夢幻彷徨〜スコール〜  ファイナルファンタジーMIX

 

〜序 章〜

 

 世界を破滅へ追いやろうとした魔女アルティミシアとの全てをかけた最終決戦。
 数多の命を背負いながら、邪悪に堕ちた悲しい魔女を倒すことに、スコールたち一行は成功した。しかし、魔女のいた時代、彼らにとっては『未来』にあたる時間の流れから、彼らが今生きている時間『現在』に戻る途中、スコールだけが道に迷ってしまった。
 遠くから仲間たちの声が聞こえてくるが、何故だかそちらへ向かって歩んでいくことができない。声のする方向へ懸命に駆けていくのだが、どうしても彼らに追いつくことができない。
 焦れば焦るほど仲間たちの声は無情にも遠ざかっていくのだ。

 自分はこのままここにいなければならないのだろうか。
 もう二度と皆のもとにたどり着けないのだろうか。

 不安に苛まれながらもスコールは足を進めていた。動かなければ、自分から行動しなければ、仲間たちの元にはたどり着けないことは判っていた。

 

 

 懸命に『現在』への道を探していたが、その途中で『過去』の『自分』と対面する羽目になってしまった。
 そしてそこで、自分がこれまで歩んできた人生総てが、世界が自分に求めた役割への一本道、その流れ以外に自分の人生は許されていなかったことを知った。

 『姉』が自分を置いて出て行ってしまったあの日。
 半分泣きながら置いて行かれたことが理解できず、家を飛び出したあの日。

 結局『姉』の姿を見つけることはできずに家に戻ってきた自分が見たものは、全身黒ずくめの怖い顔つきの『お兄さん』だった。
 その『お兄さん』は不思議な形の『道具』を持っていて、幼い自分はそれにとても惹きつけられたのだ。
 その『道具』が『ガンブレード』という武器だと言うことは、後で知った。
 いつか自分もこの手であの『道具』を自在に操ってみせると思った。

 この、『過去』への回帰は、世界が自分に課した『運命』という名の『予定調和』のうちだった。

 あの日の出来事がなければ、今の自分はおらず、また、今の自分がいなければ、あの日の出来事はなかったのだと、否応なく思い知らされたのだった。

 

 

 ふと気がつけば、地平線以外に何も見受けられない果てしない荒野に、一人佇んでいる自分がいた。
 あらゆるものが遠ざかり、自分という存在のみが佇む空間。
 そこは、現実感に乏しい夢うつつのように、心許ない感じを与える奇妙な空間だった。
 周囲を取り囲む総てのものが、非現実的だった。
 そんななか、靴底を通して足裏に伝わってくるごつごつとした岩の感触だけが、妙に現実的だった。

 どちらの方向に進めばよいのか判らなかったが、それでもスコールは立ち止まることをせず、ひたすら前を目指して歩いていた。
 すでに仲間たちの声は聞こえてはおらず、激しい孤独感に苛まれながらも、それでも一縷の望みを胸に抱き、歩み続けていた。
  時間の感覚はとうになくしていたが、それでもかなり長い間足を運び続けていることは、鉛のように重くなりつつある足の感覚で知れた。
 徐々に遅くなるその歩み。それに呼応するようにスコールは俯き加減になっていった。
 好んで身につけている衣装や装身具の数々が、これほどまでに重いと感じられたことがないくらい、ひたすら歩き続けた頃、不意に景色が変わった。一瞬、目の錯覚かと思えるほど唐突に景色に変化が見られた。
 青灰色の瞳に、これから歩むべき大地が映らなかったのだ。
 すぐ目の前が崖になっていることを知り、今来た道を戻るしかないと重い重い身体を引きずるようにして振り返った途端、スコールは瞠目した。
 視線の先には果てしなく続く荒野が広がっていなければならないはずだった。しかし、そこにはすでにそんなものは存在していなかった。
 広大な海の中央にぽっかり浮かんでいる小さな小さな島のような大地。
 それが今スコールが踏みしている大地の姿だった。
 引き返せる場所もすでになく、求める場所へ歩んでいくための希望をもたたれたスコールは、全身をすっぽり覆う疲労感に抗えきれず、とうとうその場に座り込んでしまった。
 首をがっくり項垂れ、絶望に閉ざされた顔でぎゅっと目を固く閉じた。
 大事だと、大切なかけがえのものなのだと感じられるようになった仲間たちと、もう二度と会えないのだという暗い思いに、スコールは囚われた。

 心に、暗黒が広がっていく。
 ありとあらゆるものをどん欲に飲み干す虚無がぽっかり口を開けていく。

 このまま、自分という存在は喪われていくのだろうか。
 このまま、誰にも看取られず消えてしまうのだろうか。
 このまま・・・。

 ふと、何かの気配が感じられたような気がして、スコールは残る力を振り絞って顔をあげた。しかしそこには、どんよりとした曇天が広がっているだけだった。
 それでも、確かに何かの気配が感じられる。
 縋るような眼差しで見つめ続けた視線の先に、やがて、白い1枚の羽が捉えられた。
 その羽はゆっくりと回転しながら、スコールの元へと舞い落ちてくる。
 恐る恐る差し伸べられる手。
 戦闘用の黒革の手袋に包まれた手の平へ、その羽はそっと落ちてきた。

 羽から、暖かいものが流れ込んでくる。
 胸に広がる不思議な安堵感。

 心地よいそれに身を委ねようとした瞬間、それは起きた。
 激しい痛みを伴って、自身では思い浮かべていないはずの過去の情景が脳裏に次々と蘇っていく。

 強引に、脳裏へと引きずり出されていく思い出たち。
 走馬燈のように巡っていく思い出たち。

 何度も何度も執拗なまでに同じ場面が繰り返されていく。
 が、それが全く同じものではないことに、スコールは気づいた。

 思い出が、仲間たちの姿が歪んでいく。
 その時感じたていた思いはそのままに、姿だけが歪んでいく。
 声も顔も、その存在すらも、ノイズが入って認識できないかのように薄れていく。

 ・・・思い出が、壊れていく。
 ・・・大切な思い出たちが、どうしようもないくらい壊れていく。

 心が・・・・・・壊されていく。

 『・・・!』
 大切な思い出のなかに佇む相手の名を呼んだが、呼ばれて振り返ったその顔は、すでに思い出せなくなっていた。

 さらさらと音をたてて、思い出が崩れ去っていく。
 心のうちに修復不能な大きな亀裂が入るのを、スコールは感じた。
 頬を伝い落ちる一筋の涙。

 力を喪った全身が、ゆっくりと背後に倒れ込んでいった。

 

 

 最後の戦いに赴く前、戻ってくる場所だと二人で決めた花畑のなかを、リノアは必死に走っていた。必死になって求める姿を探し歩いていた。
 一緒に戻ってこようと約束したスコールの姿がどこにもないのだ。足がくたくたになるまでずっと探し続けているのだが、スコールの姿だけがどこにもないのだ。
 いくら待っても彼の姿が現れる様子はなく、時間だけがどんどん過ぎていく。
 嫌な予感が心をよぎる。
 でも、それでもリノアは必死にスコールの帰還を信じて待つしかできない。

 胸元で、鎖に通して身につけている二つの指輪が澄んだ音をたてた。
 その存在感を示すように、微かだが確かに音をたてた。

 リノアは切なげにそれを見遣ると、祈るような表情を浮かべて、ぎゅっと二つの指輪を一緒に握り締め、不安を助長するかのような曇天を見上げた。

 お願い。
 お願い、早く帰ってきて。
 貴方が姿を見せてくれたら、私、飛びつくから。
 貴方の胸に飛び込んでいくから。
 貴方という存在を、私に全身で感じさせて。

 これ以上、私、限界だよ。
 貴方がいないと、私、不安でたまらないんだよ?
 貴方がいれてくると、私、安心できるんだよ?

 お願い。
 私を安心させてよ!

 お願い、早く帰ってきて。
 だから・・・。

 スコール!!

 心の中で待ち人の名前を叫んだ瞬間、リノアは周囲の景色が歪んだ気がした。

 

 

 激しいめまいに襲われたリノアは、気がつけば果てしない荒野に一人佇んでいた。
 自分の記憶のなかにない景色のはずだが、自分が今いる空間に対して、恐れや戸惑いは感じていなかった。自分の進むべき方向が、何故だか判る気がした。
 覚悟を決めたように軽く頷いたリノアは、導かれるようにその足を進めていった。

 そしてその先にあったのは・・・。
 力なく手足を投げ出し、ぐったりと倒れているスコールの姿だった。

 青冷めたその顔。
 無防備に横たわる身体。
 表情が一切拭い去られていて、一見すると人形に見えかねないその姿。

 脳裏に宿った不吉な言葉を、リノアは頭を振って打ち消した。

 傍らにそっと膝をつく。
 それでもスコールが目覚める気配はなく、リノアは涙ぐみたくなった。
 これほど近くにいるのに、気配に聡いスコールがそれに気づかないはずはないのだ。普通ならば。

 腕を伸ばしてその胸に触れてみる。
 それでもスコールは身じろぎひとつしない。
 触れた指先は、少しひんやりとした感覚をリノアに与え、リノアの顔がくしゃっと歪む。

 涙ぐみそうになりながらも、リノアはスコールの身体を抱き起こし、膝に頭をのせる。
 それでもスコールはされるがままだった。
 人形のように無反応だった。

 さらさらの鳶色の髪に指をいれて軽く梳いてみる。
 するとスコールの頭は梳かれている方向に、力なく動いてしまう。

 泣きたくなかった。決して泣きたくはなかった。
 涙をこぼしたらそれで総てが終わってしまう気がしていた。

 だから、リノアはそっとその名を呼んでみた。
 もしかすると自分の呼び声に、固く閉ざされた目蓋があいてくれるかも知れないと、そう思った。思わずにはいられなかった。

 でも、スコールの目蓋は開くことはなかった。

 抱きかかえた身体は冷たかった。
 とても冷たかったのだ。

 リノアの表情が強張る。

 スコールの胸からは鼓動が感じられず、また、上下してもいなかった。
 ただ冷たい身体が、そこにはあった。

 リノアはわっと泣き崩れ、腕の中の身体を抱き締めるしかなった。

 

 

 

 

 

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