手に 霊峰富士が 笠かぶり 五十三次の 絵に加えたし

寒雨が 虹を架けたる 伊吹山 白無垢まとう 前の輝き



■銀杏の葉が落ちたテニスコート

裸木に されし銀杏の 葉が孵化し 蝶になりたち 木枯らしに舞う

■鼻煙壺展を見に東京へ(12月10日)

人間が 八重洲口から 吐き出され 師走の街へ 流れ出てゆく

101の 安室の巨大 ポスターが ニュースに流れ 我東京にいる

艶・麗・美 二寸余りの 美煙壺が 乾隆時代に 我を誘う


■校内大会(12月16日)

知らぬ間に 勝ち上がりたる 我がクラス みんながヒーロー みんながヒロイン




■上海にて(12月27日〜29日)

飯店の 窓にたゆとう プラタナス 異国の朝の 一幅の絵

卓上の カーネーションが 旅人の 心癒せる 花園飯店


淮海路を 歩いていると いつの間にか 日本にいる 我と錯覚す

帰国前夜 高ぶる心 押さえつつ ペン走らせば いつしか明天