〜 アンジェリーク 〜
窓外から侵入してくる陽光を背後にして佇むその姿は、いくら髪を黒く染め上げようとも、彼が『光』を司る者だということを教えていた。身内より溢れくる『光』の波動が常より弱々しく感じられても、それは動かし難い事実である。
それゆえ、この星で過ごす時間が長ければ長いほど、命の危険性はいや増すことになるのだった。そんなことは絶対させぬと思いつつ、クラヴィスは無表情になり、自分の考えだした解決策を口の端に登らせた。
「この星に、すぐさま私が死の安らぎをもたらせば済むことだ。死に閉ざされてしまえば、我らが関わりを持つこともなくなる。が、おまえはそれを望むまい?」
揶揄する響きはいつものこととて、その言い草がジュリアスの癇に大いに障った。
「当たり前だ!この星には幾億人という無辜の人々が生きているのだ。その命をむざむざ奪い去るなど、守護聖としてできようか」
それは最終手段であり、手を尽くしきっていない現状では考えられぬ、選んではならぬことだと、蒼い瞳が怒りのあまり氷の如き冷たい光を孕んでいる。そして大股で闇の守護聖の許へと歩み寄り、その顔を覗きこんだ。
「光の守護聖の命とひき換えでもか?」
間近にある怒りに満ちた双眸をしっかり捉えながら、クラヴィスが返す言葉は真剣そのものだった。
「無論。私一人の命がこの星に生きるすべての生命よりも重いなどというそのようなこと、あろうはずがない」
守護聖としての自分の命が決して自分一人のものではないことを、その命が宇宙と女王のためにあることを十分知りながら、それでもそう言い切れる強さに、クラヴィスは瞬間目眩を感じた。それは自分が決して持ち得ない種類の強さ、そして信念だった。
しかしいくらその強さを持ち得ないといっても、クラヴィスが人々のためにその命を捨てることができないと言う訳では決してなく、闇の守護聖も同様な立場におかれたならば、光の守護聖と同様に一切の躊躇いもなく己の命をかけることだろう。表現方法は違えども、光の守護聖と闇の守護聖は同じ結論に達することがよくあった。
『光』と『闇』。
それは正反対の性質を有するものでありながら、原初の時より常に共に存在し、分かちがたく結びつけられた表裏一体のものである。
それは『生命の流転』という事象を象徴する力でもあった。
生と死。
始まりと終わり。
繁栄と滅亡。
光と闇の守護聖は、長い間、宇宙で数多に繰り広げられる歴史を、人々の生の営みを見つめ続けてきたのである。
ふっと苦笑を口許に浮かべ、クラヴィスはゆっくりと長椅子に預けていた背中を起こした。
「おまえならばそう言うだろうと思ってはいたが・・・」
それに伴い、艶やかな漆黒の髪が肩を滑り落ちてゆく。
「仕方なかろう。それが性分だ」
その苦笑につられるように胸に宿った激情を抑えたジュリアスは、行儀が悪いと思いつつも寝台へ腰を下ろした。寝室として使用されているであろう室内にはそれ以外に適当に腰を下ろせるようなものがなかったのだ。恐らく視界の片隅にある扉の向こうには、クラヴィスが運んできた長椅子が置かれていた居間があるだろうことは推測できたのだが、そちらへわざわざ移動する気にはなれなかった。
「では、どうする?なるべく早急に歪みの原因を暴かねば、我らは助からぬやもしれぬぞ」
胸元にこぼれ落ちた黒髪を無意識に背後に払いながら、クラヴィスはわざと揶揄するような口調で囁く。
ジュリアスは瞬時にして守護聖としての顔を取り戻した。
「判っている。この歪み、これが自然に起きたものだとはどうにも考え難い。この歪みを与えている存在が、必ずどこかにあるはずだ。我々はそれを捜しだし、封印を施さねばならぬ」
この惑星に降り立つ前にあらゆる角度から今回の事象を検討し、また実際こうして肌を通して感じられる歪みから伝わってくる感覚を頼りに、守護聖としての長年の経験とそれらを照らし合わせた結果、導きだされた答えだった。
「私はこれから情報を集めてくるとしよう。そなたは今しばらく眠るがよい」
『闇』の守りのお陰か、ジュリアスの態度は少々ゆっくりではあるが聖地でのそれとあまり変わらず、クラヴィスは安堵のため息をつく。これならば一連の出来事が解決するまで持つかもしれないと、そう思えたのだ。だが、心配であることには違いなく、
「いや、私も一緒に行こう。おまえを一人にしておけぬ」
そう言いながら長椅子から立ち上がりかけた闇の守護聖をジュリアスは片手で制し、
「私のことは心配いらぬ。もう、大丈夫だ」
朗らかだとさえいえる軽い口調で請け負うが、それを易々と信じるクラヴィスではなかった。
いままでジュリアス本人が大丈夫だと言って本当にそうだった例しがないのだ。いつもいつも、大丈夫だ、心配いらないと言っていながらも結局は限界を超えて倒れるのが落ちなのだ。しかもその倒れた姿すら、他の者には、勘の鋭い闇の守護聖を除いてだが、なかなか見せようとしない。
そしてどんなにひどい状態に陥ろうとも自分の身をまるで省みず、どこまでも突き進んでいってしまう悪い癖を、自分の命を一切省みない哀しいまでの潔さをも持っていた。
クラヴィスはそれが心配でしようがなく、ことあるごとにそれを口の端に登らせてきたのだが、結局、いつもジュリアスの強情さに押し切られてしまうのが常だった。
「しかし・・・」
言っても詮無きことと、クラヴィスの口が重くなる。人の警告を何度無視すれば気が済むのだろうかと、少々哀しい気分になっているのかもしれなかった。
「そなたの方がよっぽど酷い顔をしている。昨夜は私のためにほとんど寝てはおらぬのだろう?無理はするな」
紺碧の瞳に労りの色を宿し見つめる表情は実に柔らかく、クラヴィスは瞠目した。こんなに優しい表情をしているのを見るのは実に久方ぶりのことだった。最近のジュリアスは見ていてこちらが辛くなるほどに宇宙の安寧に全神経を傾けており、こうした穏やかな様子を見せることがなかったのだ。
「それは、私の方の台詞だ。・・・・・・・・・・・・。が、本当に大丈夫なのか?」
再び長椅子に身体を預けながらそっと呟く声音は、身内に宿る『闇』の安らぎそのままに優しかった。それを感じたジュリアスはふわり柔らかく微笑み、
「無論だ。そなたのお陰でこうしていてもさほどつらくはない。案ずるな」
先刻クラヴィスが床に落としてしまった上掛けを拾い上げ、軽く埃を払うとそっとその長身へかけてやる。
「わかった。それでは情報収集はおまえに任せよう。が、これだけは守ってくれ」
クラヴィスはそっと目を伏せながら、それでも釘を刺すことを忘れなかった。
「決してこの宿からは出ぬと。そうでなければ、恐らくおまえを追いきれぬ」
言いながらも、すでにクラヴィスの意識はしばしの休息を得るため、眠りの淵へ沈んでいこうとしている。それを優しい眼差しで見つめつつ、ジュリアスは頷き、眠りの鳥羽口を彷徨い始めただろう相手にそっと囁いた。
「わかった。では、とりあえず、宿の主人にでも尋ねてくるとしよう。そなたはしばらくの間、休んでいるがよい」
闇の守護聖が眠りに就いたのを確認してから、ジュリアスはそっと部屋を後にした。
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