第2章:融 和 【8】
セフィロス自身の口からスコールを自分付きの秘書官にすると聞いて、最初は唖然としたザックスだったが、時間が経つにつれて面白いと思うようになった。他人と距離を置いたつきあいをモットーとしているような人物が、それだけの執着を見せる人間がいるということに新鮮みを覚えた。
文官とはいえ軍属になる都合上スコールに制服が支給されると聞いた途端、ザックスは試着してみせろとせっつきにせっつき、不承不承スコールから約束を取りつけるのに成功したのである。
約束した以上その約束を破るような相手ではないことは熟知していたので、土壇場で逃げ出すことはしないと、ザックスは軽く口笛を吹きながらスコールの帰りを待っていた。もう上機嫌も良いところである。
その横で、クラウドは複雑な表情を浮かべていた。ザックスのお祭り好きはよく知っているが、思い知らされているともいう、スコールにごり押ししてまで試着した姿を見たいと駄々を捏ねていたとは思っていなかった。
「そんなに、見たいのか?」
思わず口からそんな言葉が洩れてしまう。
ソルジャーの聴覚は半端じゃなく鋭いから、それがどんな小さな呟きだとしてもザックスは聞き逃さなかった。
「ったり前じゃん!絶対似合うって!」
文官の制服って兵士のそれよりデザイン良いもんな、おまえにも着せたいくらいだぜと今度は鼻歌が出てくる始末だった。
男女問わず美形には目のないザックスの主張は理解不能なほど力強く、クラウドはがっくり項垂れるしかなかった。
そうこうするうちに居間の入り口の方に人の気配が感じられた。
「待たせたな」
低く響く声音に二人は反射的に入り口へと顔を向け、固まった。
目があったと思った瞬間、その場に硬直してしまったザックスとクラウドに不審を抱いたスコールは、足裁きも鮮やかに二人の目の前に歩み寄った。それでも二人から何の反応も返ってこない。
「ザックス?クラウド?」
名前を呼びかけても二人は無反応のまま、スコールを凝視し続けている。
二人はたっぷり数分間、硬直したままだった。
やがて硬直の溶けたザックスは、はっとしてポーチからPHSを取り出した。そして急いでリビングルーム居間を飛び出すと廊下でこそこそ何処かに電話をし始めた。
クラウドは微妙に引きつった笑いを見せながらスコールに向き合うと、
「・・・・・・よく似合ってる」
それだけ言うとぱっと視線を明後日の方向に逸らし、後は貝のように押し黙ってしまった。
どうしても着て見せろと言われて嫌々ながら披露して見せたというのに、二人の態度はあんまりすぎてスコールの額に青筋が浮いてしまったとしても、誰にも責められはしないだろう。
スコールの背後に不機嫌のオーラが立ち上るのを認めたクラウドの顔が引きつった。いつもの無表情ぶりに怒気がまぶされ、直視するのに勇気がいるくらい迫力満点のスコールがこちらを見て立っている。
一触即発の状況下に置かれたクラウドが首を竦めて入り口を見遣れば、電話をかけ終わったらしいザックスが戻ってくるところだった。
縋る眼差しを注ぐクラウドに、ザックスは脳天気に笑ってみせるとスコールに視線を投げ、
「すっげぇ似合ってるな〜、今度、一緒に写真撮らせて」
派手にウインクしながらそんなことを宣い、サーも、勿論クラウドも一緒にだぜ〜などと、実現可能かどうか怪しいことを楽しそうに口にするのだった。
スコールが一気に脱力したのは、言うまでもない。
それから時を置かずして、急遽屋敷の主が帰宅した。何か細々としたものを手ずから持ってきたのだろう、珍しく肩に大きなザックと片手に革袋があった。
どうやらザックスが何某かを考えて連絡した結果らしいが、事情が把握できず、スコールは困惑気味に出迎えることとなった。
セフィロスの姿を目にしたクラウドは緊張のあまり再び硬直状態に陥り、ザックスは軍服姿のスコールと一緒に並んで立つセフィロスを見て、すっげぇ写真に撮りてぇなどと思っていたりする。
「これをつけろ」
そう言いながら、セフィロスはつっけんどんに手に提げていた革袋をスコールへと突きつけた。
以前にもこんなことがあったなと思いつつ素直に受け取ったスコールは、間髪入れず袋の口を開けた。中身を確かめたスコールは意味が判らず、贈り主に目線でその真意を問いかけた。
「顔を隠せ」
端的に言われて、スコールは苦虫を噛みつぶしたかのような渋い顔になる。今の自分の姿はそんなにも凄い物なのだろうかと悩んでしまう。似合ってるというのはあくまでも社交辞令で、顔を隠さなければならないほどひどい姿なのだろうか。自分の容姿にまるで疎いスコールの思考は、明後日の方向へ巡らされていた。
珍しく感情を露わにしている姿に、思わず苦笑するセフィロスだった。自分たちが何を心配しているのかまるで判っていないその様子に、思わず笑みを浮かべてしまう。
そんな様子の二人を見ていたザックスがカメラ寄越せぇ〜と心の中で絶叫していたのは言うまでもない。
その傍らで、クラウドは笑う英雄の姿にますます固まってしまった。
「これからはオレの傍にいることになるんだ。必要以上に顔を覚えられたくはないだろう?」
言外に多大な意味を籠めたつもりだが、恐らくそれを理解していないだろうことは十分承知していたが、それでも言わずにおれないセフィロスだった。自分の容姿について認識不足な相手に、それを悟れと言っても無駄なことは判っていた。
渋い顔のまま、スコールは袋の中身を出してみせる。
がさがさ音をたてて袋から取り出されたそれは、制服と同色の軍帽と、目元を完全に覆い隠すサングラスだった。
サングラスをかけて顔を半ば以上覆い隠し軍帽を目深にかぶれば、先刻まで放っていた迫力が半減した。その口元から顔の造作が端正なことは易々と想像できるが、それでも素顔を見せている状態よりは、目の毒だという点において、かなりましになっていた。
それを満足げに見つめたセフィロスは、背負っていたザックを下ろして中身を居間のテーブルの上へ並べ始める。
ごとごと重い音をたてて次から次へと取り出されるそれは総て武器だった。
「おまえの愛剣は目立つ」
文官待遇の者が持つような武器ではないと言われ、スコールも納得顔で首肯した。
テーブルに並べられたのは銃やナイフが数種類。どれも衣服の下に忍ばせることが可能なサイズのものばかりだった。
スコールがどんな武器を選ぶのか、クラウドは興味津々という顔でその手元を見つめた。
スコールの手がまずは拳銃へと差し伸べられる。並んでいるすべての銃を手に取り、そのグリップの感触を確かめる。そのなかから一番馴染むと思われる銃を脇によけた。
次にその手がナイフへと伸びたと思うと、一番オーソドックスなそれを手に取った。グリップを握り込み軽く振り回してみせる。それで納得がいったのか、それを脇によけた。そしてもう一度ナイフの中から、今度は暗器として用いられる部類の物を手に取り、それも脇によけた。そしてついでのように一番最後に出されたワイヤーにも手を伸ばす。
「銃をあと2丁、ナイフはもう1本、スローイングナイフの方は・・・装備可能な数だけ。それと、もっと丈夫な軍靴が欲しい」
自分がよけた武器を見下ろしつつ、スコールは淡々と己の希望を口にした。
セフィロスはその意見をそのまま受け入れ、明日には揃えておこうと確約した。その口元には苦笑が浮かんでいた。
セフィロスがそれ以上口を開こうとしないことを確認したザックスは、軽く息を吸い込み、
「あのさ、スコール」
もしもし?という感じに武器を見つめるスコールに声をかけた。
「そんだけ武装する必要、あり?」
拳銃を3丁、ナイフを2本、スローイングナイフは装備できるだけ、さらにはワイヤーソーという武器の多さに、頬がひきつってしまうザックスだったりする。はっきり言ってスコールの要求した内容は護身というレベルではない。短距離および近距離戦に重点を置いた完全な武装である。通常ならば文官待遇の人間が扱えるはずのない装備なのだ。
「平時はともかく、いざとなったらこれくらい必要だろ?」
最低限の装備だけどなと、淡々とだがきっぱり言い放たれた言葉に、ザックスは返す言葉が見つからなかった。
クラウドはと言えば、スコールの選択した武器の内容に衝撃を受け、ただ呆然と佇んでいた。
翌日スコールはセフィロスから、『クイックシルバー』3丁、『サバイバルナイフ』2本、『スローイングナイフ』6本と、鋼鉄製の『ワイヤーソー』を2本渡された。それに加えて銃を装備するためのショルダータイプのホルスター、これは左右それぞれ1丁ずつ入れ込むことが出来る、を1つ、ベルトに取りつけるタイプのヒップホルスターを1つ、ダガーを仕込むためのホルダー、これには最大3本までダガーが入れられる、をベルトの脇に取りつけられるタイプの物を2組、それとナイフが装備できるようホルダーがあらかじめ取りつけられている丈夫な軍靴を渡され、またそれ以外にも、予備弾倉を多数とベルトにつけるタイプのパウチも手に入れたのである。
◇
リビングルームの大きなテーブルの上に適当な布を広げ、スコールはそれを占領するようにして銃の手入れをしていた。手に入れたばかりのそれの扱いに早く慣れようと、手早く分解して組み立てるということを数回繰り返す。銃の構造は自分が知っているそれと似たり寄ったりだったから、スコールの手つきは迷いが全く見られなかった。一番最初は確かめるように丁寧に、二回目以降は素早い手つきで分解組み立てを行った。
それを傍らで見ていたセフィロスはどこか感心したため息をついていた。
これから銃の試し打ちに行くのだというスコールに付き添って地下の射撃訓練場に足を運んだセフィロスは、さらにそこで感嘆のため息をつくことになった。
断続的に発射される銃弾は、ほぼ同じ場所に命中する。銃弾を撃ち尽くした後の的に残された着弾の跡は、ほとんど誤差が見受けられなかった。
射撃時のスタイルも見事なもので、銃を支える両腕が反動を完全に抑え込み、ほとんど銃身がぶれることはない。
一通り銃の感触を試したスコールは一旦銃を置き、後方でそれを眺めていたセフィロスの元へ近づいていった。
壁面に提示されたスコアを見つめていたセフィロスはその気配に気づき振り返ると、思った以上に近くにまでスコールが歩み寄ってきていたことを知った。受けた衝撃があまりに大きくて、感覚が狂ってしまっているらしい。
「久しぶりに銃を使ったけど、案外腕は鈍っていないみたいだ」
ご機嫌と言っていいくらいはっきりと笑みを浮かべたスコールの顔は、少々幼さを感じさせる屈託のない表情だった。
「おまえは剣技が得意なのだろう?なのに何故そこまで銃が扱える?」
代わりの武器を勧めたとき、スコールがあっさり銃を選んだことに疑問を覚えていたセフィロスは、そう問いかけていた。
一瞬、何を言われているのか判らないという表情を浮かべて見せたスコールだったが、すぐに相手の質問の意図を感じ取った。
「俺は傭兵だ。だが、借りだされるのは何も戦場ばかりだけじゃない」
抑揚を消し去った声の紡ぐ言葉が、射撃場に淡々と響き渡った。青灰色の瞳に、暗い暗い翳りが宿る。ほんの少し前まで子供のような顔をしていただけに、その変化は劇的だった。
「幸か不幸か、俺にはそっちの才能もあった。ただ・・・それだけだ」
自嘲混じりにその意味を敢えてぼかして呟くスコールの瞳は、さらに暗く沈んだ色を見せ灰色へと変じていた。それにあわせて表情も徐々に消えていく。
眼差しに籠められた意味を正確に読み解いたセフィロスは、あまり踏み込んではいけないことを聞いてしまったと、後悔の念にかられる。それがこんなことを言わせたのだろう。
「それを言うならば、オレもそうだ。オレは英雄と皆に呼ばれているが、それは数えきれないくらい人を殺したという証だからな」
伏し目がちに静かに呟く。
二人の間に、沈黙が落ちた。
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