夢幻彷徨〜スコール〜  ファイナルファンタジーMIX

 

第2章:融 和 【2】

 

 二人のやりとりを何とはなしに見つめていたスコールだったが、それに刺激され、脳裏に数日前にセフィロスと交わした言葉の数々が思い浮かんだ。

 

 

 

 

  

 魔法を使用するとどうして昏倒してしまうことになるのか、自分でも疑問に思っていたことを話題にした時のことだった。
 珍しく二人でリビングルームに場所を定め、言葉を交わしていた。
 二人の前にはスコールが淹れてきたコーヒーが温かい湯気をたてている。
 そんな至極穏やかな雰囲気のなか、自然と二人の声音は静かなものになりがちだった。
「おまえは身の内に魔法を蓄えていると・・・そう言ったな?」
確認の意味で問われた内容に、スコールは迷わず首肯する。
 スコールのいた世界では、魔法は魔力の高いモンスターや世界の各地にある魔法の吹き溜まりから特殊な条件を満たした状態で汲みあげ、体内に蓄積していくことによって初めて利用できるようになる。一旦身体に取り込んだ魔法は、通常の魔法として体外へ放出使用できるほか、身体能力を高めるために使用されたりもする。現在もそれら魔法の力が濃厚に蓄積されているのを、スコールは確かに感じていた。
 体内で構成されている数多の魔法回路が今も正常に働くかどうか試そうと、スコールが考えた瞬間、
「よせ」
鋭い叱責の声が飛んだ。
 思わず肩を震わせて声の主を見遣れば、鋭い視線がこちらに注がれていた。
「この世界では、魔法はマテリアを介して振るわれるものだ」
言い様、口中で小さく『ファイア』と唱える。すると、右腕の辺りで淡い緑色の発光が起こり、それとともに居間の一隅に据えつけられている暖炉に火が入った。
「それがこの世界のシステムだ」
不意に生じた炎をスコールは魅入られたように見つめる。セフィロスが言葉を呟いた瞬間、魔法の発動する気配が感じられたような気がしてならなかった。しかしそれは自分の知るそれに比べると実に淡いものだった。
「おまえが自身の魔法を呼び出そうとすると苦痛に見舞われるのは、世界の拒絶と見なして良いと、オレは思う」
再び、今度は『ブリザド』と唱えた。暖炉に灯った炎のうえに小さな氷の塊が出現し、相反する性質のもの同士の遭遇により炎が消える。
「世界の拒絶。システムに反した行い・・・だからか」
これからこの世界で過ごすにはこの世界のシステムを覚えなければならないということかと、スコールは嘆息する。
「おまえがもしこれからも魔法を行使しようとするならば、遠からずその命を落とすだろう」
淡々と告げられる言葉はスコールの予想範囲内にあり、さして驚きを感じない。
 世界というものはあるシステムに基づいて構築運行されているものであり、その範疇を超えるものがあるならば、その存在はその場から直ちに排除されてしまってもおかしくない。人体という世界にその秩序を乱すウイルスという存在が侵入したならば、免疫機構という世界のシステムがすぐさま働き、異分子であるウイルスを体外へ排除しようとするのと同じことである。
「そうならないためにも、マテリアの使用法を覚えるが良い」
涼やかに、セフィロスはそう締めくくったものだった。

 

 

 

 

「スコール?」
ふいに背後から名を呼ばれ、スコールは我に返った。ほんの少しだけ過去を回想していたと思ったのだが、どうやら自分の想像以上に時間が経っていたらしい。振り返れば、少々心配そうな顔つきのザックスがいた。
「おまえ、疲れてないか?」
一心不乱に課題にとり組んでいる姿を知っているだけに、ザックスの声には多大な同情が含まれている。そして非難がましい視線を、セフィロスへ注いだ。
「サー。あんた何、考えてるんですか?」
今度はセフィロスの方がザックスの言いたいことを理解できなかった。視線だけで説明を問えば、ザックスは立て板に水状態でスコールにはまず一般常識を教えるのが道理だろうと、言葉の限りを尽くしてその重要性をまくし立てた。
 スコールは少々気のそがれた顔つきで、一生懸命に言葉を紡ぐ男を見る。どうして他人のことなのにここまで熱くなれるのだろうと、不思議な心地になっていた。同時に男に良く似た人間を知っているという確信も湧いてくる。そしてその人間が自分にとって大切な人だということも判ってしまい、思い出せないことに切なさを覚えた。
 セフィロスは自分に対して一切遠慮せずに意見を述べてくる男を、新鮮な思いで見つめる。全てに対して冷静な癖に、こうして烈しく熱くもなれるその性質に多大な興味を覚えていた。
 現時点ではまだ無理だが、何れは屋敷から出歩いても良いよう取りはからう心づもりだったセフィロスは、ザックスの言い分に利点を認めた。
 確かにこの屋敷内だけの世界であれば、ザックスの言わんとしている一般常識とやらの必要性は皆無だが、外界へ足を踏み入れたときにそれは恐らく必要不可欠なものとなる。しかし自分ではその一般常識とやらは理解できず、そのためスコールに教えてやることもできない。
「今度、クラウドをここにやってもいいですか?サー」
セフィロスの葛藤が判ったのか、ザックスは唐突にそんなことを言い出した。
「俺もあんたもここんとこ時間不規則でしょ?クラウドだったら比較的定時で動けるし。話相手にいいと思って」
どうでしょうと、そう言われたセフィロスは、一度だけ会った小柄な少年のことを思い出した。

 治安維持部門の正規軍への入隊資格条件で年齢が満たなかったため、自動的に予備軍への配属が決定したにも関わらず、僅か半年でその才能の凄さから正規軍への配置転換が受理された希有な少年が、クラウド・ストライフだった。

 神羅軍は、正規軍と予備軍で構成されており、正規軍への入隊資格は16歳以上が条件に定められている。
 近年英雄に憧れて入隊を希望する若者が増えているのだが、それに伴い若年齢層の入隊志願者が増えたため、予備軍が設立された。こちらの入隊資格は14歳以上と定められているが、最低2年間は在籍しなければならない。
 予備軍も場合によっては実戦投入されるため、その訓練内容は正規軍とさほど差別化されておらず厳しいため、脱落者が後を絶たない。例年新兵の2割が残れば良い方である。

 神羅カンパニーによって捏造された英雄像にどうしようもない憧憬を抱いている、その辺を探せばいくらでも転がっていそうなそんな平凡さに比べ、クラウドが残している実績は恐ろしいまでに非凡なものだった。身体の出来ていない現在、年齢を考えればそれは致し方のないことなのだろうが、その事実は明確な形では表れておらず、本人はそのことに全く気づいていない。
 無論実戦経験の乏しさは簡単に無視できない要素とはいえ、このまま上手く伸びていけば、恐らくクラス1STへの昇格も夢ではないだろう才能を有しているのは間違いなく、あと数年もすれば史上最年少のソルジャーが誕生することだろう。
 しかしそこでクラウドの内向性であり、情緒不安定気味な性格的要因が不安要素として浮上してくるのだ。
 ソルジャーとしての非凡な才を有しながらも、その心には安定性に欠ける面が存在している。どんな局面においても冷静な判断により的確な行動を要求されるソルジャーになる上で、それは致命的なまでの欠陥といえた。本人もそれは薄々判っているのだろう、ザックスが共にあるようになってからは少しづつではあるが感情の制御に意識を向け始めている。

 ソルジャー・クラス2NDザックス。
 彼は自他共に認める喜怒哀楽のはっきりした人間ではあるが、任務遂行時の彼の情動は常に一定に保たれている。表面上は確かに感情が豊かで、一見すると情緒不安定気味に見えかねないこともなかったが、根底ではその情動は常に安定していた。その安定性は現役ソルジャーの中でも群を抜いており、非情だと考えられるミッションには必ずと言っていいほどセフィロスと共にその名前が挙げられるほどだった。

 しかし、クラウドのこの持って生まれた性質が、将来に対するを不透明性を生み出さずにはいられない。今は本人の意識により正の方向へ物事が流れていっているが、何かきっかけさえあれば今の状態はあっけなく壊れてしまい、一気に負の方向へ傾いていってしまうだろうことが、あっさり予想できてしまうのだった。
 データの片隅に申し訳程度に明記された、成長期のためという曖昧な理由付けの元に、3ヶ月に一度の割合で定期的な検診が義務づけられているのも気にかかった。

 それがクラウド・ストライフという少年に対するセフィロスの見解だった。

 第三者の介入があまり良いことだとは思えなかったが、クラウドという少年はすでにスコールの存在を知っているから隠す意味もないと結論づけたセフィロスは、ザックスの意見を入れることにした。
「それはおまえの判断に任せる」
了承を得られた途端、ザックスは満面の笑みになった。
「明日にでも連れてくるから、楽しみにな!」
言われて、スコールも初日に見かけた小柄な少年を思い出した。自分よりもさらに若く、セフィロスに憧憬を抱いていてどうしようもないと全身で訴えていたその姿が思い出される。そして結局一言も言葉を交わしていないことに気がついた。大きな青い瞳を思い出し、スコールも少しだけ楽しみだという気分になっていた。

 不意に、ザックスのPHSがけたたましく鳴り響いた。
 それを知ったザックスはしまったという顔つきで慌てて腰のパウチからPHSを取り出す。
突然の物音に、スコールは反射的に身構えてしまい、セフィロスは迷惑だという顔つきになった。
「すまん!今日の当番、俺だったな」
開口一番ザックスは電話の相手に向かってそんなことを言った。よほど不味いことだったらしく、相手に見えないというのに頭をぺこぺこ下げながら謝り倒している。
 電話の相手も一通り文句を言って落ち着いたのだろう、言葉が途切れたらしい瞬間を見透かし、ザックスは早口に捲したてた。
「今晩は昨日言ってたやつの予定だからさ、下拵えしててくんないか?」
理不尽な言い分に電話の相手はさらにさんざん文句を言っていたようだが、それでもどうやら納得して貰えたらしい。
「足りない材料は買って帰るから、よろしくな!」
派手なウインクを受話器に向けてすると、そのまま通話を切ったザックスだった。
 ふう、やれやれだぜ〜と呟きながら顔を上げれば、翡翠の冷ややかな視線と、青灰色のやや呆れ気味な視線と出会った。思わぬ醜態を晒したことにようやく思い至ったザックスは耳まで真っ赤にして両手をぶんぶん振った。
「あんた、料理するんだ」
スコールは意外だという思いを隠さず呟く。
 それを聞き咎めたセフィロスは片眉を跳ね上げたが、特に言葉にはしない。
「うっ。まあな〜。家庭料理レベルならそこそこできるぜ」
今時料理のできない男って恰好悪いだろうと、少しだけ胸を張ってみせる。
 その仕草があまりに可愛らしく見えたスコールはくすくす声にだして笑っていた。
「あんたに料理って、すっごく意外な気がするんだけど・・・」
年相応の、いつもより少し幼い感じの口調でそんなことを宣う。こちらの世界に流されてからずっと感じていた緊張感がすっと解けた、そんな感じの柔らかい表情を浮かべているスコールだった。
 それを目にしたザックスの口元も自然緩んでいく。
「信じられないか?じゃあ、今度自慢の手料理食わせてやる」
そういうお前はどうなんだとザックスが問えば、
「簡単なやつなら」
微かに目元を赤らめながら、そんなことを主張するスコールの雰囲気がとても柔らかくなっていた。
 他愛もない会話を交わす様子に、セフィロスは何とも言えない気分を味わっていた。自分と一緒の時には見せたことのない表情を次から次へとする様子に、複雑な思いを抱かずにはいられなかった。
 そうこうするうちに、再びPHSが鳴り響き、ザックスは今度こそ悲壮な顔つきで慌てて帰っていった。

 「夕飯、どうする?いつものやつでいいのか?」
すっかり課題に対する関心を削がれてしまったスコールは、時計に目をやりながら、ぽつり呟いた。いつもならばそろそろケータリングサービスに頼む頃合いなのである。
 椅子に座ったままなのだから当然なのだが、上目遣いに尋ねてくる青灰色の瞳に、セフィロスは無言のままだった。
 少々様子の変な屋敷の主に気づきながらもスコールはそれを敢えて追求しようとはせず、再び端末を立ち上げるといつも利用している店にアクセスしてメニューを頼んでしまう。此処で暮らすようになってから毎日してきた作業だったから、それはあっという間に済んでしまった。仕方なく再びちらり視線を遣ってみれば、変わらずセフィロスは何とも言い難い表情で佇んでいる。
 第三者からはいつもと全く変わらない無表情で立ちつくしているように見えるだろうが、スコールはそこに感情の色を見いだすことができた。自身も常日頃から表情の変化に乏しい顔をしていると指摘されるだけあって、その辺の微妙な変化を読み取ることは可能だった。ただ、今、どうしてセフィロスがそういう顔になっているのかが理解できず、当惑していた。
 声をかけても返事をしてくれなそうな雰囲気の相手に間が持たず、スコールはやれやれといった風に課題へと視線を戻したが、すでに集中力は時の彼方へいってしまったらしく、内容が全然頭に入ってこない。これではとり組んでも時間の浪費にしかならないと諦めるしかなかった。
ため息をつきつつ顔をあげれば、変わらず佇んでいるセフィロスがいる。常ならば強い光を宿しているのみの翡翠色が、今は淡く微かに揺れていた。
 自分が今どんな表情をしているのか。どんな眼差しをこちらに注いでいるのか。それをちっとも理解していないだろうその様子に、スコールは再度ため息をつき、そして椅子を軽く後ろへ退くとその場に立ち上がった。
 翡翠の双眸がぐっと近くなる。
 立ち上がってもまだかなり高い位置にあるそれを、青灰色の瞳がしっかり捉える。
「あんた、何、拗ねてるんだ?」
静かに呟くように告げられた言葉に、セフィロスは僅かに目を見開いた。自分が今感じているこの不思議な思いが、そんな言葉で表現されるものだとは予想もつかなかった。
 自分の言葉に明らかな動揺を見せた相手に、スコールは三度ため息をついた。感情を抑制しすぎてきた結果なのか、元々情動とはかなり無縁な性質をしているのか。判然とし難いが、自分の感情にまるで疎いその様子に複雑な気分になっていた。今までの自分をこのまま貫いていけば、何れは自分もこんな状態になるのだろうかと、いたたまれない気分にもなっていた。
「拗ねる?オレがか?」
半ば呆然と呟くと、今自分で口にした言葉を咀嚼するように何度も口中で転がし始めた。そしてやがて自分の感情とその言葉を上手く結びつけられたらしい、理解の色が感情の乏しい面に表れた。
 まるで真っ白なキャンバスに初めて淡い色をのせたかのようなその様子に、スコールは何故か背筋に悪寒が走るのを感じていた。一瞬、自分は何か途方もなく不味いことをしでかしているのではないかという心地にさせられた。
 セフィロスの顔が霞む。
「スコール?」
突然上体を揺らしたスコールの顔は真っ青だった。
 自分が目眩を感じているのだと理解した瞬間、スコールの視界が暗転した。

 

 

 

 

 意識が奥深いところから浮上していくのを、自分が目覚めるのを、スコールは感じていた。
 ぽかり開いた視線の先、最近やっと見慣れた天井が映る。
 自分の寝台で休んでいたことを、スコールは知った。
 軽く頭を振る。
 つい今し方まで見ていた夢の残滓が全身にまとわりついているようで、すっきりしなかった。
 夢。
 そう、自分は確かに夢を見ていた。
 内容はすでに定かではなくなっていたが、二度と見たくはないという心地にさせる、それはひどい悪夢だった。
 口の中がカラカラに乾いてしまっているのに気づき、スコールは水でも飲もうと寝台から足をおろしかける。そこへ、
「気分はどうだ?」
突然、寝室の入り口にあたる方からそんな声が投げかけられた。
 慌てて声のした方に視線を遣れば、扉に背中を預けるようにして凭れているセフィロスの姿が目に入った。
「セフィロス」
端正なその顔を認めた途端、自分が意識を喪ってしまうまでの書斎でのやりとりを思い出した。他愛ないやりとりをしていたはずなのに、其処に理由の判らない不安要素を感じてしまった自分を思い出す。
 口の中に苦い思いが広がっていった。
 幾分顔色は良くなっているようだが、微かに眉間にしわを寄せて考え込んでしまった若者に、セフィロスはかける言葉が見つからなかった。だからそのままそっと寝室を出ていった。
 その存在感が尋常ではないセフィロスが出て行ったことに気づかないくらい、スコールは自分の内に沈み込んでいた。
 自分が見ていた夢の内容を思い出そうと執拗に記憶を攫うが、全容は杳として知れなかった。ただ、うっすらと赤い揺らめきのようなものの印象が微かに感じ取れる。その赤さが何なのかまるで判らなかったが、それでもそれに意識を向けると心臓を剣で貫かれるような鋭い痛みが走るのだ。
 探れば探るほど印象が曖昧模糊となっていくのに気がつき、スコールは重いため息と共に記憶を攫うのを止めた。途端、鼻腔をくすぐる心地よい香りに気がつく。ふと視線を遣れば、いつの間にかセフィロスがコーヒーを片手に佇んでいた。
 無言のまま差し出されたカップをソーサーごと受け取り、香り豊かなそれに口をつける。夢の内容に固執するあまり忘れかけていた口渇が思い出され、気がつけば一気にそれを飲み干していた。
「落ち着いたか?」
耳に心地よい低声が聞こえ、スコールは大きく頭を振った。
 書斎で目眩を覚えてから此処で目が覚めるまでの間の記憶がまるでない。セフィロスが自分を此処まで運んでくれたと考えるのが妥当だった。
「すまなかった」
カップをソーサーへと戻しながらぼそっと呟けば、相手は気にしていないと軽く笑い声をたてた。そして笑みを含んだ柔らかな眼差しでこちらをじっと見つめると、
「もっと肉をつけろ」
常日頃から自分が気にしていることをあっさり指摘してくれたのだ。反射的に渋い顔つきになったのが自分でも判った。その顔が余程面白かったのだろう、セフィロスはますます笑みを深めていた。
 スコールもそれにつられるように笑顔になっていく。自分を悩ませた悪夢のことなどすっかり忘れてしまっていた。

 穏やかな時間が、其処には確かに流れていた。



 

 

 

 

 

夢幻彷徨〜スコール〜第2章1へ 夢幻彷徨〜スコール〜第2章3へ
夢幻彷徨〜スコール〜・扉へ