をりふし短歌
2004年度版
■冬の北京にて
黄昏の紫禁城のそこここには夢と悲劇がこぼれ落ちたり
冬の影を背負ひて横たふ龍のごと天を目指して男坂を征く
すり減れる勾配急なる石段の歴史踏みしめ龍の背を登る
我が国の不安をよそに大陸の随所で見られし年金ダンス
■高砂神社に初詣
甲申の元旦に訪ふ高砂の尾上の松は緑なりけり
■坂本先生(92歳)からの年賀状
DMの賀状の中に目を止むる92翁の水茎の冴へ
■偶感
新しきドラマの展開期待して「今日から車両換えてみようか」
「じゃあ乾杯!」とジョッキをあげたその先に携帯差しだしメール打つ妻
ケータイを持たるサルにはなるまいといきがる我もつひに屈せり
定期券を銜へこんでは吐きすつる人生の縮図ここにも見えたり
眼鏡ずらし吊り広告の文字を読む三枚先で老いが見えたり(月刊「兵庫教育」平成16年3月号掲載)
暗闇のホームに並ぶダルマたち手足すくめて白い息吐く
6時半回送電車が動き出し後を朝日が追いかけていく
菜の花の盛りを見れば西湖なる蘇堤煙れる山水画の見ゆ
■模擬試験の朝に
校門を脇目もふらず通り過ぐその傍らで白梅笑ふ
模試の朝校門駆け込む生徒らに見つけられたく紅梅の咲く(月刊「兵庫教育」平成16年5月号掲載)
パソコンに生命吹き込むインストール産声聞きてダブルクリック
■須磨寺の日曜市
須磨の浦東天旭日海光り春を抱きて敦盛塚へ
■弘法市にて
小春日に背中押されて妻とひがな語らひ歩く弘法の市(月刊「兵庫教育」平成16年5月号掲載)
■布引ハーブ園にて
布引の滝を眼下に見下ろして夢風船にが我を運びゆく
コリアンダーレモンバームにチッコリー妻に誘はれ講習を嗅ぐ
■卒業式
3年が走馬燈のごとく駆けめぐり1時間後に今こそわかれめ
■中庭の木蓮が咲いて
春日浴び毛皮のコート脱ぎ去れる白木蓮の肌のまぶしさ(月刊「兵庫教育」平成16年5月号掲載)
■通勤電車にて
考査中列車一本遅らせばいつもの他人も同じ車両に
苦笑い女子高生のメモ見れば丸文字絵文字のワンダーランド
■鳴門観潮
渦の道に木の葉舟舞ひ旅人は春のしぶきに歓声をあぐ
■いざなぎの宮にて
春の雪に連理の大楠すくと立ち妻とかみしむ夫婦の絆を
■桜の花へ
追憶とともに生きたるさくら花思ひを預け今年も眺む
兼好言ふ花は盛りを見るものかはと我もかたほにあはれを感ず
情念をこめて咲きゐる桜花月影うけて光りをりたり(月刊「兵庫教育」平成16年7月号掲載)
■鷺沢萠の突然の死に
「葉桜の日」を待つごとく命絶つ萠は花の盛りを見しか
■六甲縦走(4月22日)
山中で交わす挨拶「こんちは」が疲れし足をもう一歩前へ
■偶感
この子らにこの1年を預けたい密かに期する教師の勘に
「焼けたなぁ」ー「うん」と白い歯見せた君、それでいいんだ、僕も嬉しい
掌中の玉のやうなる木苺を壊さぬやうに口に運べり(月刊「兵庫教育」平成16年7月号掲載)
■津山で見た鯉のぼり
薫風を楽しむごとく鯉のぼり二十余匹が川面に舞へり
■大原ー武蔵の里にて
ブーム去り緑陰の下に眠りをる武蔵の墓に我ややおとなふ
■歓送迎会(5月21日)にて
宴会のビールの醸すうたかたに苦楽閉じこめ一気に飲み干す
■中間考査の監督で
裏返す解答用紙をのぞきこみあきらめるなと風送りやる(月刊「兵庫教育」平成16年9月号掲載)
シャーペンの中で一本輝ける「合格祈願」の鉛筆走る(月刊「兵庫教育」平成16年9月号掲載)
顔上ぐる間もなく終了チャイム鳴り答案見つめ放心状態
「先生のためにテストをがんばるわ」嘘でもうれしい君の一言
■ハンドボール総体(5月30日)
試合終へ悔し涙のその後は笑顔とピースで記念写真
■梅雨の一コマ
水張れる遠田の蛙声枕にし眠りに落つる夜も沈々
早乙女の腰をかがめて苗植うる姿に米のありがたさを知る
憂き梅雨に和して同ぜずあじさいの濃き紫は孤高の姿
■夏至の日に
夏至の朝台風一過晴れに晴れ洗濯し終はり目覚ましの鳴る
夏至の夜は燭涙眺め歩み来し五十路を重ねてふっと吹き消す
■作州武蔵温泉にて
七夕に湯煙越しに声交はし織り姫を待つ彦星の我
■盛夏の下の補充
蝉時雨割れたる空より降りかかり補充の声もかき消されたり
■早朝の散歩にて
夏の朝稲葉の露の大きさが実りの秋を予感させゐる
■ニュージーランドを訪ねて(8/17〜24)
雷鳴と乱気流のなか手を握り妻の愛知る旅の始まり(月刊「兵庫教育」平成16年11月号掲載)
目覚むればマウントクック迫りきて妻驚かさんとカーテンを閉づ
ポッサムは害獣なれど日本ではセーターとなり日の目を見たり
群青の湖面に聳ゆ司教帽目の当たりにして思はず脱帽
雨上がり間欠泉の彼方には虹かかりたりロトルアの空
息ひそめ目を凝らし観る土ボタル漆黒の闇の大星座群(月刊「兵庫教育」平成16年11月号掲載)
面影を色濃く残すアロータウン140年前にタイムスリップ
手で作る双眼鏡にて見つけたるサザンクロスに歓声を挙ぐ(月刊「兵庫教育」平成16年11月号掲載)
3時間時計の針を戻しつつキウイワインで旅締めくくる
夕餉にて旅を語れる老夫婦の夢とロマンを肴に酔へり
「キヨラー」に答ふる笑顔がうれしくて一日だけのマオリの人になる
ふわふわに見えし羊の毛は固くはさめる指に熱のぼりくる
■台風18号のあと
台風が一夜で秋を運びけり色づく前に落ち葉となれり
90度角度を変へて白き目が眦裂きて列島うかがふ
塩害で黄朽ち葉となるその中に二輪の桜健気に咲きをり
■列車の車内
見回せば夏・秋・冬が同居せる長月半ばの通勤電車
靴揃へ正座して乗る幼子に親の躾の垣間見えたり
■偶感
列島の南に横たふ雲一反夏の帯解き秋を締め込む
川縁でパン屑巻ける患者らは等間隔で水面を凝視す
ああ義母よ君が名で来る旅案内ともに泊まりし宿見て涙す
片づけの合間に見つけし日記帳ページに残る我の足跡
盲目の少女が叫びしWATER心の闇に光射し込み
■体育祭40人41脚
N+1の脚を繋ぐ紐6秒6で心も一つに
■おでんの季節
「小鼓」を枡に注いで塩をのせ黄金色なる大根をまづ(月刊「兵庫教育」平成17年1月号掲載)
■秋祭りに
ヨーイヤサー 御輿練り上ぐる男衆の声は宙舞ひしで竹天衝く(月刊「兵庫教育」平成17年1月号掲載)
■新潟中越地震
SOS 水 パン ミルクの白き文字救援ヘリよ見つけてくれぬか
山割れてライフラインが断たれをる陸の孤島に追い打ちの雨
避難所に慈愛の光投げかくる皇后さまにマリアを重ぬ
■奈良公園に遠足(11月2日)
天平の木漏れ日受けて飛火野に牡鹿は妻を求めつつ鳴く(月刊「兵庫教育」平成17年1月号掲載)
瞼閉ぢ再現されたる箜篌の音が絲綢の道に我を誘ふ
■修学旅行を前に(北海道・ルスツ)
黒板のあと何日が減るにつれ生徒の胸に雪積もりゆく