〜 アンジェリーク 〜

【ある方々の日常的な出来事?】 中編

 

 闇の守護聖の執務室の扉をごく控えめにノックした人物がいた。
 優しさをもたらす水の守護聖リュミエールその人である。
 他人はおろか自分のことにすら無頓着な傾向の強い闇の守護聖を何かと気にかけており、本日も部屋の主が昼餉を未だにとっていないことに心を痛めていた。
「?」
いつもであればノックの音に反応して入室を許可する低い声が聞こえるのだが、何故か今日はそれがない。
 リュミエールは柳眉を怪訝そうにしかめ、それでも執務室に足を踏み入れた。
「クラヴィス様?」
水晶球が設えられている執務机の向こう側に、求める姿はない。
「これはお珍しい。どこかへおでかけになられているのでしょうか?」
執務時間中はおろか、休憩時間を含め、ほぼ一日中この部屋で鎮座している姿を見慣れているだけにリュミエールは驚きを隠せない。
「未だ昼餉をおとりになられてはおられないというのに、大丈夫なのでしょうか?」
誰にともなく呟く。
 ふと、リュミエールは視線を部屋の一隅へ流した。
「!」
そして絶句してしまった。
 この闇に支配されている部屋に最も相応しくないであろう姿がそこにあったのだ。
 室内を薄暗く照らす光よりもなお目映く輝くその姿。
 光の守護聖ジュリアスがそこにいた。
「ジュリアス・・・様?」
あまりにも意外すぎる姿を見いだしたリュミエールは呆然と呟くが、ジュリアスは何ら反応を返さない。リュミエールが来たことに気づかないのか、ジュリアスは動く気配をまるでみせなかった。
「?」
それを訝しく思ったリュミエールは恐る恐る首座の許へと歩み寄り、その顔を覗き込んだ。
 強い光を宿している、天空を写しとったかのような紺碧の瞳が閉ざされていた。
 そう、ジュリアスはなかなか戻ってこない相手にしびれをきらしたのか、そのまま部屋の片隅に据えられている長椅子に腰を掛けているうちに眠り込んでしまったのだ。
 無防備に眠りをむさぼるその顔に、濃厚に漂う疲労の翳り。
 それを認めたリュミエールは憂い顔になった。
(逃れようのない終末へ向けて安定を欠いていく私たちの宇宙。それを少しでもながらえさせようと尽力されておられるせいなのでしょうか。この分では夜もあまりお休みになられてはおられないご様子。折角こうしてお休みになられているのですから、お起こしするのは止めておきましょう)
部屋の主の不在を気にしつつも、疲労困憊しているジュリアスを思いやり、リュミエールは静かに部屋を出ていった。

 光の守護聖の執務室の扉をノックした人物がいた。
 強さを与える炎の守護聖オスカーその人である。
 他人はおろか自分のことにすら厳しく見据える傾向の強い光の守護聖を心より尊敬しており、本日は息抜きを兼ねて部屋の主と昼の休憩時間を利用して遠乗りにでも出かけようと思ったのだ。
「?」
いつもであればノックの音に反応して入室を許可する凛とした声が聞こえるのだが、何故か今日はそれがない。
 オスカーは怪訝そうに顔をしかめ、執務室に足を踏み入れた。
「ジュリアス様?」
すっきりと整頓されている執務机の向こう側に、求める姿はない。
「このオスカーにお声をかけず、一人でお出かけになるとは珍しいこともあるものだ。だが、どちらへおでかけに?」
執務時間中はおろか、休憩時間も含め、ほぼ一日中この部屋で難しい顔をして書類と格闘している姿を見慣れているだけにオスカーは驚きを隠せない。
「気になる女性の許にでもいかれたんだろうか?だとしたら、俺に紹介もしてくれないとはあのお方もみずくさい」
厳格な首座がそんなことをするとは微塵も思っていないくせに、ふっと口許を歪めてそんな話を作ってしまう。
 ふと、オスカーは視線を部屋の一隅へ流した。
「!」
そして絶句してしまった。
 この陽光に満ち溢れている部屋に最も相応しくないであろう姿がそこにあったのだ。
 室内に生じる影よりもなお暗く沈んで見えるその姿。
 闇の守護聖クラヴィスがそこにいた。
「クラヴィス・・・様?」
あまりにも意外すぎる姿を見いだしたオスカーが呆然と呟くが、クラヴィスは何ら反応を返さない。オスカーが近くにいることに気づかないのか、クラヴィスは身じろぎもしなかった。
「?」
それを訝しく思ったオスカーは靴音も高らかに闇の守護聖の許へと歩み寄り、その顔を覗き込んだ。
 常に虚無を宿している、夜空を写しとったかのような黒水晶の瞳が閉ざされていた。
 そう、クラヴィスはなかなか戻ってこない相手を待つことにくたびれたのか、そのまま部屋の片隅に据えられている瀟洒な椅子に腰を掛けているうちに眠り込んでしまったのだ。
 無防備に眠りをむさぼるその顔に、濃厚に漂う疲労の翳り。
 それを認めたオスカーは厳しい顔になった。
(このお方もジュリアス様と同様、滅びへと向かいつつある宇宙を少しでもながらえさせようと尽力されておられるのだろうか。このご様子ではあまりお休みになっておられないようだ。まあ、ジュリアス様もこちらにおられぬことであるし、もうしばらくお休みになって頂いていても構わないだろう)
部屋の主の不在を気にしつつも、疲労困憊しているクラヴィスを見るに見かね、オスカーは静かに部屋を出ていった。

 

 
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