をりふし短歌

1999年度版


■イングランドにて(1999年8月14日〜23日)

麗しの 緑まばゆき 英国の カントリーサイド バス走りぬけ

エジンバラの パブで使いし 最初の英語 「ハギス&ビター・ワンパイント」

ロッホ・ネス 神秘の湖面に 波立てば ネッシー現ると 誰か叫べり

緑なす ポターの描きし 故郷に 童心踊りて 思わずスキップ

チェスターの 木組みの壁に 入り日あたり 中世の面影 彷彿とせり


エイヴォンの 永久の流れの その奥に 静かに眠る シェークスピアの魂


倫敦の 地下鉄で行き先 尋ねしに 胸に残れる 紳士の気質

■通勤の車内にて

薄紅・朱鷺・黄金色に 染め変えて 古代の錦 纏える暁天

朝焼けの 空より洩れくる 日の光 神々しさ増す 大地の夜明け

東空に 紫雲描ける 水墨画 明けやらぬ間の 幽玄の世界

秋寒の 車内でまどろむ 心地よき 眠りを覚ます 携帯の音

三両目 久しぶりの はす向かい 四月に見しより 大人びた君

デリカシー そんなのあるかと 思いつつ 足を投げ出す 女学生見居り

土曜日は 次の駅まで 独り占め 吊り広告も 絵画展になる

女学生の かしがましき声が 飛び交うに つつましやかさの 死語なるを思う

連休の 狭間を走る 車輌には お疲れモードの 人の顔・顔

いつもより 一本早き 列車には 一本早き 幸せのあり

■帰りの電車で

震災後 新たな時を 刻みつつ 夜空に浮かぶ 天文時計

予想紙に 鉛筆走らす 老人が 千円札を 出しつ戻しつ

十七時半に 乗ったからねと 携帯して 着いたら駅に 妻と愛犬

教え子と 語らい帰る 車内では 時間の移ろい しばし忘れて

終電で 中島みゆき 聴く時は 恋し切なし 懐かし寂し

携帯が 結ぶ恋より 忍ぶ恋の 式子の時代に 心惹かるる(「兵庫教育」2000・11月号掲載

見上げたる 吊り広告の 梅たより 仕事に紛れ ゆとりを忘る

真向かいの 顔黒の娘が 振り向くに ダッコちゃんを 思いだし笑う

■学校点描

昼練に 弁当掻き込み 走り出す 母の愛情 味わう間もなく

文化部の 発表会の 主人公 ヒロイン目につき ヒーローいずこに

図書館の 机に長き 影落とす 冬至の午後の 老いた裸木

英国の 旅で癒され 中国で 元気をもらい 新学期迎える

暖冬の 朝窓開け放ち 顔に当つ 風のにおいに 心なしか春

息凍る 周回走を 終えし生徒ら 受験を征す 熱立ち上る

落ち葉焚く 灰の中から 掘り出せる アルミハクの芋 宝物に見ゆ

校門の 脇でほころぶ 紅梅を 駆け込む生徒 あはれとやは見ゆ

ハレルヤの 心を揺さぶる 大合唱 学年末の フィナーレ飾る

ピロティーに 乙女らが踏む ステップと 伸ばせる肢体 春躍動す

風薫る 清か緑の 降りかかり 文化の祭りに 生徒らはじける

■定期考査

数学の テストの間 鳴り響く 静かな教室に 鉛筆の音

まあまあね できなかったと 言いながら 帳尻あわす 長田の生徒

試験前 復習プリント 配るや否や 「この問いでますか?」(そんなの聞くなよ)

検閲し 返すノートに 出題の 箇所に赤もて ついルビを付す

隣より 鉛筆走る 軽き音 我の心の リズムを狂わす

絡まりし 緊張の糸が 嘘のごと 終了チャイムで 見事にほどける

■教室から中庭を眺めて (長田高校

回廊に アール・デコの 秋の風 見上げた先に 鋭角の学塔

■漢文の授業

「仁は愛」 新たな世紀 前にして 孔子の教えを 切々と説く

■授業中に

グロリアの 聖なる声の 流れきて チョーク持つ手を 思わずとどめる

■12月1日よりSECOMの機械警備に

学校が 機械警備に 変わるとき 「宿直員さん」の ぬくもりも消ゆ

■明石海峡大橋を見て

西日さす 明石海峡 見ておれば 波間に漂う 金の鳥たち

垂水の海 夜のしじまに 浮かぶ大橋 目を疑へり 蛍の舞かと

晩秋の 光かがよう 垂水の海 釣り糸の先に 淡路島見ゆ

追憶の 須磨の浦風 帆に受けて 松原ごしに 源平の船

落日を 背にして架かる 大橋を 太宰はきっと おきまりという

■芸術の森美術館にて


秋陽さす 朝来の森に 抱かれて 長き影落とす 彫刻の群れ

■長田神社附近にて

金木犀 梅の花にも 劣るかは 通りすがりに 香降りかかる

東空の 艶なる満月の その下に ダイエーの円の 欠けて傾く

■オランジュリー美術館展にて

秋霜日 古都平安の オランジュリー 巴里の香ほのか 印象絵画

■新門前通りをぬけて

夕まぐれ 門前通りに 影まばら 李朝の壺を 燈火照らせり

古玩屋で 出会いし猪口の 冴えた藍 名脇役の 金のつくろい

■東寺の弘法市にて

神無月 秋の日ざしに 背を押され 語らい歩く 弘法の市

■一年四組の教室で

パキラの木 カーテン越しの 日ざし受け 冬に備えて 両の手広げ

■学校近くの路地裏で

日溜まりで 毛繕いする 雌猫が 近づく影に 姿勢正せり

雨の降る 気配を感じ 燕が 地表かすめ飛び 我に告げゆく

■部活動の練習で

暮れ泥む グランドで球追う 肩越しに ハンドアップと キーパーの声

寒風を 突き破る声 張り上げて 蝶の舞いから 放てるシュート

■百円ショップにて

ワンコイン 何でも揃うが フレーズで 行ってはみたが あるものばっかり

■晩秋の早朝

空気凛 まだ明けやらぬ 空見上げ 余韻残せる 有明の月

木枯らしの 吹き冴えわたる 星空の 北斗の杓で 願いをすくう

■飾磨駅のホーム近くで

木犀と うどんだしの香 混ざり合い 何か複雑 通勤の朝

夕日受け ホームに長き 己が影 背後に迫る 死をふと思う

■長田商店街の裏通りで


軒下の 季節はずれの 風鈴が 涼しさ越えて 寂しさ伝える

■加古川鉄橋を通過中に

加古の川 朝靄かかる 銀幕に 水鳥飛び立ち 一日始まる

川面に 黒き点描 残しつつ 鴨の親子の 整然と泳ぎゆく

■伊保の入り江を見て

靄かかる 入り江につながる 小舟の群れに 光と影の ターナー想う

■十一月一日朝方から強い雨、プラットホームにて

週明けの やらずの雨に 気持ち萎え 通勤電車 一本見送る

秋雨が 点字ブロックに あたる時 ふとよぎりたる 福祉の心

雨しずく 傘を伝いて 流れ落ち ホームに残る 「休」という文字

■好古園で「東山焼」(藩窯)の展示を見て

木洩れ日に 透けて輝く 紅葉に 錦繍の秋の 訪れ感ず

好古園 池巡り吹く 秋風に 東山磁器の 色冴えわたる

■姫路城の菊花展

白鷺の 破風美しき 城を背に 競い立ちたる 秋しくの花

■学校の帰り、神戸高塚高校の教え子に出会う

黄昏に 微笑み投げし 女性見れば 教え子なれど 名前出て来ず

■須磨寺にて

秋葉照る 敦盛ゆかりの 須磨寺に 一弦琴の いにしえの音

ダルシマと 一弦琴が 奏でる音 一ノ谷から 須磨の浦へと

須磨琴を ダルシマに替え 奏でたる アイルランドの 哀愁の曲

■高速長駅の地下道にて

地下道で 行き先知れず たむろする 風のいたずら スカート押さえ

■十一月十二日天皇在位十周年の日に

頭下げ 居眠る車内の 上方に 在位を祝う 国旗掲げり

■十一月二十二日

「いい夫婦」 キャッチコピーに 立ち止まり ほんとにそうかな ふと考える

■姫路市美術館

パリ郊外 フォンテンブローの バルビゾン ミレーコローに ルソーにデュプレ

■「しょうち会」の集まりにて

同志とて 語らい合える ひとときも ある一言で 冷めてしらける

■京都東福寺の紅葉狩り

照る紅葉 見下ろし見上ぐ 通天橋 人波とぎれ シャッターを押す

■飾り棚の蕎麦猪口を眺めて

藍・青・紺 集めし猪口が 年齢越ゆ 初期高台の 時代の重たさ

四君子の 伊万里の皿に 猪口坐り 引き立て合える 二世紀の縁

■吊り広告の「年末ジャンボ」を見て

3億円 買わずに越せるか 年の暮れ 買わずに越したい 年末ジャンボ

■不登校の生徒を思い

教え子が 心の病で 休みをり 通勤の道 ふと変へてみる(「兵庫教育」2000・9月号掲載)

教室に 入るや探せる 白き顔 恋人のごと 居るだけで嬉し

不安がる 迷える子羊 前にして 「白紙でいいよ」と 口をついて出づ

■ルミナリエ

漆黒の 闇に浮かびし ルミナリエ 忘るるなかれ 復興の灯を

■木村大のギターコンサートにて(松方ホール)

十七歳 木村大なる ギタリスト 弾く弦から 革新の音色

サッカーを 捨てて選びし ギターの道 奏でる音色に アンダルシアの風

■12月17日、吉翔でシタールを聴いて

とばり下り 聖夜に奏でる シタールの 幻想という 美酒染みわたる

■列車事故で通勤電車遅れる

事故告げる 車内放送が 焦り増す 時計の針を 急がせるごと

■年末の大掃除に

年の瀬に 納屋で見つけし 日記帳 箒持つ手を しばしとどめん