夢幻彷徨〜スコール〜  ファイナルファンタジーMIX

 

第2章:融 和 【4】

 

 コーヒーがすっかり冷めてしまったことに気づいたスコールは、淹れ直してくると言い置き、居間を後にした。
 一人残される形になったクラウドは興味津々とばかりに辺りを見回す。この間は憧れの人がいたお陰でゆっくり周囲を観察する余裕がなかったのだ。青い瞳があちらこちらを隈無く探り、やがて暖炉の上に無造作に放られているバングルに気がついた。
 それは神羅カンパニーのマークが堂々と刻まれた防具で、クラウドが支給されて現在着用しているものよりも数段上の機能を有しているものだった。しかもバングルにはマテリアが装填されている。
 下級兵士にすぎないクラウドはマテリアというものに実際に触れてみたことがなかった。

 通常、普通人とさほど身体能力に差のない一般兵、特に下級兵士にはマテリアは支給されることはなく、また配給される武器防具にもマテリアを装填するためのマテリア穴は存在していなかった。これは下級兵士の魔法キャパシティがあまりにも低くすぎて、マテリアの発動まで至らないためである。神羅カンパニーは企業であるから、己の利潤にならないことに費用をかける謂われもなかった。
 魔法キャパシティは、魔晄エネルギーを人体に照射することによってある程度人工的に高めることができる。そのため、神羅軍では昇進すると共に魔晄照射が義務づけられる。ごく微量ながらも魔晄照射を受けることによって魔法キャパシティは飛躍的に増大し、その結果マテリアの発動が可能となるのだ。マテリアが使用できるということは必然的に戦闘能力が跳ね上がることを意味するため、上昇志向の強いものほど積極的に魔晄照射を受けようとする傾向が強い。ただし、限度を超えた魔晄照射が人間の精神へ及ぼす影響は限りなく大きく、高望みをしすぎた結果、魔晄がもたらす強いエネルギーによって自己崩壊に追いやられる人間が後を絶たないのもまた、否定しようのない事実だった。
 ちなみにソルジャーになるためにはより大量の魔晄を一度に照射される必要性があるため、廃人になる確率が一気に跳ね上がり、毎年少なからず死者も出ている。しかしそれでもソルジャーへの昇進を望むものが後を絶たないのが現状だった。

 無造作に置かれているそれにどうしようもない興味を抱いたクラウドは無意識のうちに立ち上がり、暖炉の前まで歩み寄っていた。
 恐る恐る伸ばされた右手が、その指先が、バングルに填め込まれている緑色のマテリアに触れる。その瞬間、ぴりっと静電気のようなものが指先に走り、クラウドは慌ててその手を退いた。軽く握り締めたそれを左手で庇うように覆い、胸元に両手を押しつけた。指先にまだ痺れが残っているように感じられ、思わず唇を噛みしめる。持つ資格のない者が不用意に触れてはならないと拒絶された心地になった。しかしそれよりも何よりも、マテリアに触れたと思った途端、脳裏で何かがざわついたのだ。それが何であるのかよく判らないが、マテリアから何かが流れ込んできたような気がしてならなかった。
 それが本当だったのかどうか確かめようと、躊躇いがちにクラウドが再びマテリアに手を伸ばしかけた時、
「たいしたものはないんだが・・・」
そんな言葉と共にスコールが部屋へ戻ってきた。
 それに弾かれたようにクラウドは咄嗟に両手を背中に回し、悪戯が見つかってしまった子供のような罰の悪い顔でスコールへと視線を投げた。
 温かい湯気を立てているカップ二つと少し大きめの皿に山のように盛られたクッキー。それらを載せた大振りな盆を両手にしたスコールがゆっくりと室へ入ってくる。
 青灰色の双眸が、暖炉の前で不自然に硬直している姿を捉えるが、特に言及せず改めてコーヒーと茶請けを勧めた。
 クラウドは決まりの悪い顔で席に戻ると、勧められるままクッキーの山に手を伸ばし、1枚口にした途端、自分がたいそう空腹だったことに気がついた。そして黙々とそのまま数枚口に運んでしまう。はっと我に返ったときには山の半分近くを己の胃袋に収めてしまっていた。いくら空腹だとはいえ初対面の人間の前ですることではなかったと、クラウドは羞恥に頬を染め相手の様子を窺ったが、相手は一向に気にするでなく黙然とコーヒーを楽しんでいるようだった。自分とさほど年の離れていないように思える相手の余裕を感じさせるその様子に、クラウドはさらに頬に朱を散らし少しきつい眼差しを無意識に注いでいた。
 そんなクラウドの様子を見つめながら、自分にも覚えのある感情だと、自分もあのくらいの頃には、周りに対してそんな風にしか関われなかったと、スコールはカップ越しに苦笑を浮かべる。そしてそんな風に思えてしまう自分というものに可笑しさを覚えた。
 ふと、クラウドが何を気にしていたのか気になり、青灰色の瞳が暖炉へと注がれた。暖炉の上には自分が昨夜置いていったバングルが置かれているのみだ。どうしてそんなものに興味があるのかと思いもしないではなかったが、話の良いきっかけになるだろうことが判ったので、それをネタにしようとスコールは口を開いた。
「マテリアに興味があるのか?」
言った途端碧落の瞳が嬉しげに輝いたのを認め、スコールは微かに微笑みを浮かべると、バングルを取りに暖炉まで歩み寄っていった。
 長い指がバングルに装填してあるマテリアの一つに触れる。ただそれだけのことだったのに、装填されているマテリア全てがふんわりと柔らかい光を内部に宿した。スコールに触れられて嬉しいと言いたげに、マテリアの一つ一つが穏やかに発光する。指先から伝わってくる温かい波動に、青灰色の瞳が優しげに和んだ。
「クラウド、マテリアに触れるのはこれが初めてか?」
バングルを片手にソファまで戻ると、自分が今まで腰をおろしていた位置には戻らず、二人掛けに座っていたクラウドのすぐ隣りに座った。
 ことんと、固い音をたててバングルがテーブルの上に置かれる。
「はい、そうです」
すぐ目前にあるマテリアに魅入られたかのように、クラウドは穏やかな光を身の内に湛えるそれらを凝視したまま、固い返答をする。
「俺には肩書きなんてないし、堅苦しい会話も苦手なんだ。だから、普通に話してくれないか?」
マテリアへ意識が完全にいってしまっていたため、今言われたことが咄嗟に理解できなかった。
 自分の言ったことが突然すぎたのか、クラウドから何の反応も返ってこない。不審に感じたスコールはすぐ脇にある横顔へ視線を注いだ。
 大振りなその目を瞠り、ぎこちなくクラウドの顔がこちらに向けられる。唇が微かに震えていると思えるのは、恐らく気のせいではないだろう。
「あんたも、同じこと、俺に言うんだな」
スコールには理解できない言葉の羅列。しかしそれはクラウドには十分すぎる威力を持っているものらしい。
 微妙に潤みを見せる真っ青な瞳に喜色が宿るのをスコールは認め、知らず知らずのうちに自身も笑顔になっていた。

 

 

 

 

 手の平でころころと転がる緑色の球体。
 それを嬉しそうに見つめる碧落の瞳。
 何が楽しいのか、その顔には笑みが浮かんでいる。
 無邪気な笑顔は年相応のあどけなさだ。
 基本的に無表情なのだろう人間が笑っているという光景が与える衝撃の大きさに、スコールは苦笑するしかなかった。自分も実際あちらの世界ではこんな感じなのだろうと思うと、もう苦笑いするしかなかった。

 

 バングルから外されたマテリアの中から一つ、緑色のそれを取り上げ手の平で転がしてみる。完全な球体をしているそれは自分の思うとおりの方向へ、思いのまま転がってくれる。その存在を知ってから触れてみたいと思っていたそれは、少しひんやりとしていた。
 いくら自分が触れてみても、マテリアに光が宿ることはない。
 それは当然だ。マテリアを発動させるにはそれなりの手順が必要だと言うことを、軍の講義で今までさんざん聴かされてきている。
 それなのにスコールはどうしてか容易にマテリアを発動させられるらしい。
 何故だろうと、クラウドはふと疑問に思った。

 

 自分が異世界にいることも、自分が部分的な記憶喪失であることも、何故だか今は気にならない。こうしてこの場所にいることに違和感を覚えない自分というものに、スコールはふと気がついた。そして同時に、自分の一部がどこか壊れていることにも気がついていた。だからこそこうして現状に焦りを覚えず、至極落ち着いた気分でいられるのだろうとも思う。本来の自分ならば表面上は落ち着いて見えても、内心ではかなり焦っている状況に違いないのだ。
 ふと視線を感じてそちらを見遣れば、クラウドがじっとこちらを見つめていた。その顔には笑みはなかったが、それでもその余韻が残されているのだろう柔らかい雰囲気が漂っている。
「スコール、あんたは何者なんだ?」
不思議そうにそう問いかけてくる。
 つくづく自分はこういう風に聞かれてしまう存在らしいと、この世界にとって異物なのだと改めて心に刻み込みながら、
「バラムガーデンのSeeD。傭兵だ」
スコールは己の身分を端的に名乗った。
 セフィロスとは異なり、クラウドは聞き慣れない単語にではなく、全く別の点に敏感に反応してみせた。
「傭兵?あんたが?」
意表を突かれた返答に、クラウドはまじまじとその姿を眺め回してしまった。
 ソファにゆったり腰をおろしラフな恰好でいる現在、スコールはどこをどう見ても闘いに身を置いている者には到底見えない。どちらかといえば細身の部類に入るその体躯も、最初にクラウドと見交わした時より穏やかなものになっている視線も、それをさらに助長していた。
 顔に大きく信じられないと書かれ、スコールは何とも言えない微妙な顔になる。セフィロスやザックスに比べると確かに戦闘に向かない人種に見えるかもしれないが、これでも一流と呼ばれるだけの実力は持っていると自負している。どうやったらそれが証明できるのかとスコールが考え込んでいるうちに、クラウドの意識はマテリアに戻ってしまっていた。
「これ、あんた、使えるの?」
妙にうきうきとした口調で、実際に発動させてみせてよと無邪気に言い放つ。
 テーブルに残されているマテリアのなかから緑色のマテリアを、魔法マテリアを一つ攫うと無言のままそれを軽く握り締める。スコールが手にしたのは、『かいふく』の魔法マテリアだった。
 握り締めた手に祈りを捧げるように、両目を半眼にして軽く俯く。そしてマテリアに向けて己の意識を向けていった。
 一瞬、スコールの脳裏に複雑な魔法陣が展開される。それと同時に握り締めている手から透き通るような翡翠色の光が漏れ、それがクラウドの全身を優しく包み込んだ。
 自分に照射される緑光に少し怯えたクラウドだったが、全身を包み込む暖かなそれにより全身の疲労感がぬぐい去られていくのを感じ取り、全身から力を抜いた。気がつけば、このまま微睡んでしまいたいと思えるくらい、優しい波動に包まれていた。
 翡翠の光がもたらすのは、物理的な回復の力と精神的な癒しの力。
 魔法という神秘的な力を実体験したクラウドは、感動のあまり何も言えなかった。
 軽く息を吸い込みながら、スコールは握り締めていた手を解く。手の平の上でマテリアが徐々に発光を弱めていった。自分がたった今発動させたマテリアに視線を落としながら、スコールは魔法を使用した後に必ず感じられていた疲労感が全くないことに気がついた。どうやらマテリアを介しての魔法の方が身体に負担がかからず使用できるようだ。
 自分が属している世界には存在しない不思議な球体、マテリア。
 それにひどく惹かれる自分を、スコールは認識した。





 

 

 

 

 

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