第1章:邂 逅 【7】
あまりにも短く端的な言葉の数々に、何とはなしに会話に耳を傾けていたスコールはため息をついた。要点を的確に伝えているといえば聞こえはいいが、何のことはない、言葉が絶対的に足りないのだ。自分にも覚えのあることだけに、スコールのつくため息はとても重々しく耳に響いた。
それを聞き咎めたのだろう、セフィロスは携帯を手の中で折りたたむと、もの問いたげな視線をスコールへ投げて寄越した。
視線を感じたスコールは手にしていた本を棚に戻し、セフィロスの元へと歩み寄る。そして起動状態のモニターにちらりと視線を走らせた。途端に、表示されている画面の言葉がすらすら頭に入ってくる。それに戸惑いながらも、スコールはできるだけの情報を入手しようと懸命に文字を追った。
青灰色の双眸が画面を滑るように動いていく。明らかに理解の色を示しながら情報を飲み込んでいく。
それが手に取るように理解できたセフィロスは、異世界から来たという若者の不思議さに少なからず興味を惹かれた。
不意に、モニター上に新たなウィンドウが自動的に立ち上がった。
ウィンドウいっぱいに表示されたのは、つい先程まで電話のやりとりをしていたザックス。ザックスはバイクに跨った状態の姿でまっすぐこちらを見つめている。
それが玄関先に取りつけてあるカメラからの画像だと気づいたセフィロスは、端末横にあるインターホンのボタンのなかから該当するものを押した。
「車庫は左手奥にある」
画面の中でザックスは了解とばかりに片手をあげた。
数分後、ザックスは書斎にたどり着き、その蔵書の多さにあんぐり口を開けた。読書家だと風の噂には聞いていたがこれほどまでとは思っていなかったのだ。背表紙を見ただけで頭が痛くなりそうな難解な専門書がずらり勢揃いしている。思わずその場で回れ右をして逃げ出したくなってしまうザックスだったが、やがて我に返り、改めて室内を見回した。
デスクの傍らに静かに佇んでいるスコールを見つけ、派手にウインクしてみせる。
「よ!」
陽気な青年の様子に、心を温かくしてくれる誰かの面影を重ね合わせ、微かにスコールは口元を綻ばせた。
無表情に限りなく近い硬い表情をしていたスコールのそんな変化に、そういう顔もできるんじゃんと嬉しく思ったザックスと、そんな表情を持っているとは思わなかったと驚きを感じるセフィロス。二人はついまじまじとその顔を見つめてしまっていた。
そんな二人の強い視線に戸惑い、スコールは一瞬で笑みを消すとモニターへと視線を戻してしまった。
自分が他人の顔を凝視していたことに気づいたセフィロスは微かに目を瞠った。周囲にはあまり関心を持てずにいた自分の変化に驚きを隠せなかった。しかし今はそんな私事に拘泥している場合ではないと思い直し、ザックスが一人で戻ってきていることを改めて確認した。
「連れはどうした?」
セフィロスの問いに、ザックスは怪訝に眉を引き上げ、置いてきたと端的に返答する。
これ以上事態に巻き込まないように相手に配慮して置いてきただろうことは、セフィロスにも容易に想像がつく。だが、現状ではすでにそれは得策とは言い難い状況に思えた。その考えが珍しく顔に出てしまったのだろう、ザックスが言を継ぐ。
「不味かったか?」
セフィロスは首肯し、再び端末を操作する。
「おまえと一緒にいるところを見られている」
バイクを戻すときに思慮が足りなかったと指摘され、ザックスは顔を歪めた。
今度の検索項目は今年度新規採用の二等兵クラウド・ストライフ。
検索は一瞬で完了し、全データが一挙に画面表示される。それに一通り目を通したセフィロスは一旦端末から視線を外し、目前にまで歩み寄ってきていた蒼い瞳、クラウドのそれより格段に暗い色合いの、紺青の瞳をひたっと見据えた。
「ザックス、おまえは寮の部屋替えを希望していたな?」
唐突にそんなことを言われたザックスは顔に思い切り訳が判らんと書いて小首を傾げる。真剣そのものの翡翠色の眼差しとその口から洩れた台詞があまりにもちぐはぐすぎる。今の自分は馬鹿面してるんだろうなと思いつつ、何気なくスコールに視線をやると、スコールは不審そうな顔で自分たちの方を見ていることに気がついた。
「あ〜、確かに。俺、今、とっても極貧なの」
頭をぽりぽりかきながら、可及的速やかに第三者にも事情が判るよう話し始める。
「さっき乗ってたバイクあるだろ?あれ、どうしても欲しくって無茶なローン組んだんだよ〜」
唐突に切り出された話にスコールは戸惑いながらも、静かに拝聴することにした。
「俺ってば、こう見えても結構高給取りなんだけどさ。それでもバイクのローンがきつくって・・・。ソルジャー専用の寮だと、設備もすっげぇ整ってていいんだけど、その分家賃払うの大変なんだ」
どうせ寝るためだけに帰る場所なんだから、少しでも安い一般兵用の寮の方に移りたいんだと苦笑気味に説明するザックスだったりする。
あまりにあっけらかんとした物言いに、スコールの表情が微かに和らぐ。ザックスによく似た感じの人物を知っていることを思い出し、少し安堵する。誰に似ているのか、そこまで思い出せないのに焦燥を感じるのだが、今はこれで良しとするべきだろうと、冷静な判断を下してもいた。
ザックスが事情説明を繰り広げている間にセフィロスは再び端末に視線を戻すと、改めて別のウィンドウを立ち上げ、何事か入力を始めた。
長い指がリズミカルにキーボードの上を滑っていくが、キーを叩くわずらわしい音はほとんどしない。その作業は簡単なものだったようでほんの僅かの時間で入力は終わり、表示された画面内容を確認するため、視線がモニター上をいったりきたりした。それも終了すると、セフィロスはキーをひとつ押し、画面内容をプリントアウトした。
さほどの時間を要さず、プリンターが印刷物を6枚吐きだす。
それを攫ったセフィロスはそのうちの3枚をザックスに手渡し、残る3枚にさらさらと自分の署名を入れた。
渡された書類に目を通すうちに、ザックスの表情が驚きと喜びを宿す非常に複雑なものになっていった。
事態が全然把握できないスコールはセフィロスの顔を見遣る。すると、少々意地悪げに口元を歪めた端正な容貌がそこにはあった。
セフィロスがザックスに渡した書類は3種類あった。
1つはザックスの寮の移動を認める書類が1種類。それはソルジャー専用の一人部屋から一般兵用の上級士官専用の二人部屋への移動許可書だった。そしてもう1種類はソルジャー・クラス2NDへの昇進に伴い従卒を一人下級兵士からつける旨の書類であり、それは二等兵クラウド・ストライフを従卒に指名してされていた。そして同時に二人が同室になるようにという内容の辞令書だった。
残る1種類はクラウドに宛てたもので、明日付でソルジャー・ザックス付きの従卒に指名された辞令書と、ザックスと同室になるよう部屋を移動する旨が記されていた。
「それでは、不満か?」
これならば二人が一緒にいてもおかしくない状況だろうと、傍らに置いてやったのだからお前が気を配れと、翡翠の双眸が言っている。
ザックスは慌てて頭を左右に振ってセフィロスの言葉を否定すると、手にしていた書類を改めて押し頂き、
「辞令、謹んでお受けいたします、サー」
恭しい口調で言いながら、ブーツの踵をかつんとあわせ、完璧な角度で右手を敬礼の形にあげる。
教本にでも載せたいようなその姿に、セフィロスは呆れ気味のため息と共に止めろと片手を一振りする。そして一切の表情を消すと傍らに佇むスコールへと視線を引き戻した。
それにつられるようにザックスも敬礼を解くと、隣りに立つ若者へ顔を向けた。
二人の視線を浴び、スコールも自然と表情を硬くする。
それを認めたセフィロスはふっと口元を歪め、そして少し椅子を後ろへ退くとおもむろにその足を組んだ。
「さて、おまえの処遇についてなのだが・・・」
静かに紡がれる言葉は、それ以上のことを特に含んではおらずただ淡々と室内に響く。それでもスコールの肩は目に見えるほど大きく揺れ、僅かに青灰色の瞳が瞠られた。
緊張感が室内に満ちていく。二人の間でそれは徐々に大きくなっていく。
濃密なそれはまさに一触即発。
気がつけば、ザックスは手の平にじっとり汗を掻いていた。二人の間で交わされる緊張感の凄さに耐えきれなかった。
そんな極度に重圧を感じさせる沈黙を破ったのは、スコールだった。
「俺を営倉送りにでもするか?あんた達から見れば、俺は思いきり不審人物だものな」
気負うでもなく淡々と告げられる言葉にセフィロスはさらに苦笑を濃くする。
「そして、あの科学部門統括に目をつけられて、一生陽の目は見られなくなる・・・か。そうなりたいか?」
ほとんど感情の感じられない口調にも関わらず、スコールはそのなかに微かに嫌悪感を感じ取った。ちらり隣りに視線を流せば、ザックスも苦い顔をしている。
「ここでは尋問や拷問なしに、いきなり実験動物扱いされるのか?」
優秀な戦士が二人共に嫌悪する科学部門とやらに興味を覚えたスコールは、問いを重ねる。
「いや、通常は軍部の、治安維持部門の預かりとなる」
セフィロスは一旦言葉を切り、組んでいる足を変え、軽く指先を組ませた両手を腹部に載せる。
体重移動を受けて、椅子が微かに軋んだ。
「だが、おまえの場合、それはありえない」
先程も感じた言葉の少なさに、スコールは苛立ちを覚えたが、相手がどう説明しようか考え倦ねているのが判り、目線で続きを促すに留めた。
視線の意味を正確に理解しながらもセフィロスは敢えてそれから目をそらし、二人のやりとりに言葉を差し挟まずにいたソルジャーへ話題を振った。
「ザックス、おまえは気づいているだろう?」
俺に説明させる気かよと内心焦りながら、ザックスは軽く首肯し、紺青の双眸を知り合ったばかりの若者へと向ける。そこに居るのは、少しばかり端正すぎる気もするが、街を歩けばいくらでもいそうな若者なのだ。だが、普通とは違うものをこの若者は身に纏っている。
「スコール、おまえは不思議な感じがするんだよ」
言葉を言い換えるならばそれは違和感だった。そこに存在しているのが不思議に思えるくらい絶対的な違和感が漂っている。気がつくにはそれなりに能力が必要なくらい微かではあるけれども、そんな不調和音がスコールからは確かに感じられるのだ。自分の感じているそれを説明するための言葉が上手く見つからず、ザックスは困った顔つきでセフィロスを見遣った。
「上手く説明できない。あんた、説明してやれよ」
ザックスに話を持っていったのは、単に言葉を探すための時間稼ぎだったのが明らかな様子でセフィロスは話し出した。
「おまえは異能者だ」
断定的に紡がれた言葉に、スコールの目の光が暗く沈む。
「おまえの放つ雰囲気は独特で、普通の奴らとは全然違う。おまえのオーラパターンは異質なんだ」
セフィロスのそんな言葉に同意するように、ザックスは微かに頷く。
「見る目を持つ者がいれば、おまえのその異質さにはすぐに気づくだろう」
オレたちのようになと続けるセフィロスの口調に何故か微かに苦さが感じられ、スコールが視線をあげれば、翡翠の双眸が僅かだが自分から逸れていることを知った。そして次の瞬間にその視線が自分の方へ引き戻され、思い切り目と目が合ってしまう。その途端、セフィロスの目に僅かに悲哀の色が漂っていることを理解した。どうしてそんな表情をしているのか問いたかったが、今は口にするべきではないと己を戒める。
「おまえは普通のソルジャー達ともさらに違う。どちらかというと・・・」
滑らかな口調で話していたはずの声音が不意に途切れた。その言葉の切り方はいささか不自然で、スコールは勿論ザックスも怪訝な顔つきになった。
何かとても言葉にしづらいことを語ろうとしているのだろう、伏し目がちの秀麗な容貌には翳りが見られる。
うかない顔つきのセフィロスなど今まで見たことのないザックスは動揺を覚えた。自分が知っているかぎりセフィロスという人物は、英雄という言葉に相応しい絶対的な自信に満ちた、小憎らしいまでにあらゆることに対して完璧さを貫いている、そんな完全無欠な人間だった。そこに人間らしさは一切見受けられず、機械のようだとも思っていた。
それが今はどうだろう、血の通った人間に見える。意外な一面を見せられたことへの動揺は、いつしか好奇心へと変化していった。
「どちらかというと、オレのそれに似ている」
意を決したセフィロスが紡いだ言葉は、自分という存在を異端者扱いするそれだった。
「まじかよ!」
告げられた言葉にいち早く反応したのはザックスだった。目の前の平凡そうな若者が、自分の目標である英雄と類似している者であるという事実に頭をかきむしりながら悲鳴をあげ、スコールの全身を頭からつま先までそれはもうしつこいくらいの視線で眺め回す。自分より小柄な、重い剣など到底振り回せそうにないすらっとした若者が、不機嫌な顔つきでそこに立っていた。それが何だと言わんばかりのその様子に、ザックスはもう一度絶叫した。
「英雄と一緒なんだぞ!?」
もっと驚けよと少々興奮気味のザックスだった。
だが予備知識のまるでないスコールにはそれは伝わらず、かえって言葉は正確に話せよなと心の中での突っ込みを入れられる始末だった。このままザックスにつきあっていると、話の方向がずれていくばかりだと判断したスコールは軽く肩を竦めると、咳払いをして場の雰囲気を改めた。
「俺はどうすればいい?あんたに身柄を委ねればいいのか?」
最初の問いに話を戻す。まずは自分がどう扱われるのか知らなければ対策の立てようがないとの判断からだった。自分の身の振り方が決まってから今の話題を追求するのでも遅くはないだろうと思った。
「オレの預かりとさせてもらう」
きっぱり告げる口調から、セフィロスが最初からそうするつもりだったことを知るスコールだった。
「何故?」
自分だったならば恐らく取り得ない手段を選択した相手に向かい、反射的に問いを投げていた。
「おまえといると、退屈せずに済みそうだからな」
少し前までの暗い雰囲気など何処吹く風と言わんばかりに、セフィロスは楽しげな口調でそう宣言する。
「よろしくな!」
スコールの背中をばんばん叩きながら朗らかに告げるザックスの表情も実に楽しそうだった。
一人スコールだけが賛同できず、複雑な顔つきで佇んでいた。
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