夢幻彷徨〜スコール〜  ファイナルファンタジーMIX

 

第2章:融 和 【10】

 

 休憩室にはザックスの他に誰もいなかった。
 検査が完全に終了したザックスは早々に検査着を脱ぎ捨ててソルジャーの制服へと着替えを済ませている。窓際のソファに腰をおろし、退屈しきった顔つきで窓の外をぼんやり眺めていた。
 その横顔に、微かに翳りが見える。
 何時も陽気な雰囲気を崩さないザックスのその様子に、珍しいこともあるものだと思いつつ、スコールは歩み寄った。
「珍しいな、こんな所でおまえに会えるなんて・・・・・・」
部屋の入り口に佇んだ時点でその気配に気がついていたザックスは窓外へ投げた視線もそのまま、覇気のない声で呟いた。
「これをあんたに直接渡すよう言われたんだ」
ブリーフケースを横顔に突きつけるように差し出す。頼まれた用件はそれだけだから長居は無用だと、スコールはさっさか踵を返した。
「スコール、昼飯、食ったか?」
唐突に背中に投げられた言葉にスコールの歩みがぴたり止まる。反射的にIDチップの組み込まれているブレスレットに内蔵された時計に視線を投げると、そろそろ昼食を摂る頃合いだった。
「まだだったら、一緒に食おうぜ。もうちょっとでクラウドの方も検査終わるだろうし」
振り返った先、青灰色の瞳が捉えたのは、何時もと変わらない陽気な雰囲気のザックスの姿だった。ブリーフケースを頭の上でひらひらさせながら派手なウインクを一つ投げて寄越す姿には、翳りなど見受けられなかった。
「セフィロスが、執務室で待ってると言っていた」
先程の謎かけのような言葉はこれだったのかと納得したスコールは、二人を一緒の昼食に誘った。
 セフィロスの部屋で振る舞われる食事が豪勢な内容であることを知っているザックスに否やはなく、クラウドの様子を見てくると言い置き、休憩室を出て行ってしまった。
 やれやれと言いたげに肩を竦めたスコールは、ふと人の視線を感じた。その視線はあからさまに人を観察しているそれだったから、スコールは堪らず振り返った。
 休憩室の入り口に、白衣姿の男が一人佇んでいた。白衣姿ではあるが、医療従事者特有の人を安堵させるような雰囲気は感じられない。試験管を日夜相手にしている研究職畑の人間であることが一目で判る雰囲気の持ち主だった。
 黒縁の眼鏡のレンズ越しに爬虫類を思わせる冷たい眼差しでスコールのことをつぶさに観察している。
 『無精に伸ばした黒髪を適当にくくった、黒縁眼鏡をかけている、嫌な目つきをした白衣の男には気をつけろ』
入社する前にセフィロスから特に注意が必要な人物の特徴だとあげられたそれに合致する男が、そこにいた。これが例の宝条博士なのかと内心思うスコールだった。
「お前が、今度セフィロス付きになった秘書官か」
酷薄な調子の声は人の神経を逆なでするのに十分な悪意がまぶされていた。しかしスコールは表情を変えることなく、
「イエス・サー」
淡々と敬礼を返す。
 その様子に何を感じたのか、男はすうっと目を細めた。
 軍帽を目深にかぶり、目元を完全に覆い隠すサングラスをかけているため、その容貌は判然とはしないが、それでも十分整った顔立ちであることはその口元から推測できる。今まで人を全く寄せ付けなかったセフィロスが何故手元に置きたがったのか不審に思っていた男は、やがて邪推とした言い様のない結論に達した。
「なるほど。あれはこういうのが趣味なのか」
くつくつと内に籠もる嫌な笑い声を立てながら、男はその場から姿を消した。
 スコールは男の気配が自分の感知できる範囲から遠ざかるのを確認してから、大きく息を吐いた。自然に力が入ってしまっていた肩からも力が抜けていく。今まで敵対したことのあるどんな存在とも異なる、男の全身から漂う毒のような気配に自分は緊張を強いられていたのだと、スコールはこの時初めて気づいた。

 

 

 

 

 執務机の脇にある来客を告げるランプが点灯したことに、セフィロスは気づいた。
 時間的に言って使いに出したスコールがもう戻ってきてもおかしくないだけの時が経っている。恐らく二人を伴って戻ってきたのだろうと当たりをつけたが、それでも用心に越したことはないと、机上に取りつけられているコンソールパネルのボタンを押した。するとコンソールに隣り合っている手元のモニターに扉の向こう側の光景が映し出された。
 モニターがとらえたのは、セフィロスの考えに反しない三人の姿。
 スコールが扉にかかっている鍵を解除しようと、扉のパネルに指を伸ばしたのを認めたセフィロスは、手早く手元のボタンを操作して扉を開いてやった。
 ぞろぞろ連れだって入ってきた三人だったが、セフィロスの予想と違ってその表情は冴えない。一緒に摂る食事をザックスなどはとても楽しみにしているのを知っているだけに、それが解せなかった。
 検査疲れが原因なのか、クラウドの表情はあまり芳しいとは言えず、ザックスがそれを心配そうに見つめている。スコールはといえば、何か他に気にかかることでもあるのか、考え込むように俯いてしまっており、その身に纏う雰囲気も精細を欠いていた。
 簡単な来客用の応接セットがある一角へ、とりあえず三人に座るようセフィロスは促し、コンソールパネルを利用して昼食の用意を手短に頼んだ。そして自らはそんな三人に振る舞うための茶を入れようと簡易キッチンへと足を運んだ。
 それに気づいたスコールは慌てて座り込んだ椅子から立ち上がり、セフィロスの背中を追った。
「何が、あった?」
隣りに並ぶようにして立ったスコールへセフィロスは静かに問うた。
「宝条博士に会った」
平坦な声音で短く呟く。そしてそれで説明がついたと言わんばかりに口をぴたっと閉ざしてしまった。
 名前を聞いた途端硬直したセフィロスに代わり、スコールは黙々とコーヒーの支度に取りかかる。
 セフィロスが自失から回復するのにコーヒーの良い香りが立ち上ってくるまでの時間が必要だった。

 

 いつもならば笑い声が聞こえる陽気な昼食刻のはずなのに、今日は様子が異なっていた。
 四人はそれぞれ特に会話を楽しむでなく、饗された食事に舌鼓を打つでなく、ひたすらエネルギーを補給するという具合である。腹は確かに膨れたが、それ以上でもそれ以下でもない素っ気ない食事の時間だった。
 そうこうするうちに昼休みの時間も終わり、ザックスは書きかけの書類の作成に、クラウドは午後の演習にへと慌てて飛び出していった。
 残される形となったセフィロスとスコールは午後の執務にとりかかるでなく、そのまま応接用の椅子に向かい合うようにして腰をおろしたままだった。
「宝条に会ったと、そう言ったな?」
どこで会ったのか訪ねる翡翠の瞳には剣呑な光が宿っており、そのあからさまな感情の色にスコールは内心驚いていた。確かに、人の神経を逆なでするのが得意そうな人間ではあったが、セフィロスがそこまで気にすることにひっかかりを覚える。自身が機密扱いになっているソルジャーであることも勿論絡むのだろうが、それ以上に何か事情がありそうだと、スコールは感じた。もしかすると以前聞いた消毒剤の臭いが嫌いだと言うことにも、何か関係してくるのだろうか。
 様々なことが脳裏を過ぎっていくが、それをおくびにも出さず、
「メディカルルームの休憩室。ザックスが其処にいるのを受付で聞かされたんで行ってみた」
口にした途端、ザックスの少し鬱ぎこんだ様子が思い出される。どうしてあんな顔をしていたのだろうと気にかかった。しかし今はセフィロスと話をすることが先だと思い直し、翡翠の双眸を真っ直ぐ見返した。
「俺があんたの秘書官かどうか確認しに来たみたいだな。あんたの趣味が俺みたいなのかって言ってた」
何が言いたいんだろうなと軽く肩を竦める。言われたことの意味自体は薄々判っていたが、それでも敢えて惚けることで冗談に済ませたい気分だった。
 スコールの第一印象では、あの男は限りなく不吉な存在だった。
 あの時何故あの階に居たのか、それがひどく気にかかる。自分があそこに居るのを知ってやって来たとは到底考えられない。何か他に理由があったはずである。
 あそこにはあの時ザックスと、そしてクラウドがいた。もし何らかの形であの男が二人に、そしてセフィロスに絡んでいるならばそれを今すぐにでも断ち切りたいと思わせるほど、スコールはその存在に不安を感じていた。
 軽口を叩いて冗談に紛らわせてしまおうとする姿に、しかしセフィロスは反応しなかった。スコールから与えられた情報をもとに、深く考え込んでしまったのだった。
 以前、クラウドのパーソナルデータを検索したときに記されていた、成長期のためという曖昧な理由付けの元に、3ヶ月に一度の割合で行われている定期検診の件が気にかかる。他の少年兵にはこういった理由付けの検診が行われたことなど今までなかったのだ。幾ら特例で予備軍から正規軍へ移籍した人材とはいえ、これではやり過ぎな気がする。しかもそこにあの宝条が絡んできているとなれば、これはもう怪しいどころの話ではなくなるというものだ。
 あの一見すると平凡な少年の何処に、宝条を惹きつける要素があるというのか。あの時は次善と判断して対処したつもりだったが、ザックスの、ひいては自分というソルジャーの近くに置いてしまって果たして良かったのか。
 珍しく逡巡を見せるセフィロスだった。
 何の反応も返してこない相手に不審を感じたスコールが改めて見遣れば、端正な容貌から完全に表情が消えていた。切れ長の目も半眼になり、深く己の考えに沈み込んでいるのが感じられる。
 その様子からこれ以上何の話もないだろうと判断したスコールは仕事に戻るべく席を立ち上がった。そしてセフィロスの傍らを通り自席へ戻ろうとした途端、横から伸びてきた手に片腕をがしっと捉えられた。腕を捉えた指先には案外力が入っていて、スコールは顔を顰めながら、この手を捉えている主に視線を戻す。
 爛々と光る翡翠の双眸が、静かにスコールを見つめていた。その眼差しには感情がなく、強い意志だけが感じられる。
 どうした、と尋ねようとした唇が震えてしまって言葉を上手く形作れないことに、スコールは気づいた。眼差しに籠められたそれに、精神を呪縛されてしまったような気分に陥った。英雄と称される人物の驚異的なカリスマ性の一端を垣間見た気がした。
「スコール」
名を呼ばれても上手く反応できない。セフィロスの全身から放射される強い気に完全に気圧されてしまっていた。
「スコール、おまえに頼みがある」
セフィロスの唇から洩れた『頼む』という言葉に、スコールの肩が大きく揺れる。普段のセフィロスの態度からは少し想像のしづらい単語を耳にした驚きについつい瞠目してしまう。衝撃のあまり身体の硬直が解けていた。
「クラウドの様子に、気を配っておいてくれ」
続いて洩れた言葉に、スコールは自分の考えが杞憂ではないことを理解した。
「気を・・・配っているだけでいいのか?」
セフィロスの言わんとしていること、懸念していることを自分も理解していると言外に匂わせ、自分を呪縛した鋭い視線を真っ直ぐ見返す。青灰色の瞳が鋭い光を宿した。
 一歩も退かずに視線を返され、セフィロスは背筋をぞくぞくとしたものが駆け抜けていくのを感じた。その唇にいつしか不敵な笑みが浮かんでいた。
「今のところは・・・・・・。これから探りを入れる」
凛と宣告するその姿は、英雄と呼ばれるのに相応しい毅然とした態度だった。







 

 

 

 

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