〜 アンジェリーク 〜

【ある方々の日常的な出来事?】 前編

 


 「クラヴィス、クラヴィスはおらぬか」
首座を務める誇りを与える光の守護聖ジュリアスは大声でそう呼ばわりながら、相手の返答も待たずに闇の守護聖の執務室に入っていった。
 太陽が燦々と輝きわたる昼日中だというのに、執務室の窓という窓は厚い帳で覆われ、偽りの闇夜が創りだされていた。
 室内のあちらこちらに燭台がいくつか置かれているが、それは闇の深さを強調こそすれ、それを払拭するにはいたらない。
 そんな淡い光を受け、偽りの暗闇のなかでジュリアスの姿が浮かび上がって見える。
 白い衣をまとっているせいなのだろうか。
 光の守護聖の名にふさわしく、まばゆい金の髪に紺碧の瞳、そして完璧な美貌の主であるジュリアスの姿は闇のなかでも光り輝いているようであった。
 室内に重くたれこめる濃密な暗さに、ジュリアスは不快げに眉根を寄せる。
(どうしてあれはこのような暗い部屋に閉じこもりきりで平気なのだ?)
およそ周囲の誰もが思っているであろうことを、思わず心のなかで呟く。そして、はっと我に返った。
 自分は今、部屋の主に用があるからここを訪れたのだ。
「クラヴィス!
もう一度名前を呼んでみるが、返答はない。
 もともとそう気の長い方ではないジュリアスは少々いらいらしながら、部屋の主の姿を求め、室内を探索し始めた。だが、やはり、求める姿はどこにもない。
 クラヴィスがこの時刻に出歩いているなど非常に珍しいことで、どこを探せばよいのか見当がつかず、ジュリアスは困惑してしまった。
(あれが行きそうな場所は・・・・・・)
長いつきあいがあるため、それでもいくつか候補はあげられたが、それら何れの場所にも求める姿はないような気がしてならず、ジュリアスは途方に暮れた。
 常に強い光を宿している紺碧の双眸が、不安げに揺れた。しかし、その気弱げな雰囲気もほんの一瞬のことで、本人すらそれに気づかなかった。
(一体どこをほっつき歩いているのだ)
己の思い通りにいかないことがたまらず、そのもどかしさからか、心のなかで相手に八つ当たりをする。
(そもそもあれがここにいない、ということが悪いのだ。私がこうしてわざわざ出向いてきているというのに・・・)
 ジュリアスはその場に立ちつくしたまま、己の考えに沈み込んでいった。

 いつもそうだ。
 どうして私とあれの間では、何事もこううまくゆかぬのだろう。
 幼き頃より現在に至るまで、常にうまく事が運んだ試しがない。
 いつもいつも、私とあれはすれ違ってばかりいるようだ。
 私とあれが司るサクリアの違いのせいなのだろか
 いや、それならばオスカーともうまくゆくはずがない。
 ・・・・・・・・・・・・。
 私としたことが、拉致のあかぬ事をくどくどと・・・。
 考えても詮無きこと
 そう、今さらであろう・・・・・・な。

 これまで幾度も考え、そして結局は答えを見いだすことのできずにきた問い。
 ジュリアスは深いため息をひとつつくと、脳裏から問いを閉めだした。
 とにかく部屋の主に用があるのは動かしがたい事実である。だから、ジュリアスはしばし主が戻るのを待つことを決意した。

 「ジュリアス、私だ、入るぞ」
光の守護聖と犬猿の仲であると誰もが認める安らぎをもたらす闇の守護聖クラヴィスは、彼にしては珍しく自ら光の守護聖の許を訪れた。
 執務室に一歩足を踏み入れた途端、クラヴィスは室内の明るさに思わず目を細める。
 燦々と輝きわたる太陽の光が、わざわざ大きめにとられている執務室の窓から室内に遠慮なく降り注ぎ、あたかも屋外にいるかのような明るさが満ち溢れていた。
 窓の両脇にはきちんと帳も設えてあるのだが、それらはすべて薄手で、およそ帳としての機能を果たしていない。
 強い光のなか、クラヴィスの姿は異様なまでに浮かび上がって見える。
 黒い衣をまとっているせいなのだろうか。
 闇の守護聖の名にふさわしく、漆黒の髪に光の加減によって様々に色合いを変える黒水晶の瞳、そして厭世的な美貌の主であるクラヴィスの姿は光のなかでもその身に暗い翳りを宿していた。
 室内にきらきらしいまでに漂っている明るさに、クラヴィスは眩しげに目を眇める。
(こんな明るい部屋にいて、あれは精神的に安らぎを得られているのだろうか?)
多分恐らく周囲の人間が思っているであろうことを心のなかで呟く。そして物憂げに室内を見回した。
 自分が現在どうしてこう落ち着かない部屋に佇んでいるのか、その理由を思いだしたのだ。
「ジュリアス、おらぬのか?」
再度問いかけてみるが返答はない。
 一応部屋の主を求めて室内を探索したが、やはり求める姿はない。
 ジュリアスが執務時間内であるにも関わらず、こうして部屋を留守にしているのは非常に珍しいことで、探しにいくかどうかクラヴィスは悩んでしまった。
(あれが行きそうな場所は・・・・・・)
行動パターンがほぼ決まっている相手だけに、すぐに何カ所か思いついたが、それらすべてを尋ね歩くのも何だか億劫に感じられ、クラヴィスは気だるげにため息をついた。
 常に倦怠感を漂わせている黒水晶の双眸が、寂しげに揺れた。しかし、その寂寥感もほんの一瞬のことで、本人すらそれに気づかなかった。
(一体どこに行ってしまったというのだ)
己の予想外の展開に我慢がならず、そのもどかしさからか、心のなかで相手に八つ当たりをする。
(どうして私があれを探しに行くなどという面倒くさいことをしなければならないのだ。ここに居ないあれが悪いのではないか)
 クラヴィスはその場に佇んだまま、己の考えに沈み込んでいった。

 いつもそうであった。
 どうしてもあれとは行動のテンポがずれてしまうのだ。
 初めて出会った頃から今に至るまで、常にそうであった気がする。
 いつもいつも、私の求める時にあれは求める行動をしてくれない。
 司るサクリアが対極の性質を宿しているためなのだろうか。
 それならばリュミエールとオスカーとてそうだが・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・。
 私としたことがつまらぬ繰り言を・・・。
 いくら考えたとて、良い答えが浮かぶでもなし。
 やはり、今さらなのであろう・・・な。

 これまで幾度も考え、そして結局は答えを見いだすことのできずにきた問い。
 クラヴィスはふっと苦笑を浮かべると、脳裏から問いを閉めだした。
 とにかく部屋の主に用があるのは動かしがたい事実である。だから、クラヴィスはしばし主が戻るのを待つことを決意した。

 

 

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