夢幻彷徨〜スコール〜  ファイナルファンタジーMIX

 

第1章:邂 逅 【6】

 

 沈黙に飽いたのか、それとも時間を持て余したのか。
 セフィロスは無言のままソファから立ち上がり、そのままリビングルームから出て行ってしまった。
 それを一旦見送ったスコールだったが、珍しくも好奇心に負け、屋敷の主を追っていった。部屋から去り際、翡翠の瞳が一緒に来るかと促したような気がしたのも、その行動を後押しした。

 セフィロスが向かったのは書斎だった。
 広大な面積を誇るそれは、ちょっとした図書館規模の蔵書が収められている。
 収められている書物の大部分は高度な専門書で、読みこなすにもそれなりに知識を必要とするものばかりだった。それが多岐にわたって収められているのである。

 少し遅れて書斎に足を踏み入れたスコールは、まずその本の多さに圧倒された。天井いっぱいまである本棚にびっしり詰め込まれている蔵書の多さに驚きを隠せなかった。そして自分がその背表紙に書かれている文字全てを認識できることに気づき、さらに驚いた。
 自分の全く知らない、覚えのまるでない文字で記されているにも関わらず、それが読めてしまう。まるで自動翻訳機が頭の中に存在していて、無意識のうちに判る言葉に変換してくれている、そんな感じだった。
 試しに棚から本を一冊取り出し、ぱらぱらめくってみる。知らない文字で記されているそれの内容が、何の苦もなく読めてしまった。
 その事実にスコールは、自分は今、一体どんな状態なんだと、不安にかられる。
 自分は本当に、今この場所に存在しているのかと懐疑的になってしまう。誰か知らぬ人間にジャンクションしている状態なのではないかと、思ってしまう。
 思わず、本を抱えるその手を見つめてしまっていた。そこにあるのは、確かに自分の手だと確信できるそれ。
 暗い思いに囚われかけたスコールは、ぱたんと本を閉じ、首を左右に振った。

 書斎を訪れたセフィロスの目的は、読書ではなかった。書斎に置かれている重厚なデスクの一隅に据えつけられているコンピュータ端末がその目的だった。
 この端末は神羅カンパニーのデータベースとネットワークを介してリンクしており、本社内にあるセフィロス専用の端末と同じレベルの情報が閲覧可能になっている。
 書斎入り口に向かい合うようにおかれたデスクはコの字型をしており、端末はその左側に置かれている。デスクの中央は書類や書籍を広げるのが常になっているから、余計なものを置く空間はなかった。自然、椅子を少し左側に向けて端末を操作することになる。デスクの真正面に立てば、モニター画面を見ることも可能な配置だった。
 スコールが書斎に入ってくるのを目の端で捉えながら端末を起動させる。すぐに微かな機動音と共にモニターが光り、端末が使用可能状態になった。
 長い指先がキーボードの上を滑るように動いていく。それにあわせてモニター画面が目まぐるしく表示内容を変えていった。やがてミッドガル市街の地図がモニター上に展開され、その上を2点の光点が滑るように移動している様子が写しだされた。それは先程までザックスと共に使用していたバイクに搭載されているGPS装置がその所在を示しているものだった。ちなみに神羅カンパニーが所持している全ての車両には、必ずGPS装置が搭載されている。
 それを確認したセフィロスはさらに別のウィンドウを立ち上げ、そちらで別の検索をかける。
 検索項目は、ソルジャー・クラス2ND・ザックス。
 ソルジャーは神羅カンパニー内でもトップクラスの重要機密になるのだが、セフィロスの持っているパスはそれを軽々スルーできるレベルのものだった。
 すぐにザックスについての詳細なデータが、履歴は勿論のこと、戦闘能力や身体能力、精神状態等といった本来ならば数値化の難しいそれらについても精密なデータが表示される。
 セフィロスはそれにざっと目を通してから、さらにその画面からザックスのここ数時間の行動について検索をかけた。

 基本的にソルジャーは、特にミッションについていない時間は所属している基地の周辺都市内での自由行動が可能となっているため、その所在がいつでも知れるよう、そしていつでも招集に応じられるよう、PHSの携帯が義務づけられている。これにもバイク同様GPS機能が搭載されており、PHSが生きている限り、その所在は会社側に筒抜け状態となる。
 無論セフィロスも同様にPHSを携帯する義務があるのだが、彼の場合、それはほとんど活用されていなかった。大抵は本社内の自分の執務室にいたし、そうでなければマテリア関連の研究施設か訓練施設にいる。その何れにもいない場合にはほぼ確実に何某かのミッションについていた。こうして昼の時間帯に自宅に戻ってきていることは滅多にない。
 行動がすでにパターン化しているため、PHSの常時電源オフについて会社側からクレームが来ることはなかった。また、彼にそれを指摘するだけの度胸や勇気をを持つ者もいなかった。指摘されたとしても、不意に鳴らされる呼び出し音が煩わしくて仕方ないセフィロスとしてはそれを無視することに端から決めており、これからもそれが改善されることはないだろう。

 案の定、ザックスのPHSの軌跡がしっかり会社側のデータベースに記録されている。自分と行動を共にしている時間のほとんどすべてが記録として残されてしまっていた。
 あんな形で任務を放棄してきてしまっているのだから、連中がそれに注目しないわけがないと、自嘲に口元を歪める。
 メインコンピュータにハッキングをかけてデータを改竄しようかと一瞬思いかけたが、それは無駄な行為だと自分を戒める。不正アクセスに対する対抗手段として設けられているセキュリティは何重にもあり、また、バックアップも複数とられていることを思い出す。それらを突破し目的を遂げるのは比較的容易だったが、後の始末が何かと面倒くさい。それならばデータはそのまま残しておいて、別の手段を講じた方が数段効率がよいだろう。
 自分が姿を消してからすでに1時間は経過しており、姿をくらます前、クラス2NDのソルジャーと一緒だったことはあの場にいた全員に知れ渡っている。招集をかければすぐにそのソルジャーが誰であるかなど知れようというものだ。そこからは自分が今して見せたような検索がかけられ、おおよその行動はすでに会社側に知られてしまっていると思ってよい。
 そういう結論に達したセフィロスは、次の手段を講じるため、さらにザックスのデータベースを閲覧した。
 すぐに目的の情報が画面に表示される。
 デスクの引き出しから携帯を取り出し、表示されている番号をダイヤリングする。
 なかなか気づかないのか、相手は呼び出しにすぐには応じなかった。
 緊急時の呼び出しに対してこれでは減俸ものだぞと、少々苛立ちを感じるだけの時間が流れた頃、ようやく相手が呼び出しに応じる。待たされたという感が強かったセフィロスは、珍しく不機嫌そのままを露わにした声音で、相手が名乗るより早く、
「遅い」
一言呟いた。

 

 

 特に問題もなく、ザックスはクラウドと共に神羅ビルに隣接する基地へ戻ってくることができた。
 勝手に拝借していたバイクを何気ない顔で戻し、あれからどうなったのか様子を窺いに訓練施設へと足を運ぼうとした。そこで、常に携帯が義務づけられているPHSがけたたましく鳴り響き始めた。
 突然の呼び出し音に、クラウドの顔が引きつる。
 呼び出されている本人もびっくりしたようで少々顔が歪んでいた。
 腰に装備しているパウチからPHSを取り出し、液晶画面を見つめる。
 ディスプレイに映し出されている番号はザックスの記憶にまるでないものだった。だが、番号と共に表示された名前を見て、驚きを通り越して少々呆れてしまった。
 SEPHIROTH。
 ディスプレイには、そう表示されている。
 何時の間に自分の番号を入手していたのやらと思いつつ、コールに応じてみた。

 クラウド自身は所有していないが、それでもPHSの存在は知っていた。そしてそれを通してやりとりされる事柄が、場合によっては機密扱いクラスのものであることも教えられていた。だからこれからやりとりされるであろう会話を耳にしないためにも、ザックスから意識的に数歩離れた。

 『遅い』
こちらが呼びかけるよりも先に受話器からこぼれた言葉がこれ。
 ザックスは苦笑するしかなった。
「何で俺の番号知ってるんですか?サー」
今更だとは思いつつ、とりあえず上官扱いしてみると、案の定、受話器越しに低い笑い声が響き渡る。
『そちらの様子はどうだ?』
どうして自分の居る位置を知っているんだと一瞬思い悩んだが、すぐにその理由に思い至り、苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
 無断拝借したバイクにも、今現在使っているPHSにも、GPS機能が標準で搭載されているのだ。PHSは電源を切れば追跡不可能になるとはいえ、隠密に行動していたはずの今までの行動が全てご破算になったと、つまりはそういうことらしい。途中でそのことに気づけなかった自分の愚かさに呆れてしまうザックスだった。
 急にがっくり肩を落として落ち込んだザックスにをクラウドは気遣わしげな視線を注ぐと、それに気づいたザックスが元気のない笑みを浮かべてみせ、何でもないという風に首を左右に振った。
「特に何の問題はないように見受けられます。サー」
ザックスが簡潔に応じると、相手は何か考え込んだ様子でしばらく沈黙が続いた。
 その間にザックスは軽く送話器の部分を手で押さえ、こちらの会話が相手に伝わらぬようにすると、目線でクラウドにもっと傍に来るよう促した。
「面倒事はごめんだろ?これ以上巻き込まれないうちに寮に戻った方がいい」
自分が置かれている状況がどんなものかまるで見当がつかないが、告げられた言葉にこもる労りの心にクラウドは不承不承頷いた。納得はできていないが、ソルジャー二人が、しかも一方はあのセフィロスなのだ、関わるような事柄に、一兵卒にしか過ぎない自分が首を突っ込んで良いはずがないと、事情を知りたがって仕方のない自分にそう言い聞かせるしかなかった。
 自分を見つめる碧落の瞳からその心情を読み取ったザックスは、ちょっと困った顔になる。本来ならばクラウドも当事者であるから、ある程度は話してやりたいのは山々なのだが、現時点ではこれからの方針が決まっておらず、迂闊に口にすることはできないのだ。
 無理矢理に自分を納得させてみたが、それでも悔しいという感情は抑えきれず、クラウドは思わず下唇を噛んでいた。
「それでは失礼いたします、サー」
人前だということもあり、クラウドはザックスにきちんとした敬礼をしてその場を辞していった。
 その背中を複雑な気持ちで見送りながら、ちらっと手の中のPHSに視線を走らせる。
 送話器部分を押さえていたのだからこちらのやりとりが聞こえていたはずはないのだが、絶妙のタイミングで受話器から声が小さく漏れた。
『いいだろう』
あまりに脈絡のない言葉過ぎて、ザックスには一瞬何のことだか意味が判らなかったが、すぐにそれが情報開示の許可だと気づく。
「後で話、してやるからな!」
力なく去っていく背中へ、大きな声でそう告げてやると、弾かれたように振り返ったその顔に嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
『こちらにすぐに戻って来られるか?』
言外に基地にそれ以上近づくなと警告され、ザックスもそれに否やはなかった。
「イエス・サー」
簡潔な返答を聞き届けた相手はさっさと通話を終了した。

 小柄な姿が建物に消えていくのを見届けたザックスは、セフィロスの屋敷まで戻るための手段を算段し始め、しばらく考え込んだ末にあることをひらめき、思わず両手をぽんと打ち合わせる。その口元がやったぜという形に歪んだ。
 現在自分の居る場所から先程いたセフィロスの屋敷までそれなりに距離があるため、徒歩での移動は断念せざるを得ない。かといって先刻のように会社の物を無断拝借していくのも、これ以上は無理がある。ましてや公共機関での移動など、考えただけで目眩ものだ。そうなると、『自前の足』が必要で、そして都合の良いことにザックスにはその『自前の足』というものに心当たりがあった。
 目指すはソルジャー専用駐車場。
 思いついたら即実行に移すのが信条のザックスは、明るい表情で走り出した。
 超人的な身体能力を思い切り活用し、目的の場所まで短時間で辿り着く。
 蒼い瞳が捉えるのは、一台のバイク。黒い偉容のそれは広大な駐車場内でも一際目をひく。
 それは神羅の最新技術を駆使して創りあげられたもので、総排気量1160ccというモンスターマシーンだった。搭載されているエンジンは馬力、トルク共に怪物的な数値をたたき出すが、耐久性が低く、パワーバンドも狭いため、乗りこなすにはそれなりの技術が必要な代物であり、また値段もそれなりにするものである。
 そのスペックのあまりの凄さに、周囲の人間が乗りこなせないと敬遠していたのを尻目に、ザックスは一目惚れをして購入を即決していた。余談だが、高給取りのソルジャーとはいえ、購入するにはそれなりの覚悟がいる金額だったため、ザックスは現在、かなり懐具合が寂しかったりするのだ。
 愛車『ハーディ=デイトナ』のエンジンをワンキックでかけ、エンジンの暖機をきちんと確認したザックスは目的地へ向けて走り出した。



 

 

 

 

 

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