音もなく舞い落ちてくる雪。
少女はそれを綺麗だと感じていた。死が目前に迫ってきてるのを理解していて尚、雪が綺麗なものだと思える自分に安心していた。大好きなものを大好きと今でも感じられる自分が、嬉しかった。
雪を受け止めようと手を差し伸べる。
少女の知っているそれよりもちょっと小さな結晶の塊がそっと手の平に舞い落ちた。
青い瞳に、嬉しそうな光が宿る。何が楽しいのか、くすくす忍び笑いが洩れる。
それからも少女は寒さなどすっかり忘れているかのように、何時までも無邪気に雪の乱舞と戯れていた。
ふと、少女は何かを感じて視線をあげた。
灰色の重く厚い雪雲を背景に、黒い塊がゆっくり舞い降りてくる。
それを目にした瞬間、少女は心が痺れるのを感じた。待っていた何かが顕れたのだと感じた。
黒い塊はやがて少女の目にもその姿がはっきり判るようになった。
それは、黒衣をまとった青年の姿をしていた。
怖いくらい整った端麗な青年。
完璧すぎるその容貌はいっそ作り物めいていて、少女は人形のような人だなと感じていた。
燃え上がるように強い瞳は綺麗な緑色で、以前少女の母が見せてくれた翡翠という宝石のようだった。
端麗なその顔を縁取る髪は純銀細工そのままのような色合いで、それが黒衣にこぼれ落ちる様は何とも言えず綺麗だった。
そしてそれよりも何よりも、青年の背中には翼があった。教会に飾られている守護天使像のそれに良く似た翼があった。でも、何故だかその翼は片方しかなく、しかもそれは漆黒に染め抜かれていた。
青年は、ゆっくり少女の目前に舞い降りた。体重を感じさせぬ滑らかな仕草で降り立った。
「天使・・・さま?」
少女は青年を見つめたまま、その姿から視線をそらせぬまま、呆然と呟く。
少女の言葉に何を思ったのか、青年はうっすら冷笑を浮かべて少女にその手をすっと差し伸べた。
「痛みも、悲しみも、何もかもがない場所へ行きたくはないか?」
青年の端正な唇から紡がれる言葉は全く温度の感じられないものだったが、それでも少女の心の琴線を震わせる力を有していた。
「行きたければ、この手をとるがいい」
自分に力強く差し出されるそれが何を意味しているのか、聡い少女は理解していた。
少女の逡巡を知った青年は冷笑を一瞬で消すと、今度は蕩けるような優婉な微笑みを浮かべて見せた。
「それだけで、総てが終わる」
その場に蹲ったままの少女の耳元に、優しい口調で囁きかけた。
その声音を聞いた途端、胸の内で何かが音を立てて壊れるのを少女は感じていた。
再び、少女の頬を涙が伝い落ちていく。
少女は残されている力を振り絞り、目前の手へと自分のそれを重ねあわせた。
少女の手がぱたりと落ちる。
少女はその場に倒れ込み、動かなくなった。
◇
重ね合わせた手は想像していたよりも温かかった。
最後の瞬間、私が見ていたのは降りしきる雪の中、片方の翼を力強く羽ばたかせて天へと舞い上がっていく天使さまの姿だった。
END
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