夢幻彷徨〜スコール〜  ファイナルファンタジーMIX

 

第1章:邂 逅 【5】

 

 二人が慌ただしく姿を消してからしばらくの間、残された二人は沈黙に閉ざされたままだった。互いに尋ねたい事柄がたくさんあるのだが、それを口にするきっかけが得られない。どちらかと言えば口数の少ない二人は、タイミングを掴み損ねて沈黙を守っていた。

 

 翡翠の瞳が、改めて若者の観察を始めた。
 美醜に関してあまり関心がない自分でも、思わず目を惹かれる端正な容貌。鳶色の髪に包まれたその顔は女顔と言われても仕方のない整ったものだが、惜しむらくは額から鼻梁にかけて右から斜めに刻まれた傷がある。その壮絶なアクセントと青灰色の強い眼差しが、若者の性別を明らかにしていた。
 身に纏う黒衣は普通にある革製のように見え、若者の素性を証しだてるものでもない。かえって街中を普通に闊歩している少年たちと大差ないように思われるものだった。しかしよく観察すれば、若者が身につけているものが単なる衣装ではないとすぐに知れた。
  若者の腰に袈裟懸けにかけられているベルトは、片方が長剣を下げるための剣帯と判る。そしてそれには拳銃の弾丸を入れておくためのポーチがついている。ファッションと呼ぶには実用的なそれらが、若者の身分をある程度知らしめている。若者が戦場に身を置く者だと、明示していた。
若者から、硝煙の香りが漂ってくる気がした。

 

 青灰色の瞳が、改めて銀髪の男を見据えた。
 誰もが目を惹かれてしまうこと間違いなしの端正極まりない容貌。腰より長いその髪は純銀で細工されたもののように素晴らしい色合いだった。完璧すぎるその容姿が、男の存在を実に非人間的に見せている。そしてそれを助長するかのように、不思議な輝きを纏う翡翠色の双眸には冷たい色が宿っていた。自身が抜き身の太刀のような印象を与える。
 一目で戦闘用と判る黒い衣装を当然のように着こなしているすらりとした長身。今はソファに長い足を軽く組んで寛いでいるが、戦闘に入った瞬間爆発的な戦闘力を発揮することを、若者は身をもって知っていた。
 男の全身から血の匂いが漂ってきそうだった。

 

 現状を把握しきれていないだろうに、若者は一見すると至極落ち着いて見える。いっそ憎らしいほどの落ち着きぶりに、セフィロスは思わず口元を歪めた。
「おまえは何者だ?」
先程と同じ質問を再度繰り返す。
 スコールはやや考え込む顔つきになったが、すぐにセフィロスに真っ直ぐ視線を据えた。
「バラムガーデンのSeeD、傭兵だ」
躊躇いもなく口にされた言葉は、しかしセフィロスの記憶には全くないものだった。口の中で単語を転がしてみるが、やはり自分の持っている情報のどれにも引っかからない。それが如実に顔に表れたのだろうスコールは軽くため息をついた。
「俺は、どうやら、道に迷ってるらしい」
砕かれた記憶はあまりにも漫然としすぎていて、詳しい情報までは引き出せないが、それでも自分が本来の場所へ戻れずにいることだけは判断できていた。時間軸に沿って迷っているのか、それとも最早時間という枠を超えてしまって迷っているのか。何れとも言い難いが、この世界が自分の知るそれとは違っていることだけは判った。
「それと、記憶が、曖昧なんだ」
日常的なことは覚えているようだが、思い出、特に周囲にいただろう人々との記憶が無惨に砕け散っているようだと、スコールは淡々と言葉にした。
普通の人間ならば戦慄を覚えずにはいられない告白だったが、セフィロスは小さくふむと呟くのみだった。
「では、おまえは異世界の住人と、そういうことか?」
「恐らく」
俺はあんたのように自ら光る目をしている人間を知らないようだからなと、至極あっさり口にする。
記憶を失っているにも関わらず異様なまでに落ち着き、至極淡々と受け答えするその様子に、セフィロスは歪みを感じた。それが、本人の言うとおり此処が若者の属する世界ではないという証にも思えた。そしてふと思いついたことを、若者に質問した。
「ならば何故、言葉が通じる?」
異世界から来たという言葉が本当ならば、当然使われている言語も違うはずである。それなのに今までの会話のなかで少しも不自由を互いに感じていないのだ。
 明確な答えが判るはずもなく、スコールは軽く肩を竦める。
 セフィロスもそう簡単に答えが得られるとは思っておらず、目を眇めた。


 再び、二人の間に沈黙が落ちていた。

 

 

 クラウドは強張った表情のまま、前方を行くザックスの背中を見つめていた。自分が現在置かれている状況を把握するためにも、その背中に是非とも声をかけるべきだと言うことは十分判っているのだが、先刻の黒銀の姿が脳裏をちらついて上手く言葉が出てこないのだった。
 クラウドの狼狽が手に取るように判るザックスだったが、普段はクールな態度を貫き通している少年の、いつもとは違うそんな姿についつい喜びを感じていた。少しだけその内面に触れる機会を得たことに嬉しさを感じていた。そして初めて、自分が何故これほどまでにつれない態度の少年に構いつけてしまうのか、その真意を理解した。

 二人はそれぞれ別のことを考えながら、目的地までただ黙々と足を進めるのだった。

 

 行きとは違い、人目を避ける必要性のなくなった道のりは短く、先刻の三分の一程度の時間でたどり着いた。
 バイクは先刻乗り捨てたときと同じ状態で停車している。
「ほいっ」
ザックスはセフィロスから預かった鍵をクラウドに投げて寄越し、自分はさっさとバイクに跨りエンジンをかけた。
 手の中に落ちた鍵とバイクを交互に眺めたクラウドは、少々困った顔になった。目の前に駐まっているバイクと自分の体格を思わず見比べてしまう。バイクには苦もなく乗れるが、それでもこれには参ってしまった。
 バイクが大きいのだ。ソルジャーに相応しい体格のザックスにはそうではないのだろうが、小柄なクラウドには少々荷が重すぎるかもしれないくらい、バイクは大型のものなのだ。どうしようか判断に迷ったクラウドは、自分をここまで連れてきた相手に声をかけることを選択した。
「サー・ザックス」
困惑も露わな呼びかけに、しかしザックスは顔を顰めた。
「その呼び方、やめ。俺、堅っ苦しいの苦手なんだわ」
本当に嫌がっているのが一目で判る表情と口ぶりで、鳥肌がたっちまうぜとザックスは肩を竦めた。
「ですが・・・」
上官には徹底的に礼を尽くして接するよう、入隊して間もない頃からたたき込まれてきたクラウドは、ザックスの言葉に戸惑いを感じた。
 ザックスは着用している制服から判るようソルジャー・クラス2NDの地位にある。この地位であれば最低でも大尉の尉官に就いているはずである。今年入隊したばかりの新兵であるクラウドは最下位の二等兵。ザックスは所属こそ違えども、立派に上官にあたるのだ。ちなみにセフィロスはソルジャー・クラス1STで上級大将の位にあり、名目上は治安維持部門統括のハイデッカーが元帥になっているがそのあまりの無能さぶりから、セフィロスが実質的に軍を差配している。
 戸惑い困惑しているクラウドの姿から、今の自分の言動がどれだけ相手に無理難題をふっかけているか理解したザックスではあるが、それでもこれだけは告げたいと言葉を重ねる。
「俺、おまえと友達になりたいんだよ」
友達には堅苦しい言葉遣いなんてしないだろうと、少々照れくさげに頭をかきながらそう言い募る。
 思いがけない言葉に、碧落の双眸が驚きに瞠られた。

 

 いま、この人は何と言ったのだろうと思考が空転する。普段の自分の態度からすれば、それはとてもではないが考えられない言葉だった。理由は未だにもって不明なのだが、面倒を見てくれようとしているこの人から、自分はいつも逃げ出しているのだ。猫が後ろ足で砂をかけて逃げ去るように、ひどい態度をとり続けてきたのだ。それなのに友達になろうと、なりたいと、この人は照れながらも真面目に言うのだ。
「俺なんかと・・・ですか?」
無意識に小さく呟いた言葉。それにすらこの人は敏感に反応する。
「俺『なんか』とはなんだよ。おまえ、もう少し、自分を大切にしろよな?」
自分を卑下するようなこと言うなよと、自分のことでもないのに、この人は腹を立ててくれるのだ。今まで自分に対してこんな態度をとった人はいなかった。いてくれなかった。
 そう思った途端、クラウドは、凍りついていた心の一部が柔らかくなっていくのを感じた。目に熱いモノがこみ上げてくるのを感じた。

 

 自分の投げた一石が、かなり衝撃的なことは重々承知していたが、それでも伝えたかった。肩肘をはって独りで生きていこうとしている少年に、自分が傍にいることを教えてやりたかった。
 今まで目にしてきた無表情が仮面だったことを証明するように、くるくる表情を変えていく少年をただ見つめていた。自分の言動があまりにも唐突すぎて、それを理解するのに懸命なその様子を見守っていた。
「俺なんかと・・・ですか?」
恐らく無意識に口に上らせてしまっただろう少年の言葉に、胸の奥がざわつくのを感じた。
「俺『なんか』とはなんだよ。おまえ、もう少し、自分を大切にしろよな?」
どうしてこいつはこんな言動をとってしまうんだろうと、少々悲しい気分になった。そんな風だから心配なんだと、傍についていてやりたいと強く思う。
「自分を卑下するようなこと、言うなよ」
ついつい強い口調で説教じみたことを口にしてしまった。
 それがきつく聞こえてしまったのか、真っ青なその瞳から涙がこぼれ落ちていくのを、ザックスは認めた。

 

 クラウドは声をたてずに泣いていた。人前で泣いてしまうなど恥ずかしいから泣きやもうと思うのだが、それは叶わなかった。次から次へと涙が溢れてきてしまうのだ。
 故郷を後にして以来上手く制御できていたはずの感情の波が、自分の手を離れ、大きく揺れ動いている。
 胸一杯に広がるこの思いを何と表現すればいいのか。ただ、自分が今流している涙は悲しい涙でないことだけは確かだった。
 ふと、視界に大きな影が入る。それが何なのか、確かめなくても正体がわかる気がした。
 優しく頭を撫でてくれる感触がする。それは何度も何度も優しく繰り返される。慈しみが感じられるその仕草に、クラウドは思わず微笑んでいた。
「お〜泣いたカラスがもう笑ったな」
涙に視界はぼやけていたが、それでも蒼い瞳のソルジャーが破顔一笑しているのが見て取れた。
「返事は?」
泣き顔をこれ以上見られたくなくて思わず顔を背けると、ザックスは声をたてて笑う。
他人に笑われたというのに、今の自分はそれを悔しがり羞恥にかられるでなく、ただほんの少しの照れ臭さを感じている。不思議な心境の変化に、それでもクラウドは嬉しさを感じた。
「イエス・サー」
わざと完璧な仕草で敬礼をしてみせるクラウドに、ザックスは苦笑を浮かべた。

 

 「で、俺に何、聞きたかったんだ?」
戸惑い気味にかけられた声を覚えていたザックスは、エンジンをかけたままにしていたバイクに戻りつつ気軽に尋ねる。
 それを見ていたクラウドはちょっと考え込む素振りを見せた。ザックスの言葉があまりにも思いがけないものだったので、そちらにばかり意識がいってしまっていたのだ。やがて自分が何を言いかけていたのか思い至り、少し頬を紅潮させた。
「バイク、俺に乗れるかなって・・・」
自分のコンプレックスをいたく刺激してくれる言葉を、それでも何とか口にしたクラウドはザックスを見返すことはできず俯いてしまう。
 そんな様子から相手の思考を読み取ったザックスは頭をかきながら、クラウドとバイクを見比べた。
 確かに一見するとバイクはかなり大きいかもしれないが、さほど排気量が大きいわけではない。じゃじゃ馬なバイクではないから、それほど筋力も必要ないだろうし、高速で走る必要性も全くない。神羅ビル内の所定の位置にさえ運べればいいのだから、センスさえあれば乗りこなせないこともないだろう。
 そう結論づけたザックスは、
「大丈夫だって!おまえ、バイク乗れるっていってたもんな〜。で、どんくらいまでOKなんだ?」
俯いたままぼそぼそ呟かれる返事をふむふむと大きな仕草で頷いてみせるザックスだったが、小柄な割にかなり排気量の大きいバイクも乗りこなせると知って驚いてしまった。
「それだけ乗れるんだったら大丈夫。こいつ、そんなに重くねえし」
ザックスが乗ってみろよと促してやると、クラウドはおずおずといった感じにバイクに跨る。シートの位置はそれほど高くないから、何とか足は地面についた。試しにスタンドを跳ね上げて見ると、一瞬支えきれず車体が大きくぐらついたが、何とか持ちこたえられた。どうやらぎりぎりで乗りこなせないこともないだろうと見切りをつけたクラウドは、思い切ってバイクのエンジンをかけてみた。心地よい振動が全身に伝わってくる。嬉しさのあまり思わず振り返ったクラウドは満面に笑みを浮かべていた。
「OKそうだな」
言い様、バイクを発進させた。


 

 

 

 

 

 

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