〜 アンジェリーク 〜
光の守護聖の執務室と闇の守護聖の執務室は隣同士に配置されている。
リュミエールはため息をつきつつ闇の守護聖の執務室から退出した。
オスカーはため息をつきつつ光の守護聖の執務室から退出した。
互いの耳に互いのため息の音が届く。
二人は同時に互いの存在を認め、同時に相手の名を呼んでいた。
「オスカー」
「リュミエール」
見交わされる互いの視線から状況を理解した二人は再度ため息をついた。
「・・・ジュリアス様はそちらにおられるのか」
「・・・・・・クラヴィス様はそちらなのですね
二人の間に沈黙が落ちる。
やがて二人はそのままその場から立ち去っていった。
◇
厚い帳に覆われた室内に微かに漂っていた寝息もやがて途絶え、ジュリアスは目覚めた。
「?」
自分が現在置かれている状況がすぐには把握できず、ぼんやりと室内を見回す。
偽りの暗闇に閉じこめられているかのような暗い部屋。
軽く頭を左右に振り、残っていた眠気を完全に払うと、ジュリアスは長椅子から立ち上がった。
「まだ、戻らぬ・・・か」
ぽつりと呟かれた言葉は、何故だか寂しげに聞こえる。
どれだけここでこうして眠ってしまっていたのかはっきりとはわからないが、それでもいささか疲労がぬぐい去られていることに気づいたジュリアスは、自分がかなり長い間眠りに落ちていたことを知った。
再び頭を軽く振る。
「ここで待っていても拉致があかぬと、そういうことか」
自身を納得させるように低く呟き、闇の守護聖の執務室を後にした。
廊下の窓から見える外界はすでに黄昏に包まれつつあった。
それを認めた途端、ジュリアスは午後の執務を完全に放りだしてしまったことに思い至り、大慌ててで自分の執務室へ戻った。
(執務を疎かにするとは何たること。首座としての己の立場がないではないか。オスカーもさぞや困っていることであろう)
己の執務机の上に山と積まれた書類と、困惑げにそれを眺めているであろうオスカーの姿が脳裏に浮かぶ。
(私としたことが・・・。このような醜態をさらすとは、不覚)
勢いよく扉を開け、一歩なかへ入り込む。
ジュリアスの予想通り、執務机には決済を待つ書類がうずたかく積まれている。
毎日こなしている量の書類とはいえ、改めて目にした山の高さに、ジュリアスは顔を引きつらせた。
その視線が、ふと部屋の一隅へ流される。
「!」
ジュリアスは自分が目にしたものが咄嗟に理解できず、その場に硬直してしまった。
自分の司る力と対をなす光のサクリアの気配を感じとったのか、クラヴィスは瀟洒な椅子の上で身じろぎし、やがてその目を開いた。
夜空を写しとったかのような黒水晶の瞳に、光の守護聖の姿が捉えられる。
「遅かったではないか。どこに行っていた?」
軽くあくびをしながら、クラヴィスは物憂げに呟く。
その言葉にジュリアスは柳眉を逆立て、
「それは私の台詞だ!」
いつもの叱りつけるような口調で長椅子の傍らまで歩み寄る。
「己の執務室におらぬなど、職務怠慢もいいところだぞ?どうしてそなたはそんなに怠惰なのだ!!」
自分も長らく執務室を留守にしていたというのに、それをすっかり棚に上げ、ジュリアスは高飛車に言い放つ。
前髪をうるさそうにかきあげながら、クラヴィスはさもつまらなそうな表情でぼそりと呟く。
「おまえとて留守にしていたではないか。それなのに、それを叱られるのは私ばかりか?」
正論を言い放たれジュリアスは言葉に詰まってしまう。
「!」
頬をほんの少しばかり紅潮させ、口許を思いきりへの字に曲げてしまったジュリアスを見つめる双眸に、微かに愉しげな光が宿る。
それに気づいたジュリアスはますます頬を朱に染め、柳眉を逆立てる。
「そなたに話があったのだが、もう、よい!」
少々ヒステリック気味に叫ぶジュリアスの姿はだだをこねる子供のようで、いつもの守護聖の首座らしい態度とはあまりにもかけ離れていた。幼い頃から一緒にいたせいなのか、クラヴィスの前ではジュリアスは時々こうした幼い子供のような振る舞いにでることがあった。
「ほう、それは奇遇だな。私もおまえに話したいことがあったのだ」
愉しげな様子を隠そうとせず、クラヴィスはぽつり呟く。その途端、ジュリアスは、
「話、だと?」
口調を一変させて問い返していた。
それを見た闇の守護聖は含みのある笑いを漏らす。
いつもと同じはぐらかすようなその態度に、ジュリアスは再び激昂する。
「どうしてそなたはいつもいつもそうなのだ!」
聖殿中に響き渡りそうなくらい大声で怒鳴りつける。しかし、闇の守護聖はそれを顔をほんの少し顰めただけでやり過ごす。それが火に油を注ぐ行為だと充分理解していながらそんな態度をとるのだから、ジュリアスもたまったものではなかった。
「そなたとは話にならぬ!!」
結局、二人はそのまま実りのある会話を交わすことなく、聖殿を辞していった。
二人が互いにどんな話があったのか、それは永遠の謎、である。
END
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