をりふし短歌


2006年度版


■母の死(2005年12月31日午前2時頃)

 うんうんと母うなずきしが午前零時2時間後には冷たくなれり

 眠るやうに逝きたる母の右手には数珠を固く握りしめをり(月刊「兵庫教育」平成18年3月号掲載)

 八十路越え逝きたる母の白き顔かほどに美しきものかと思ふ(月刊「兵庫教育」平成18年3月号掲載)

 大晦日早晨母の逝きたまふ除夜の鐘の音無常の響き

 母親の棺の横で枕並べ喪主の挨拶繰り返しつつ寝ぬ
 
 骨壺に最後の最後に納むるが「喉仏」なるはあるやうこそは

 引き出しの母の遺品の底の底我が文包みにしまはれゐたり(月刊「兵庫教育」平成18年3月号掲載)

 焼香の煙の向かふの母の顔何も語らずただただほほえみ

 二七日正信偈あぐる我が声を誉むる導師にはにかみ返す

 母の日に贈りしブラウスそのままにしまひゐたるに染み二つ三つ

 中陰の飾り片づけ母の部屋のあまりの広さに我立ちすくむ(月刊「兵庫教育」平成18年5月号掲載)

 義父さんはお元気ですかが口癖の実母の先に逝きたる晦日

 亡くなりし母と我をつなぐのは七日七日の南無阿弥陀仏(月刊「兵庫教育」平成18年5月号掲載)

 元旦に生まれし弟早五十大晦日に母生涯を閉づ


■58回生卒業の日に(2月28日)

 紅白の梅花ほころぶ巣立ちの日三年の思ひを短歌に託して


■解散旅行(博多ー筑後吉井・太宰府)

 雛の家招じ入れられ耳にする筑後なまりが旅情かきたて

 飛梅の香の行く手には雅なる菅公ゆかりの曲水の宴


■愛犬マミーの死(3月9日)

 二十年妻との間に添ひゐたる愛犬逝きし午後からは雨

 一人逝き一匹後追ひ残されし夫婦は黙してテレビを眺む


■61回生入学式

 花散らしの雨恨みつつ新しき子らを迎へて始まる三年(月刊「兵庫教育」平成18年7月号掲載)

 目が合ふもまだ名も知らぬ君なれど我の心に棲みつきさうな



■桜の季節に

 風流れ花びら流れてひとひらが肩にとまりてゆるりと落つる(月刊「兵庫教育」平成18年7月号掲載)


 春風が花びらくすぐり窓辺より新書の上にハートが一枚

 石仏の寄り添ふやうに駅舎あり無人・単線・名は「ほっけ口」



■六甲山全山縦走(第1区)

 春嵐黄砂と思ひ出募らせて須磨の浦へと歓声運ぶ


■岩盤浴にて

 岩盤に汗のしたたり落つる見て五分延ばして体重計に


■鷺澤萠を悼む

 「葉桜の日」に読み返し早世の作家の非凡さ我が胸を打つ


■友の便りに

 なつかしき女文字なる手紙には我が国憂へる詩集添へられ


■歓送迎会(5月19日)

 ふた月の隔たり埋むる二時間半杯を傾け旧交温む


■教育実習(6月5日〜)

 教え子が教壇に立ち二週間我もいつしか「先生」と呼び


■偶感1

 散髪の期間延ばしてその分を愛犬にあて我悦に入る

 茶髪消えルーズソックス見かけぬも携帯見せて存在アピール


 国体が秋を早めて新学期テストに授業いまだ八月

 そぼふれる雅びの雨に軒を借り長居をしたり古伊万里の店(月刊「兵庫教育」平成18年9月号掲載)

 
撒き水の描ける虹の放物線を燕かすめて鋭角に飛ぶ(月刊「兵庫教育」平成18年9月号掲載)


■愛犬ヤンク


 芥川ならぬ川べり犬を率て露と言へども首かしぐのみ

 他の犬に「かわいいね」とは言ひつつも別れて後は「お前が一番」

 リード引く力みなぎるその先に彼お目当てのトイプードルが

 山桃を鼻でころがし食べたくもダメと言はれて睨み返しをり

 散髪の期間延ばしてその分を愛犬に充つ我は親バカ


■高校野球決勝戦

 「苫」の字が「苦」の字に見えて早実がさわやかに勝ち夏燃焼す

 グランドに長き影見ゆ張り上ぐる声も味方し均衡破る


■偶感2

 年重ね伊勢物語生徒らと読み哀しみ深き愛を知りゆく

 心電図撮るに胸部に置かれたる冷たき円盤鼓動早める(月刊「兵庫教育」平成18年11月号掲載)

 秋夕の光に浮ける彼岸花時を合はせて咲きゐるを見ゆ

 ご苦労さん最後の一個穫り終へてトマトの支柱を朝畑に抜く(月刊「兵庫教育」平成18年11月号掲載)

 一本のかがやく白髪とりわけて老いの中なる「貫徹」を見つ
(月刊「兵庫教育」平成18年11月号掲載)


■偶感3

 餌を食める雀の軽きスキップに松葉杖つく患者ら無口(月刊「兵庫教育」平成19年1月号掲載)

 点滅の信号ひとり待てる時孤独の影の長きに気づく

 いちゃう葉の散り敷く上に舞ひ下りしばかりのやうなもみぢ葉一枚

 目に利くとブルーベリーの一粒を期待をこめて今日から三粒に

 車窓に映る女子高生の会話聞き個性見ゆるを見るとなく見る

 指折りて五・七・五ではたと止まり短歌ふ苦しみ生徒らは味はふ

 風なきに確かに揺るる木下にてつがひの猫が我を凝視す

 数αに苦戦強ひらるる君の目は二十六回時計を睨み(月刊「兵庫教育」平成19年1月号掲載)

 カップル二人のつなぐ手我の行く手阻み帰宅電車を一本逃す

 教育が音を立てて崩れゆくゆとりのつけは未履修・いじめ

 デイケアでコスモス畑に行ったよと入れ歯はずせる義父饒舌に

 近頃は交番の前に立つ警官昔は確かにあった風景

 交番の前に立ちたる若警官朝日に向かひて数回欠伸す(月刊「兵庫教育」平成19年1月号掲載)

 グランドに校長佇む長き影に足立ち止まり声かけられず

 
満員の車内で鎮座するゴミ袋人は見つめて吊り革を持つ(月刊「兵庫教育」平成19年3月号掲載)

 目覚ましの鳴る十分前に目が覚めて今日一日を頭に描く
 
 甥っ子が新妻連れ来ていつもより笑ひに包まるる義母七回忌

 ウインドウに背筋伸ばして姿映し拳握りてよしと駆け出す